ベーシックインカムの教科書は、道を拓くことができるか:ガイ・スタンディング氏『ベーシックインカムへの道』考察シリーズ-13
少しずつ、よくなる社会に・・・
ベーシックインカムの教科書というべき、ガイ・スタンディング氏著『ベーシックインカムへの道 ―正義・自由・安全の社会インフラを実現させるには』(池村千秋氏訳、2018/2/10刊・プレジデント社)について紹介し、検討するシリーズ。
<第1回>:ガイ・スタンディング氏著『ベーシックインカムへの道』の特徴と考察シリーズ基本方針(2022/11/5)
<第2回>:ベーシックインカムの定義と起源・歴史を確認する:ガイ・スタンディング氏『ベーシックインカムへの道』考察シリーズ-2(2022/11/10)
<第3回>:ベーシックインカム導入目的は社会正義の実現のため?:ガイ・スタンディング氏『ベーシックインカムへの道』考察シリーズ-3(2022/11/13)
<第4回>:なじめない「リバタリアン、共和主義者による自由のためのベーシックインカム論」:ガイ・スタンディング氏『ベーシックインカムへの道』考察シリーズ-4(2022/11/14)
<第5回>:貧困問題から生活の経済的不確実性対応のためのベーシックインカム重視へ:ガイ・スタンディング氏『ベーシックインカムへの道』考察シリーズ-5(2022/11/29)
<第6回>:経済成長政策、AI社会雇用喪失懸念対策としてのベーシックインカム:ガイ・スタンディング氏『ベーシックインカムへの道』考察シリーズ-6(2022/11/30)
<第7回>:経済学者のベーシックインカム経済論としては低評価:ガイ・スタンディング氏『ベーシックインカムへの道』考察シリーズ-7(2022/12/3)
<第8回>:ベーシックインカム以外の選択政策評価基準「社会正義」の不都合:ガイ・スタンディング氏『ベーシックインカムへの道』考察シリーズ-8(2022/12/4)
<第9回>:多くの財源論が展開されてきた欧米で未だ実現しないベーシックインカムのなぜ?:ガイ・スタンディング氏『ベーシックインカムへの道』考察シリーズ-9(2022/12/6)
<第10回>::ベーシックインカム批判への反論の多くが「質問返し」の残念!:ガイ・スタンディング氏『ベーシックインカムへの道』考察シリーズ-10(2022/12/8)
<第11回>:途上国のベーシックインカム推奨よりも優先すべき問題先進国BI:ガイ・スタンディング氏『ベーシックインカムへの道』考察シリーズ-11(2022/12/14)
<第12回>:ほとんどが反対論の材料になりがちなベーシックインカム試験プロジェクトの半端度と独善性:ガイ・スタンディング氏『ベーシックインカムへの道』考察シリーズ-12(2022/12/17)
今回は第13回、最終回です。
「第12章 政治的課題と実現への道」を取り上げ、加えて全体の総括を行います。
『ベーシックインカムへの道』考察シリーズー13:「第12章 政治的課題と実現への道」から、及び総括
「第12章 政治的課題と実現への道」構成
・移行への障害
・世論の圧力
・政治的な必須課題
・小さな一歩?
・市民配当? 安全配当?
以上の構成による最終章ですが、少し構成に手を加えて内容を確認していきます。
まず以下の記述の紹介から。
政策実現のためには政治家に圧力をかけることが重要になる。
今日、BI導入を妨げている最大の要因は、経済的障害や思想的障害ではなく、政治的障害だ。
しかし、状況は急速に変わり始めており、BIを選挙公約として掲げる新党が誕生し、一部の既成政党も党綱領に盛り込んだり、試験プロジェクトの実施を約束するなどのケースが増えている。
こうした動向に関しては、前回記事
◆ ほとんどが反対論の材料になりがちなベーシックインカム試験プロジェクトの半端度と独善性:ガイ・スタンディング氏『ベーシックインカムへの道』考察シリーズ-12
の中でも紹介してきた。
ここで初めて、多くの国と同様のBI政策を掲げる「緑の党」が日本にもあることを示している。
(しかし、当サイトでは、日本ではまだ「緑の党」が国会議員を輩出していないため、その公約について記事投稿はしていません。一応、近々行おうかと思います。)
移行への障害
新しい所得分配システムの柱としてベーシックインカムを導入するためには、既存の入り組んだシステムを整理しなくてはならない。
そのためには、政府が強い政治的意志の元手一貫した戦略を追求し、逆風を耐え抜く必要がある、と。
しかし、現実は、その意欲・姿勢・使命をもつ政党が政権を担っていないのだから、話の順序が違う。
そんなことには構わず、ガイ氏は、その政権基盤があることを前提として、次の難題への対処方法を提案する。
すなわち、以下の3つの課題である。
ベーシックインカム移行の立ちはだかる政治的障壁としての3つの難題
1)政治的実現可能性を獲得すること
2)制度的実現可能性を示すこと
3)心理的実現可能性を生み出すこと
個々の説明は省かせて頂きますが、本書でのガイ氏の論述の及ぶ領域は、1)2)ではなく、3)の方に力点が置かれている気がしています。
その中で、ガイ氏が制度的実現可能性の象徴として提起しているのが、これまでのシリーズでも紹介した以下の「社会配当」という方式。
BIを「社会配当」と位置付け、貧困対策よりも社会正義、自由、基礎的安全のための制度として売り込むほうが賢明。
あるいは、国防、災害対策、気候変動対策のようなものと同列化し、テクノロジーの進化によって雇用のあり方が激変した場合のための「戦略的準備」とするにも有効なレトリック。
「社会配当」とは、ガイ氏お気に入りの用語で、「社会による投資と富の蓄積が生む分配金」という意味だ。
しかし、この用語・定義そのものを、自らその富や投資資金を生み出し、有していると自覚している富裕層が、無条件で承認しているわけなどなく、当然それは政治的実現可能性を抑止する。
ただ、後述するが、制度的可能とする方法・方策は、提案している。
心理的実現可能性は、ガイ氏の信じる道ゆえに、内なる可能性として自由に論じることができるわけだ。
世論の圧力
政治的な議論を進めるためには、最も賛成しそうなグループと最も反対しそうなグループがどういう人たちかを押さえておく必要がある、と。
前者においては、そう難しい話ではない。
優先的にBI導入に向けた運動に取り組んでもらう、同志たちと結集するよう促す。
障がい者支援団体、フェミニズム団体、ホームレス支援団体、環境保護団体、一部の労働組合、学生や若者、アーティスト、(一部の)医療関係団体などがそれ、としているが、意外にそう簡単に運ばないのではと思う。
提案するBIの内容や既存の制度がどうなるかなど、異なる意見がでる可能性があるし、何よりそれぞれの活動のリーダーとそのリーダーシップのあり方で絶対にまとまる保証はないからだ。
日本の現状を挙げると、介護職・保育職・看護職にある方々や各種NPO等ボランティア団体で活動する方々などの集結を期待したいが、そう簡単ではないだろう。
一方、多くの社会民主主義者、改革派共産主義者、旧来型労働組合などを含む後者の方には高い壁があるが、彼らそれぞれの反対理由・主張には敬意を表したうえで、しっかり論駁する必要がある、とガイ氏。
しかし、彼らのような人ほど、自身の考えに自信をもち、簡単に変えることなど期待できないことは分かりきっているはずだ。
わが国では、野党自体が、ベーシックサービスや給付付き税額控除制度などを政策とすると決めており、簡単にその看板をかけるとは思えない。
ガイ氏のここでの対応策の一つは、彼らの不安に根拠がないことを理解させること、という。
しかし、理解させることが可能な、絶対的提案を、推進派が確立しているかどうかが未だ疑わしいことを自覚していないことの方が問題だろう。
この項では、ガイ氏はそれが可能な、アメリカやヨーロッパの推進派の動向・活動事例をいくつか報告しているが、それらが今後どのように影響を与えることができたのか、今後も含めて、状況を知りたいところである。
政治的な必須課題
こう題したこの項のテーマだが、なぜか、主張していることが頭にすっと入ってこない内容になっていた。
「いま、BI的なものを実現することは、これまでになく重要な政治課題になっている」というのだが。
イギリスのEU離脱を決めた国民投票、米大統領選でのトランプ大統領の勝利、欧州その他各国におけるナショナリズムと極右勢力の台頭などの現象に通底するポピュリスト的反乱の核心要素=経済的・社会的な安全が慢性的な経済的・社会的不安定を解消する可能性があるから、と。
そういう見方が可能なことは否定しないが、逆説的に、BI自体をポピュリズム政策として活用することも可能であることを見落としていると言えるのではなかろうか。
ここで次に持ち出したのがテクノロジーがディストピアをもたらすという予測に根ざしたハイテク起業家たちのBI支持というもの。その種の動向が、政治的行動を突き動かす上で強力な要素になりうると評価しているのだが、取ってつけたような感覚だ。
そして今度は一転して、BIの必要性の倫理的・哲学的理由をまたもや持ち出し、社会正義・自由・経済的安全をめぐる文明社会に共通する啓蒙主義的価値感の土台にある「共感」の重要性を説く。この感情の有無が進歩主義と反動主義の違いを生むとして、人間への強い信頼を醸成する価値観を現実化すべく、1980年代以降全盛を極めるイデオロギーと政策が作り出した「レンティア資本主義」の抜本的改革の必要性を強調するに至る。
迷路に導かれるように、最後に意味不明にこう語る。
「(略)打算ではなく、もっと崇高な動機により変革が推し進められてほしいと思う人もいるだろうが、ときにはご都合主義が有益な結果を生む場合もある」と。
小さな一歩から始めるベーシックインカム
次に「既存の資力調査中心の複雑なシステムから、BIを土台とする社会的保護のシステムへ移行する最も好ましい方法」という自らの問に対して「唯一の正解は存在しない」という。
当然で、ガイ氏がいうように「その国の経済構造と既存の福祉制度のあり方の影響をどうしても受ける」から。
そこで、全員にきわめて少額の「部分的なBI」を給付し、その後少しずつ金額を引き上げる。
あるいは、まず一部のグループ向けに導入し、次第に対象を拡大させる。
現金給付プログラムであるブラジルの「ボルサ・ファミリア」やメキシコの「オポルチュ二ダーデス」が後者だという。
そして、最も重要なのは、BI導入と引き換えに既存の社会的保護の仕組みをすべて廃止するか、既存の制度を残したままで導入し、BIを最低保証とする多層的な社会的保護の仕組みを確立するかという選択と示し、先進国は、後者のほうがうまくいくだろう、と。
このような提案を最後にもってくるならば、ここまでの各章で紹介した種々の試験プロジェクトや実験例紹介の中で、同様の視点で、それらのプロジェクトの評価をしながら、具体的な内容に踏み込んで提案する方法を選択すべきだったと思うのだが。
この流れでベーシックインカムに関して提案するのが
・資力と行動の調査を伴う仕組みは次第に廃止してゆき、その予算をBIや社会配当の財源に回す。
・資力調査型の給付が不要になるくらいBIの給付水準が上昇するまでは、既存の給付を継続する。
・住宅市場に問題がある場合は、資力調査型の住宅関連給付は続ける必要がある。
・失業者に対する行動調査、障がい者に対する稼働能力調査は、直ちに廃止すべき。
・障がいのある人たちは、他の人より生活コストが高いこと、所得を手にする機会が乏しいゆえ、追加給付を受けられるようにする。
ことなど。
BIに加えて支給する「社会配当」のあり方
ここでガイ氏は、「社会配当」をBIに追加して給付するものとして、そのあり方を次のように提起している。
・まず基本は、最初はささやかな金額になるであろう「社会配当」は、社会共通の財産からの配当と位置付け、物的資産・金融資産・知的財産など私有や私的利用によって不労所得を生み出す資産の一部を含む。
いつもながら簡単に「社会配当」と言い、それが実現できるかのような描き方をしているが、多くの国において最も障害になっているのがこのいわゆる所得の再分配問題であり、政治的に、富裕層や上位中間層の賛同を得ることが困難なのが現実である。
ガイ氏の考えを続けよう。
・第二層(こんな表現も簡単に用いる)として、社会配当に「安定化給付金」を上乗せしてもよいとして、景気の悪いときは少なく、景気のいいときは多くする。(感覚的には、逆のような気もするが)
この2つは、国民所得と経済成長率に応じて調整が可能であり、その給付額は、以前も述べていたが、「BI独立委員会」「社会配当委員会」などの機関に決めさせる。
・第三層が、病気、非自発的失業、妊娠などの「偶発的リスク」への対処のための「社会保険」。
但し、BI以外の所得がある人すべてが保険料を負担する制度を採ることを条件とし、相互補助を前提としている。
・さらに、より手厚い保障を望む人向けには、企業年金などのような民間の自発的な制度を用意する。
こうすることで、極端な政策に走ることなく、運営の難易度を上げることなく、一貫したシステム下で、21世紀の経済ならではの経済的安全の欠如を緩和できるというわけだ。
楽天的左派思考による「社会配当」方式ベーシックインカム実現の可能性は?
さすがに最後になって、ベーシックインカム実現のために乗り越えるべき壁とその乗り越え方についての論述に力が入ってきた。
しかし、ガイ・スタンディング氏が強く推す「社会配当」方式は、いわゆる左派推進派の常套手段であり、不可欠の社会経済制度といえる。
すべての人が受給できる制度は、資力調査型の福祉制度と異なり、多くの層から政治的支持を集められる可能性がある。
というが、現実はそう甘くないことは、「可能性がある」という表現に留めていることで、ガイ氏も自覚するところだろう。
このアイディアは、幅広い政治イデオロギーの持ち主が一致可能なものではあるが、不平等、不公正、経済的な安全の欠如を緩和し、共和主義的自由を促進することもめざすという点で、よい意味で「急進的」な面もある。
よい意味で「急進的」というのは、保守が「危険」とみなすことと同義であり、いわゆる「リベラル」に当たるということだろうが、果たして「共和主義的自由」という概念と並立するものかどうか。
こういう表現を用いることで、アイディアに一致をみる可能性が低下することも認識しておくべきだろう。
同時にこれは目標をどこに置くかは、とりあえず脇に置いているために「現実的」なアイディアであり、財源問題と労働への影響についての批判はいくら論駁しても消えないが、この種の批判をかわすことができる。
最後に至ってのこのイージーさ、無責任さには、愕然とさせられてしまう。
「現実的」とは、ミニマムの条件のみに賛同を得られれば、曲がりなりにもベーシックインカム的な制度が導入可能になることをいうのだろうか。
BI導入をめざす勢力は、経済的な安全の欠如を最小化する社会を築くという長期の目標を掲げつつも、これ以降のステップは選挙で有権者の判断を仰いだうえで前に進めたいと主張すればいい。
そうすれば、BIが軽率で信頼性を欠く政策だという保守派や反動派の主張に対抗できる。
保守派や反動派の主張も、単純で、だたっこの域を出ないようなところもあるが、有権者の判断を仰ぐための立候補者の公約・政策のレベルが、ガイ氏のイージーな認識レベルでよいはずはない。
社会配当に向けた歩みを後押しするために、民主的に運営された政府系ファンドや資本ファンドをつくってもいい。これは資本の部分的社会化という性格を持つが、イデオロギー的な反発を避けるために、「社会化」とは呼ばずに、「コモンズ資本金庫」など、ほかの呼称を考えたほうがよい。
左派が最近好んで用いる「コモンズ」という用語。
共和主義と共に、欧米等諸国ではどのように理解され、用いられているのか知らないが、日本においては、歴史的に、根本的に馴染まないのでは思ってる。
そこに「コモンズ資本」、「政府系ファンド」や「資本ファンド」という発想を、どういう政治体制でも受け止め、受け入れられるかとなると問題が多いのではないだろうか。
まだ、宇沢氏が用いた「社会共通資本」という用語ならば日本では受け入れられやすいのではないだろうか。
最後のガイ氏の言葉を紹介しよう。
(略)BIの推進派は、これまでの進歩派たちよりも力強く主張を展開できる環境にある。その際は、「革命」よりも進歩を訴えるべきだ。(略)
BIは、さまざまな実利的なメリットがあるわけではない。全面的な自由と社会正義を推し進められる可能性、労働と消費よりも余暇が重んじられる時代をつくりだせる可能性には胸躍るものがある。
ボブ・ディランは「時代は変わる」と歌い、時代が変われば、ものごとが成功する確率も変わる。
トマス・ペインも1776年の『コモン・センス』冒頭で「時間は理性以上に、多くの転向者を生み出す力をもっている」と。
ベーシックインカムと社会配当にも、そのときがやってきたのだ。
ガイ・スタンディング氏の時間軸とその進む具合の基準はどのようになっているのだろうか。
悲観的に考えるわけではないが、人間の理性には進歩はさほどないし、時間の経過だけは、世代・年代の多くを費やして確かに刻み続け、しっかり過去の積み重ねを行っていく。
未来の夢をこれまでも人は語ってきたが、現状の社会保障制度や経済システムをみれば、理想どころか、問題は積み増すばかりである。
政治はその改善や改革のために機能すべき人間の知恵であったはずだが、掛け声や反論をゲーム的に、人と時代を換えて継続してきた。
こうした社会において、ベーシックインカム(と社会配当)が、いつか突然ほとんどの人々に受け入れられ、実現するとは、残念ながら想像できない。
問題の根本は、未だ、政治家・政党を含め、そして私たち住民をして、賛同・賛意を得ることができるベーシックインカム制度の提案をできていないことにあると考えている。
前提としてのわが国における政治的課題とベーシックインカムをめぐる見解に根ざす重要課題
この問題について、日本の根本的な政治状況の問題として、以下の3つの政治的障壁を挙げてみました。
1)財政規律主義と所得再分配に拘泥し、デザインなきベーシックサービス主張の最大野党立憲民主党の保守性
2)「ワークフェア」主義に基づく「給付付き税額控除制度」をベーシックインカムと呼ぶ複数野党の欺瞞
3)野党への期待感を喪失した国民意識を逆手にとり、財政規律主義、税と社会保障の一体改革、全世代社会保障制度を掲げて党内間政権交代システムに基づく、課題先送り・モラトリアム化した与党保守自民の党利党略長期政権政治の劣化
『ベーシックインカムへの道』全体総括
政治体制や政治システム、政情などの異なる欧米や途上国と同じ基盤・土壌・条件で語ることは困難として、少なくとも共通する事情や状況を想定しつつ読み進め、判断・評価する必要がある本書。
確かに、欧米の多種多様な実験・試験プロジェクトをも背景として、現在多くの国々でベーシックインカム導入の機運が高まっていることを、本書で確認可能でした。
しかし、根本的には、財政・財源問題の対応・対策において合意形成された上での導入機運と認識することは、書の内容からは不可能だったと考えています。
その原因は、取りも直さず、根本的な政治的課題に存在し、具体的には、富・所得の分配方法に関する富裕層・中間層・貧困層間の合意形成がなされていないこと、今後もそれが簡単には実現しないのではという見通しにあります。
言い換えれば、そのすべての層の賛同を得ることができるベーシックインカム制度の提案、それと関係するすべての現場の社会保障制度・福祉制度、労働制度の改善・改革案も同時に提起できていないことに拠ります。
ベーシックインカムの教科書的書と位置付け、読み終えた今もその認識が変わるとはありません。
しかし本書を日本語訳で読むことに、より正確にガイ氏の主張を理解する上での問題が多々あるでしょうし、脚注にある約330に及び原資料の一つも目にも、手にもせずに評価すること自体間違っているといえるでしょう。
本書の最大の特徴であり、強みでもあるのは、膨大な資料と情報に基づくベーシックインカムに関係する歴史や記録、実験及び試験プロジェクト、現状などの紹介・提示にあると思われます。
ただ、そうした膨大な歴史的事実や情報をもってしても、現実に、ユニバーサル・ベーシックインカムが導入され、持続性を保っている例がないことが、ガイ氏の楽天的見通しや、近い将来実現する機運が高まっていると断言することの危うさを示してもいることをしっかりと確認しておくべきと考えています。
そして、これも繰り返しになりますが、西欧特有の社会正義や自由・平等などの啓蒙的思想への期待・依存にこだわればこだわるほど、実現の道が拓かれるどころか、かえって遠ざけることにもなりかねないのではないでしょうか。
そこに左派理想共和主義政権が成立・持続したという歴史事実がないにも拘わらず、ベーシックインカム導入に関しても、共和主義という政治思想的概念を重ね合わせて、なんとか保守を論駁できると考えているのです。
ただ、経済的安定という観念を用いていることには救いもしくは希望を感じますが、提案全体と関連して必要となるであろう社会保障制度や労働制度などの課題についての追究は浅いままです。
そして、本書が執筆されたのは恐らく2017年。
それから既に5年以上が経過しており、以降の動向についてのフォロー、続編がほしいところです。
わが国においては、国政選挙レベルで、複数野党からベーシックインカム的政策提案があったり、MMTに基づくBI論書、反緊縮・経済成長を前面に打ち出してのBI論書など多様な書の発刊、新型コロナウィルス感染拡大初期の特別定額給付金に端を発したBI待望議論など、確かにBIが注目される機会がありました。
しかし、各国動向も含め、真のBI導入が現実となる機会は巡ってくる気配はありません。
本書は、グローバル世界におけるベーシックインカム総論かつ概論としての価値は十分あると感じますが、日本というローカルにおけるベーシックインカムを考え、提案していく上では、あくまでも参考資料的な位置付けでとどめることでよいのではと最後に申し上げて、本シリーズを終えたいと思います。
この後は、ベーシック・ペンション導入時におけるインフレ懸念についての考察を行い、年が明けて、2023年には、今年の各種検討・考察を整理反省し、2023年版ベーシック・ペンション構想・提案をまとめる作業に入ります。
(参考)2022年ベーシック・ペンション案
<第1回>:ベーシック・ペンション法(生活基礎年金法)2022年版法案:2022年ベーシック・ペンション案-1(2022/2/16)
<第2回>:少子化・高齢化社会対策優先でベーシック・ペンション実現へ:2022年ベーシック・ペンション案-2(2022/2/17)
<第3回>:マイナポイントでベーシック・ペンション暫定支給時の管理運用方法と発行額:2022年ベーシック・ペンション案-3(2022/2/18)
<第4回>:困窮者生活保護制度から全国民生活保障制度ベーシック・ペンションへ:2022年ベーシック・ペンション案-4(2022/2/19)
『ベーシックインカムへの道 ―正義・自由・安全の社会インフラを実現させるには』目次
はじめに
政治的な課題?
本書について
第1章 ベーシックインカムの起源
・基本的なこと
「ベーシック」とは?/「普遍的な」とは?/「個人への給付」とは?/
「無条件」とは?/「定期的」とは?/
・注意すべき点
・ベーシックインカムとベーシックキャピタル
・ベーシックインカムの起源
・さまざまな呼称
ベーシックインカム/ベーシックインカム・グラント(BIG)/
ユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)/無条件ベーシックインカム/
市民所得/参加所得・参加給付金/社会配当・万人配当/
ステートボーナス(国家特別手当)/デモグラント/
フリーダム・グラント/安定化グラント/ステークホールダー・グラント
第2章 社会正義の手段
・社会共通の遺産 ー トマス・ペイント社会配当
・リバタリアンの議論
・ヘンリー・ジョージの遺産
・ミドルズブラの物語
・レンティア経済
・社会正義のための政策の原則
・税の正義
・家族関係と正義
・地球環境の保護
・市民精神の強化
・宗教的根拠
・まとめ
第3章 ベーシックインカムと自由
・リバタリアンの視点
・リバタリアン・パターナリズムの危険性
・共和主義的自由
・社会政策が満たすべき原則
パターナリズム・テストの原則/「慈善ではなく権利」の原則
・権利を持つ権利
・人を解放するという価値
・発言力の必要性
第4章 貧困、不平等、不安定の緩和
・貧困
普遍主義と透明性
・給付金は浪費されるか?
・不平等と公平
主要な「資産」に関する不平等
・経済的な安全 ー不確実な生活という脅威
・リスク、レジリエンス、精神の「帯域幅」
第5章 経済的議論
・経済成長
・自動安定化装置としての役割
・金融機関のための金融緩和から、人々のための量的緩和へ
・ユーロ配当
・AIロボット時代への準備
・経済面のフィードバック効果
第6章 よくある批判
・ハーシュマンの三つの法則
「現実離れしている、前例がない」/「予算面で実現不可能だ」
「福祉国家の解体につながる」/
「完全雇用など、ほかの進歩的政策の実現がおろそかになる」/
「お金を配れば問題が解決するという発想は単純すぎる」/
「金持ちにも金を配るのは馬鹿げている」/
「ただで何かを与えることになる」/「浪費を助長する/
「人々が働かなくなる」/「賃金の下落を招く」/「インフレを起こす/
「移民の流入が加速する」/「政府が選挙の人気取りに利用しかねない」/
第7章 財源の問題
・大ざっぱな試算
・イギリスの場合
・住宅手当の問題
・ほかの国々の財源問題
・経済に及ぼす好影響
・その他の財源
・政府系ファンドと社会配当
・財源問題は政治問題
第8章 仕事と労働への影響
・無給の仕事が増えていく
・お金を手にすると仕事量は減るのか?
・プレカリアートの仕事と労働
・性別役割分業が弱まる
・働く権利
・参加所得
・もっと怠けよう
・創造的な仕事と再生の仕事
・障がいと稼働能力調査
・仕事と余暇の優先順位
第9章 そのほかの選択
最低賃金(生活賃金)/社会保険(国民保険)/
資力調査に基づく社会的扶助食料などへの補助金/
雇用保証/ワークフェア/給付型税額控除/
ユニバーサルクレジット/負の所得税/慈善活動
・ベーシックインカム以外の選択肢が持つ欠陥
第10章 ベーシックインカムと開発
・ターゲティング指向と選別指向
・現金給付プログラムから学べること
・試験プロジェクト
ナミビア/インド
・財源の問題
・補助金からベーシックインカムへ
・人道援助の手段として
・紛争回避の手段として
・途上国のほうが有利?
第11章 推進運動と試験プロジェクト
・ベーシックインカム世界ネットワーク(BIEN)
・2016年のスイス国民投票
・ユニバーサル・ベーシックインカム・ヨーロッパ(UBIE)
・過去の試験プロジェクト
マニトバ州ドーフィン(カナダ)の実験/
アメリカのチェロキー族 ー 偶然の実験/
ナミビアとインドの試験プロジェクト
・進行中もしくは計画中のプロジェクト
フィンランド社会保険庁/オランダの地方自治体/
カナダのオンタリオ州/Yコンビネーター/
ギブ・ダイレクトリー(ケニア)/クラウドファンディング/
その他の計画
・効果は継続するか?
・結論
第12章 政治的課題と実現への道
・移行への障害
・世論の圧力
・政治的な必須課題
・小さな一歩?
・市民配当? 安全配当?
付録 試験プロジェクトの進め方
ベーシックインカムとして適切な給付であること/
実験の設計が明確で、持続可能であること/
設計が常に一定であること/
それなりの規模でおこなうこと/
それなりの期間にわたり実験をおこなうこと/
複製可能で拡張可能であること/
無作為抽出した比較グループを用いること/
ベースライン調査を実施すること/
評価調査を定期的におこなうこと/
有力な情報提供者を活用すること/
多層的な効果を測る実験であること/
検証したい仮説を実験開始前にはっきりさせること/
コストの計算と予算の計画が現実的であること/
サンプルをできるだけ変えないこと/
現金給付の仕組みを監視すること/
人々の自己決定権の要素も検討すること/
謝辞
世界のベーシックインカム団体
<『ベーシックインカムへの道』考察シリーズ>展開計画
<第1回>:ベーシックインカムの教科書『ベーシックインカムへの道』の特徴と考察シリーズ方針
<第2回>:「第1章 ベーシックインカムの起源」から
<第3回>:「第2章 社会正義の手段」から
<第4回>:「第3章 ベーシックインカムと自由」から
<第5回>:「第4章 貧困、不平等、不安定の緩和」から
<第6回>:「第5章 経済的議論」から
<第7回>:「第8章 仕事と労働への影響」から
<第8回>:「第9章 そのほかの選択」から
<第9回>:「第7章 財源の問題」から
<第10回>:「第6章 よくある批判」から
<第11回>:「第10章 ベーシックインカムと開発」から
<第12回>:「第11章 推進運動と試験プロジェクト」「付録 試験プロジェクトの進め方」から
<第13回>:「第12章 政治的課題と実現への道」から、及び、総括
少しずつ、よくなる社会に・・・
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