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20,21世紀の思想・行動・動向

メディア美学者武邑光裕氏によるドイツの無条件ベーシックインカムUBI事情-1

NewsWeek日本版に連載されている、メディア美学者・武邑光裕氏のコラム<欧州新首都:ベルリンから世界を読む>で、3月15日配信で
無条件ベーシックインカム:それは社会の革新なのか幻想なのか?
と題したレポートが公開されました。

今回は、2回にわたってその内容を紹介し、私の提案するベーシック・ペンションと重ね合わせて考えてみたいと思います。

これは、ベルリンを拠点の一つとする武邑氏が、現在ドイツで議論が盛んになっているベーシックインカムに関する状況と、同氏の基本的な認識についてのレポートです。

今BIの議論が、ドイツのみならず、日本を含め諸国で盛んになっているのは、もちろんコロナ危機による経済的生活の困難問題からです。
元々、ベーシックインカムの思想の発祥と言えるヨーロッパの中心をなすドイツ。
その歴史はもちろんのこと、前回・前々回と、ベーシックインカムの実験の多くが、ヨーロッパで行われる中で、ドイツはどのようなスタンスを取っているのか、非常に興味深いものがあります。
(参考)
カナダオンタリオ州ミンカム等ベーシックインカム、実験導入事例紹介-1(2021/3/6)
BI実験と効果誘導に必要な認識:ベーシックインカム、実験導入事例紹介-2(2021/3/7)

無条件ベーシックインカム:それは社会の革新なのか幻想なのか?


ドイツにおいて現在、賛否両論が展開される背景は、コロナ下、人々が経済的困難に陥っており、無条件ベーシックインカム(Unconditional Basic Income =UBI)が、その困難から脱却するために必要と認識することにあります。
しかし一方、パンデミックは、私たちに多くの政策を見直す機会を与えているともして、当小論が始まります。

ハルツ改革とそこで発生した課題

ベーシックインカムの賛否両論の展開の原点を考えると、ドイツでは、ハルツ改革に行き着くといいます。
2002年8月に当時のシュレーダー政権に提出された、ハルツ委員会の改革、ハルツ改革。
UBIが議論されるときに必ず参照されるハルツ改革とは一体どういうものだったのか。

まず、東西ドイツ統一後の労働市場政策では、労働者を守ることに主眼が置かれ、解雇や有期雇用契約に対する厳しい制限、失業者に対する手厚い保障などが実施されてきました。
職業紹介所などの組織の再編、派遣労働に関する規制緩和など、特に失業保険と生活保護の融合を行なった、とあります。
しかしその一方で、「社会の二極化」を懸念する批判も当時あり、手厚い給付金で生活できてしまうことで、労働意欲が低下する問題も指摘されました。

現在、ドイツでのUBI反対派が主張する「人々は基本所得があれば、わざわざ仕事をしない」という論点は、このハルツ改革のトラウマに起因している部分も多いというわけです。

しかし、日本では、こうした現実体験をベースにした議論はほとんどなく、生活保護制度をめぐる困窮対策とデフレ脱却経済対策の面からだけのものになっていることを、私は再三再四指摘しています。

ドイツにおけるUBI賛成論の背景


ドイツでは15年ほど前から、UBIの社会政治的ユートピアを議論してきているが、基本的な考え方はほとんど変わらない、として、武邑氏は以下を提示します。

すべての国民は、その見返りに何かを提供することなく、以下の基本的なニーズを調達する毎月のお金を受け取る。
1)貧困からの脱出
2)官僚主義や国家の強制からの解放
3)芸術やその他の価値ある仕事を支援するための手段
4)人生で何かを創造したいという人間の願望への貢献
5)相互信頼によって特徴づけられる社会への自主参加

のいずれかと見ている。

ヨーロッパにおけるUBI論の典型的な主張と言えます。

そしてこれに、現在では必須となった要素・要因、AI社会を想定してのBI論も、同氏は付け加えます。

COVID-19後の労働力とロボット化する人間

ベーシックインカムはまた、急速に進むデジタル化や自動化のために自分の仕事を失うことへの人々の不安を軽減する可能性がある、とし、今年2月発表のマッキンゼーのレポート「COVID-19後の労働力」から以下の要点を紹介します。

今後10年で、4,500万人の米国の労働者がロボットやAIによる「自動化」によって失職すると予測しており、パンデミックの前に予測されていた3,700万人を大きく上回っている。
それと同時に仕事の総数は増加するが、ほとんどは自動化を補強し、補完するため「人間がロボット化」する仕事であり、例えば、コロナ禍、米国で激増した仕が、eコマースの倉庫要員だ。
総雇用数も増加するが、今後10年間のほぼすべての純雇用の伸びは、高賃金の職業になると予測している。
デジタル技術などのスキルを持つのは一握りであり、他の低賃金労働者の絶対数が増える懸念は、どうやら本当のものになるらしい。


こうして社会の二極化が進む(予想もある)なか、コロナ危機により、多くの自営業者や被雇用者が収入源を断たれ、UBIの考えは再び追い風となっている、と結びます。

UBI実現に不可避の課題

しかし、そうした賛成論をもってしても、ポジティブな観念的な見通しだけでは、ドイツ政府を本気にさせるUBIの実現は簡単ではない、として、問題提起に入ります。

月の基本所得はいくらが妥当か?
それは既存の社会的収入の全部または一部を置き換えるべきなのか?それにはどのような税制が伴うのか?
特に、基礎所得が本当に無条件に支払われ、それ以上の所得がなくても最低限の社会的・文化的生活水準を満たす水準にあるのかどうかについては、次のふたつの基本的な問いを明確にする必要がある。

この2つの現実論にどう取り組むのか。
以下に整理しました。

労働・仕事のインセンティブをめぐる課題


武邑氏は、先ずこう問題提起します。

・無条件のベーシックインカムは、その設計によっては労働意欲を著しく阻害する可能性があり、熟練労働者の不足と潜在的な労働力の減少が予想される時代に、どのように適合するのか。

これを受けて、UBI懐疑論として、こう述べています。

UBIによる、従来の税金、社会保障、労働市場や経済全体への影響は多大であり、低所得者層の賃金構造を大きく変える
従業員の交渉力が強化され、不快でストレスの多い仕事や退屈な仕事には、大幅に高い賃金が要求される可能性がある。

それにより企業コストが上昇し、消費者にとっては物価が上昇。
旧来の賃金体系が続く海外に、企業が移転する。
今より高い賃金を支払う準備ができていないと、いくつかの仕事は放置される可能性があり、分業を前提とした経済もダメージを受ける。

BIに伴う政府支出の増大問題


そして、もう一つの大きな課題として

・ベーシックインカムの結果として生じる政府支出の大幅な増加は、どのように財源化されるべきなのか。

と問題提起を続けます。
そしてこう提示します。

UBIは増税で賄われることになる。
これは主に、すでに高い税金を払っている人たちの労働意欲を混乱させるかもしれない。
税負担の増加によって、企業や高所得者層が海外に移転すれば、非公式経済で働くインセンティブを強化することにもつながる。
これらはすべて、ベーシックインカムの財源となる税基盤を侵食する可能性である。


結論から言うと、武邑氏自身は、その解決策を提示していません。

まさに、
「無条件ベーシックインカムは、社会の革新なのか幻想なのか?」というタイトルどおりの問題提起で終わっているのです。
しかし、そろそろドイツもUBIについて、真剣に、かつ現実的に検討する時期が来ているようです。

次回、今ドイツで起きているUBIを巡る現実的な動きと、武邑氏の基本認識のまとめを紹介します。

ベーシックインカム実証実験事例紹介記事

カナダオンタリオ州ミンカム等ベーシックインカム、実験導入事例紹介-1(2021/3/6)
BI実験と効果誘導に必要な認識:ベーシックインカム、実験導入事例紹介-2(2021/3/7)
メディア美学者武邑光裕氏によるドイツの無条件ベーシックインカムUBI事情-1(2021/3/8)
ドイツでUBI実証実験、2021年6月開始:武邑光裕氏によるドイツUBI事情-2(2021/3/9)

<ベーシック・ペンションをご理解頂くために最低限お読み頂きたい3つの記事>

⇒ 日本独自のベーシック・インカム、ベーシック・ペンションとは(2021/1/17)
⇒ 生活基礎年金法(ベーシック・ペンション法)2021年第一次法案・試案(2021/3/2)
⇒ ベーシック・ペンションの年間給付額203兆1200億円:インフレリスク対策検討へ(2021/4/11)


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