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1968年凶弾に倒れたキング牧師を動かしたアメリカ福祉権運動とベーシックインカム

米国、40市長による「所得保障制度のための市長連合(MGI)」とマーティン・ルーサー・キング牧師

先日投稿の
米カリフォルニア州ストックトン市のベーシックインカム社会実験、中間報告(2021/3/15)
において、米国で約40の市長が、ベーシックインカムの実現をめざすべく、「所得保障制度のための市長連合(MGI)」を結成したことを紹介しました。

そのWEBサイト Mayors for a Guaranteed Income (mayorsforagi.org)
のトップページに、以下の画像のように、ベーシックインカムの導入を主張し、1968年に凶弾に倒れたマーティン・ルーサー・キング牧師の言葉が記されています。


ほぼ40の市長のGMI活動の源流とも言えるキング牧師の活動について、当サイトで度々活用させてもらっている、山森亮氏著の『ベーシック・インカム入門 』(2009/2/20刊)で紹介されています。
今回も、以下利用させて頂くことにします。

AFDC、TANFが生んだNWROによるアメリカ福祉権運動と保証所得要求

先に、
福祉国家論とベーシックインカム:福祉国家から基本的人権社会保障国家へ(2021/2/27)
で示したように、イギリスを発祥として変化し、形成されてきた福祉国家の在り方が、従来の原初的な福祉、ウェルフェアから、完全雇用を目標とした、ワークフェア主義に行き着いた現代を背景としています。

1966年、アメリカでは、このワークフェアが強力に進められ、個人責任・就労機会調整法が成立。
従来型の福祉である<要扶養児童家族扶助>制度、AFDCが、<貧困家族一時扶助>制度、TANFに転換。
これで福祉への権利が廃止されることになったとされています。

そのために生じた母子世帯の困窮や社会問題化も背景としつつ、「まともな福祉」を求める福祉権運動が、1966年6月オハイオ州で始まりました。
それは、<貧困家族一時扶助>制度TANFがもたらした、福祉のケースワーカーの恣意的な審査、嫌がらせなどへの抗議活動でもありました。
そしてそれらは、1966年の全国的組織であるNWRO、全国福祉権団体の結成と結びつきます。

NWROの初代事務局長である、ジョニー・ティルモンが記した一文を以下に紹介します。

 私たち自身の福祉プランとして共に掲げているのは、適切な保証所得。この適切な保証所得なら性差別を取り除くことができる。
 そこでは、男、女、子ども、独身、既婚、子持ち、子ども無し、なんていう「分類」はない。ただ援助を必要とする貧しい人々がいるだけ。必要と家族規模だけに応じて支払われる。・・・・・・・
 もし私が大統領だったら、・・・・・・女性に生活賃金を支払い始める。私たちが既にしている仕事 ー子育てと家事ーへの報酬として。 
(「福祉は女性問題」1972年、フェミニズム雑誌『Ms.Magazine』創刊準備号)

保証所得という用語が用いられていること。
女性に、そして子育てや家事労働に報酬を!と主張していること。
そこに注目したいと思います。

ベーシックインカム主張のマーティン・ルーサー・キング牧師、「貧者の行進」前に凶弾に倒れる

上記のジョニー・ティルモンが事務局長に就任する前に、NWROの初期のリーダーだったジョージ・ワイリーが、1966年10月に、ベーシックインカムを主張する福祉権運動に耳を傾けるべきという手紙を、キング牧師に送り、NWROへの協力も求めました。

これに影響を受けてキング牧師は活動を開始。
そして、自身も保証所得の必要性、ベーシックインカムの必要性を主張し始めます。
その発言が、以下のように残っています。
その一部の英文が、上掲の画像にある文章です。

 私がここで考察したいと思う一般的な計画が一つだけある。なぜならそれ(保証所得)は、この国家のなかでの、貧困の全廃を取扱い、それは必然的に、国際的な規模での貧困についての、私の最終的な議論を導き出すことになるからである。(中略)
 私はいま、最も単純な方法が、最も効果をあげるようになるだろうと確信している。 ー 貧困の解決は、いま広く議論されている方法、すなわち保証所得という方法で、直接それを廃止することである、と。 (中略)
 その保証所得が、たえず進歩的なものとして生かされてくるのを確実にしようと思ったら、次の二つの条件を欠くことはできない。
 第一に、その所得は最低の水準ではなくて、社会の中間の水準にあわせて定めなくてはならない。・・・
 第二に、保証所得は・・・社会の総収入が増大したら、自動的に増加するものでなければならない。・・・

 その計画によれば、全貧者の三分の二を占めている白人にも、利益を及ぼすのだ。私が黒人と白人の両方が、この変化を遂行するために連合を結んで行動するように希望する。なぜならば、実際問題として、われわれが予測しなければならない猛烈な反対にうちかつためには、この両方が結合した力が必要になるからである。
(『黒人の進む道 世界は一つの屋根のもとに』1967年)


すでに、「私には夢がある」と繰り返した演説で有名な、1963年のワシントン大行進が翌1964年の公民権法に結実した実績をもつキング牧師でした。
しかし、1968年6月にワシントンに集結する「貧者の行進」を計画し、全米各地を出発する4月にキング牧師は凶弾に倒れました。
このショッキングな事件が大きく報じられたことを、当時高校3年だった私も、かすかに記憶しています。

結局その行進も、非常事態宣言が発せられるなど、当局の弾圧で行われることはなかったのですが、NWROの活動は、その後も継続され、1975年まで続きました。

山森氏の同著では、同時期活動していたブラック・パンサー党も保証所得を主張したが、当初の対象は「すべての男性」であったものが、NWROの影響を受けて、「すべての個人」に変化していったことを指摘しています。

こうした運動は、バイデン新大統領による民主党政権の誕生で、先日の200兆円規模の財政出動決定に、間接的に結びついているかとは思います。


交差する時代に、交差することがなかったベーシックインカムと福祉政策

しかし、キング牧師が活動し凶弾に倒れたその時期に、先般、以下の記事で紹介した、ミルトン・フリードマン(1912~2006年)による1962年の著『資本主義と自由』で「負の所得税」の考え方が発表され、検討もされている事実があったことも、確認しておきたいと思います。
ミルトン・フリードマンの「負の所得税」論とベーシックインカム(2021/2/19)

加えて、その記事でも紹介しましたが、その時期、リチャード・ニクソン大統領時代に、「負の所得税」による政策を政府が立案。
当初フリードマンは推進派であったものが、この案がその時の既存システムに上乗せするものであったため反対に転じ、結局、ベーシック・インカムに近い制度・政策が成立・実現しなかったのです。

何かしら共通する意識や考え方を持ちながら、結局接点・交点を確認することも、譲り合って現実的制度に到達することもなかった歴史の綾を想います。

そして現在。
冒頭の紹介のように、コロナ禍が、米国の約40の市長が、ベーシック・インカム実現に向けての連合を具体化。
米カリフォルニア州ストックトン市のベーシックインカム社会実験、中間報告(2021/3/15)
もあります。
また、昨年の米大統領選に民主党から出馬のアンドリュー・ヤンが、2021年6月のニューヨーク市長選へBI導入を政策に掲げ、出馬を表明しました。

キング牧師の志が陽の目をみないまま経過した50有余年。
今の状況をどう読むか、どう評価するか。

ベーシックインカムの歴史を振り返り、辿るばかりではなく、新しいその歴史を作り上げるべく、ベーシック・ペンションを提案し続ける意味・意義を再確認した次第です。

こちらも参考に
⇒  イギリス救貧法の歴史・背景、概要とベーシックインカム:貧困対策としてのベーシックインカムを考えるヒントとして(2021/1/26)
⇒ 18世紀末、2人のトマス、トマス・ペイン、トマス・スペンスの思想:ベーシックインカム構想の起源(2021/1/31)
⇒ ミルトン・フリードマンの「負の所得税」論とベーシックインカム(2021/2/19)


<ベーシック・ペンションをご理解頂くために最低限お読み頂きたい3つの記事>

⇒ 日本独自のベーシック・インカム、ベーシック・ペンションとは(2021/1/17)
⇒ 生活基礎年金法(ベーシック・ペンション法)2021年第一次法案・試案(2021/3/2)
⇒ ベーシック・ペンションの年間給付額203兆1200億円:インフレリスク対策検討へ(2021/4/11)

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