MMTなくしてBI実現は不可能なのか:『ベーシックインカム×MMTでお金を配ろう』から考えるベーシック・ペンション-5(最終回)
財源・財政・金融・インフレ問題とMMTを関連付けてベーシックインカム、ベーシック・ペンションを考察するシリーズ-Ⅰ
標題のシリーズは、
Ⅰ スコット・サンテンス氏著・朴勝俊氏訳『ベーシックインカム×MMT(現代貨幣理論)でお金を配ろう 誰ひとり取り残さない経済のために 』(2023/3/10刊・那須里山舎)
Ⅱ 島倉原氏著『MMT〈現代貨幣理論〉とは何か 日本を救う反緊縮理論』(2019/12/10刊・角川新書)
Ⅲ 中野剛志氏著『どうする財源 - 貨幣論で読み解く税と財政の仕組み』(2023/3/31刊・祥伝社新書)
の3冊を順に取り上げて、ベーシックインカムBI、ベーシック・ペンションBPとMMT現代貨幣理論を関連付けて考察を進めることを目的としている。
その最初のシリーズが、
◆ スコット・サンテンス氏著・朴勝俊氏訳『ベーシックインカム×MMT(現代貨幣理論)でお金を配ろう 誰ひとり取り残さない経済のために 』(2023/3/10刊・那須里山舎)
を参考図書としての【『ベーシックインカム×MMT(現代貨幣理論)でお金を配ろう』から考えるベーシック・ペンション】シリーズ。
<第1回>:スコット・サンテンス氏の想いを知る:『ベーシックインカム×MMTでお金を配ろう』から考えるベーシック・ペンション-1(2023/5/28)
<第2回>:MMT視点での財政支出・BI支出によるインフレと課税論:『ベーシックインカム×MMTでお金を配ろう』から考えるベーシック・ペンション-2(2023/6/12)
<第3回>:MMTのJG雇用保証プログラムよりもBIを、という卓見:『ベーシックインカム×MMTでお金を配ろう』から考えるベーシック・ペンション-3(2023/6/13)
<第4回>:MMTに欠けるBI導入要件の矛盾と正論:『ベーシックインカム×MMTでお金を配ろう』から考えるベーシック・ペンション-4(2023/6/18)
と進めてきたが、今回<第5回>が最終回。
<第1回>:P.1~P.23
日本語版への序文
1.はじめに
2.魔法の浴槽
3.産出量ギャップと生産能力の活用
<第2回>:P.24~P.51
4.インフレ、インフレ、インフレ
5.見えない税金
6.お湯を抜く
7.最適な排水口
<第3回>:P.52~P.72
8.テスラ・フォア・オール
9.子どもを働かせる名刺の話
10.ブルシット・ジョブ
11.過剰正当化効果
<第4回>:P.73~P.88
12.スプーンやシャベルの代わりにロボットを
13.労働時間を減らして成果を上げる
14.雇われていなくても非生産的でない
15.MMTに足りないもの
<第5回>:P.89~P.100
16.結論
翻訳者あとがき
『ベーシックインカム×MMTでお金を配ろう』から考えるベーシック・ペンション-5(最終回)
本書は、コロナパンデミック対策として米国政府がこうじた大規模な財政政策をもってしても実現できなかった困窮者支援対策の結果を踏まえ、MMTとBIとの望ましい連携の在り方を示すことを主たる目的としていた。
そこでのサンテンス氏の思いと、これからのBI実現のためのあるべき考え方、形について、結論としてまとめられたのが本最終項である。
わかり易く展開することが目的だった同氏にとっては、一語一句が重要と思われるが、整理して確認したい。
これまでの繰り返しも多々含むが。
<16.結論>から:相互に必要なBIとMMTと今後の課題
米国におけるBI実現が困難な背景と事情:ターゲティングへのこだわり
MMTの論理が政策立案者の間で、十分な影響力を持たない限り、BIは実現しそうにない。
(コロナパンデミックのような)国家非常事態の中でさえ、これまで最も多額な支出が行われた時でさえ、対象者を絞ること(ターゲティング)へのこだわりが残っていた。
ターゲティングの欠陥
対象者を絞るターゲティングがもたらすデメリット、欠陥。
それは、不要な官僚主義をもたらし、困窮者を取りこぼし、恥の烙印スティグマと不信感を生み、限界税率を高くするだけと批判し、こう続ける。
まず人々に支払い、課税はあとですべき。みんなにおカネを与えて、税金で調整する。
繰り返しになるが、本来はそうあるべき、というのがサンテンス氏の本書での最終確認。
あとから税金を取れば、結果的に対象者を絞れる事実さえ、政府は理解できなかったのだ。
理解できていれば、完全な普遍的なBIが実現できていたはず。
MMTは税金への見方を変えることで、考え方の劇的な転換を可能に
BIファースト、その後の税金での調整。
そこでMMTの税金に対する考え方を活用する。
引き算のターゲティングの手段としての税制としてここでサンテンス氏が例示するのは、炭素税、付加価値税(VAT)、地価税、知的財産税など。
その個々の根拠や狙いなどの説明はここでは省くとし、共通なのが、インフレの抑制と不平等の削減。
こうして税金がおカネを消し、特定の選択を防ぐツールと考えることで、様々な税金の選択肢がより意味を持つようになり、一方所得への課税を選択することが意味を持たなくなるとしている。
人間中心の、リソースに基づく経済への扉を開く発想の転換
BIに付いて回る「財源をどう調達するか」という問いが、MMTにより、「重要な課題の実行により、最高の結果を得るために、効率的なリソース活用法のベストミックスは何か」に変わる。
そこで、やるべき事にいくらおカネがかかるかではなく、やるべき事、できることを考えてやる。
その後に、私たちを中心に、私たちのためにある経済が回るように管理する、と。
そして、「実際にできることの限界は、物理的な生産能力キャパシティにより決まり、おカネというこしらえものによって決まるのではない」と繰り返す。
MMTとBI両方が必要であり、お互いを必要としている
MMTが、利用可能なリソースを最適な形で利用するためにBIを必要とする一方、BIは完全な普遍性を達成するために、おカネをどう賄うかという問題から、最適税制の設計という問題に移行するためにMMTを必要とする。
私たちは、もっと良い社会を実現でき、それは、MMTとBIによって始まる
今後は、BIに「財源がある」ことよりも、BIをどのように進めていくのがベストなのかを伝えてゆきたい、とサンテンス氏。
・経済キャパシティをフル活用すれば給付可能なBIの最高額はいくらか
・経済キャパシティを超えないようにインフレを管理するには、税金を含めどんな方法が最適か
・供給側でどんな投資が必要かの判断ツールとして価格上昇を活用できないか
・最適なBI実施方法設計に際し、所得税の削減・廃止や望ましくないものへの課税をどう組み合わせるか
・おカネや課税、政府に対する人々の見方を、よりビジョンのある、もっと分断を起こさないものに変えることができないか
こうした課題例を挙げ、その実行、よりよい社会の実現は可能とし、『財政赤字の神話』や、サンテンス氏自身の著述に関心を、と付け加えて結んでいる。
<翻訳者あとがき>から:非主流派経済学者としてのアプローチの限界?
訳者、朴勝俊氏は、松尾匡氏、井上智弘氏らと共にいわゆる左派経済学者としてベーシックインカム導入提案を進める第一人者グループの一人。
MMTを支持しつつも、そのJGには疑問を抱き、元来BIに対して反対するMMTの扱いに苦慮していたわけで、その事情をこのあとがきで述べている。
その朴氏が、MMTプラスBI、双方の融合・統合を、MMTの課題をさらりと指摘した上で、その流れに沿って提案したサンテンス氏の著を評価し、活用すべきと考えたことは、十分理解できる。
朴氏は、L・ランダル・レイ氏著『MMT現代貨幣理論入門 』の以下の部分を引用紹介する。
「MMTの教義の大部分は誰でも取り入れることができる。その政策規範に同意することなく、単にMMTの説明的な部分を利用したいならば、それも可能である。MMTの説明は政策立案のための枠組みを提供するが、政府が何をすべきかに関しては意見を異にする余地がある。」
その他MMTおよび同派学者との確執?など縷々述べたあと、サンテンス氏の書について、こう述べている。
「読み終えた頃には、経済に対する見方や、経済学に対する見方も一変していることでしょう。」
残念だが、この断定・断言にはまったく賛成できない。
あとがきの最後も加えておこう。
「現在の日本経済をめぐる閉塞感は、主に、経済が回復しないことと、底辺層から中間層の人々の所得が増えないことから来ている。MMTとBIとJGは、これを打破するキーワードになりえる」と。
文字数が限られているとはいえ、単純化が過ぎるコメントであり、当然なのだが、経済及び経済学視点での議論・論述は一面的であり、ベーシックインカム実現論においては、社会保障・社会福祉の視点からの議論・検討も不可欠と考えている。
ターゲティングに関する記述が一応関連してはいるが、経済合理性をめぐる課題視点であり、十分では当然ない。
主流派経済学(者)への対抗としてMMTをどう扱うか、BIをどう合理化するかという視点は、決してリベラルではあり得ない。
自称リベラルの社会保障・社会福祉学者におけるBI論は、財源論で思考停止に常に陥り、ベーシックサービスという経済額視点と財源論が欠落した似非BIにすり替えられたまま見る影もない。
元来本気でBI実現を考えたこともない人気取り既成政党の一部は、負の所得税や給付付き所得税をベーシックインカムと称しているが、これが国民を欺くことという自覚がない。
BI実現を願う経済学者は、こうした多面的な視点・課題意識をもって、BI論を展開して欲しいと切に願っている。
(参考)
◆ L・ランダル・レイ氏著、島倉原氏監訳、鈴木正徳氏訳、中野剛志氏・松尾匡氏解説『MMT現代貨幣理論入門 』(2019/9/12刊・東洋経済新報社)
◆ ステファニー・ケルトン氏著、土方奈美氏訳『財政赤字の神話: MMTと国民のための経済の誕生 』(2020/10/15刊・早川書房)
<第5回>まとめ(全体総括)
BIとMMTがタッグを組めば、BI実現が近づく。
簡単に言えば、それを確認できる最終章だったわけだが、これで間違いなくBI実現が近づいたということには、当然のことだが、決してならない。
MMTはBI推奨理論ではなく、BIはMMTを都合よく利用するかのように見ているMMTerが多いのだ。
税制に関する発想の転換そのものが、BI実現の絶対条件としても、経済視点での議論で済むわけではく、サンテンスも指摘している政治や政府の在り方に必ず行き着く。
米国を舞台としたBI実現論は、本書のようにMMTとの連携・統合で単純化して論じ、実現シナリオ形成に持ち込むことが可能なのかもしれない。
しかし、ターゲティングが、困窮者のみに集約されるかのような議論は、BIが生活保護レベルの救済に限定されることになりかねない。
またMMTが必須とするJGは、サンテンスが再三強調する普遍性とは、本質的に相容れない要素・要因であろう。
こうした根本的な課題について、サンテンス氏は楽観的とまではいかなくても、さらりと流し、双方の連携・統合が普遍性を持つかのような振る舞いで本論を終わらせている。
翻訳者・朴勝俊氏の言葉も同様に、BI実現に希望を持たせる書であることを強調しているが、サンテンス氏と朴勝俊氏が推奨し、紹介している4冊を読めば、却って一層、悩みが深くなるのではと思っている。
・リトガー・ブレグマン氏著『隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働』
・ガイ・スタンディング氏著『ベーシックインカムへの道 ―正義・自由・安全の社会インフラを実現させるには』
の2冊については、すでに当サイトで取り上げており、各シリーズの投稿リストを最後に掲載している。
<本書総括と次のシリーズでの目論見>
MMTの解説書ではなく、BIの合理性を支える上での「おカネ」の考え方を理解し、正当化するための道具としてMMTを用いている。
そのため、MMTをしっかりと理解する上では物足りない。
加えて、ベーシックインカムについて理解する上でも、あまり深く切り込んでおらず、物足りない。
どちらかというと、魔法の浴槽やもモズラーの名刺などが重要な要素を持つとしているように「寓話」的な入門書といえるのではないか。
読み終えた感想・感覚は、そんなところである。
従い、冒頭述べたように、MMTのまさに理論について、
Ⅱ 島倉原氏著『MMT〈現代貨幣理論〉とは何か 日本を救う反緊縮理論』(2019/12/10刊・角川新書)
を用いて、BI及びベーシック・ペンションとの調和度等を深掘りしていくべきと考えたわけだ。
先述した今回のまとめで、経済及び経済学視点に限定せずにより広い、異なった視点での議論・考察を加えるべきとした。
しかし今度は、MMTそのもののに戻って、ベーシックペンションを提案する私なりの問題意識をもってMMTを検討・考察しようというわけだ。
ただ、いきなりBIやBPとMMTとを結びつけて考えるだけでなく、MMTそれ自体単独で考えるという試みもできれば、と思っている。
加えて、本稿のテーマともした「MMTなくしてBI実現は不可能なのか」という命題にもあえて取り組むことも目標にしている。
(参考:スコット・サンテンス氏)
⇒ https://scottsantens.com (=Scott Santens’ Universal Basic Income Guide)
(原書)
◆『Let There Be Money: Understanding Modern Monetary Theory and Basic Income』( ペーパーバック – 2021/12/13)
リトガー・ブレグマン氏著『隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働』(文藝春秋・2017/5/25 刊)シリーズ
<第1回>:リトガー・ブレグマンの「隷属なき道」、その道標(2021/9/2)
<第2回>:過去最大の繁栄の中の最大の不幸とユートピア:リトガー・ブレグマンの『隷属なき道』ー2(2021/9/6)
<第3回>:20世紀アメリカでベーシックインカムが実現するチャンスがあった!:リトガー・ブレグマンの『隷属なき道』ー3 (2021/9/10)
<第4回>:スピーナムランド制度捏造報告書が、誤った社会保障制度の歴史を作ってきた:リトガー・ブレグマンの『隷属なき道』ー4 (2021/9/12)
<第5回>:GDPや経済学者を信じるな!?:リトガー・ブレグマンの『隷属なき道』ー5(2021/9/14)
<第6回>:AIに人類愛はありませんか?:リトガー・ブレグマンの『隷属なき道』ー6(2021/9/16)
<第7回>:ベーシックインカムは、ユートピア・アイディア?:リトガー・ブレグマンの『隷属なき道』ー7(2021/9/17)
<第8回>:ベーシックインカムの夢物語を現実のものとするための道を、自ら探し、新たに創る:リトガー・ブレグマンの『隷属なき道』ー8(2021/9/18)
ガイ・スタンディング氏著『ベーシックインカムへの道 ―正義・自由・安全の社会インフラを実現させるには』(池村千秋氏訳、2018/2/10刊・プレジデント社)シリーズ
<第1回>:ガイ・スタンディング氏著『ベーシックインカムへの道』の特徴と考察シリーズ基本方針(2022/11/5)
<第2回>:ベーシックインカムの定義と起源・歴史を確認する:ガイ・スタンディング氏『ベーシックインカムへの道』考察シリーズ-2(2022/11/10)
<第3回>:ベーシックインカム導入目的は社会正義の実現のため?:ガイ・スタンディング氏『ベーシックインカムへの道』考察シリーズ-3(2022/11/13)
<第4回>:なじめない「リバタリアン、共和主義者による自由のためのベーシックインカム論」:ガイ・スタンディング氏『ベーシックインカムへの道』考察シリーズ-4(2022/11/14)
<第5回>:貧困問題から生活の経済的不確実性対応のためのベーシックインカム重視へ:ガイ・スタンディング氏『ベーシックインカムへの道』考察シリーズ-5(2022/11/29)
<第6回>:経済成長政策、AI社会雇用喪失懸念対策としてのベーシックインカム:ガイ・スタンディング氏『ベーシックインカムへの道』考察シリーズ-6(2022/11/30)
<第7回>:経済学者のベーシックインカム経済論としては低評価:ガイ・スタンディング氏『ベーシックインカムへの道』考察シリーズ-7(2022/12/3)
<第8回>:ベーシックインカム以外の選択政策評価基準「社会正義」の不都合:ガイ・スタンディング氏『ベーシックインカムへの道』考察シリーズ-8(2022/12/4)
<第9回>:多くの財源論が展開されてきた欧米で未だ実現しないベーシックインカムのなぜ?:ガイ・スタンディング氏『ベーシックインカムへの道』考察シリーズ-9(2022/12/6)
<第10回>::ベーシックインカム批判への反論の多くが「質問返し」の残念!:ガイ・スタンディング氏『ベーシックインカムへの道』考察シリーズ-10(2022/12/8)
<第11回>:途上国のベーシックインカム推奨よりも優先すべき問題先進国BI:ガイ・スタンディング氏『ベーシックインカムへの道』考察シリーズ-11(2022/12/14)
<第12回>:ほとんどが反対論の材料になりがちなベーシックインカム試験プロジェクトの半端度と独善性:ガイ・スタンディング氏『ベーシックインカムへの道』考察シリーズ-12(2022/12/17)
<第13回>:ベーシックインカムの教科書は、道を拓くことができるか:ガイ・スタンディング氏『ベーシックインカムへの道』考察シリーズ-13(2022/12/19)
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