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2020・21年考察

リトガー・ブレグマンの「隷属なき道」、その道標

リトガー・ブレグマンと『隷属なき道』誕生の経緯

リトガー・ブレグマンは、1988年生まれのオランダ出身の歴史家、ジャーナリスト。
本書日本語版『隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働』(文藝春秋・2017/5/25 刊) は、彼がまだ2014年26歳のとき、先ずオランダ語版としてほぼ自費出版同然に発行。
その時のタイトルは『ただでお金を配りましょう』
それがアマゾンの自費出版サービスを通じて英語訳されたことをきっかけにして、トントン拍子に2017年に世界20カ国での出版が決定。
その英語版プリント・オン・デマンドでのタイトルは『現実主義者のための理想郷』
そしてこの日本語版の『隷属なき道』は、彼が大きな影響を受けたというハイエクの書『隷属への道』を転じたもの。

本書を読みつつ思ったのは、これは一種の「寓話」のようなもの。
ユートピアを、いくつかのノンフィクションを挿入することで、実現可能なもの、手が届きそうなものとして描いている。
そう感じたのですが、いみじくも英語版タイトル『現実主義者のための理想郷』がそれを表現していると思われます。

さて本書。
読みながら、これを1小節ずつ読み合わせをしながら私の意見を述べていくというスタイルにしてみるのも面白い。
例えばYouTubeで、あるいは、音声録音して、ブログ記事に添付する、など。
しかし、読み合わせでも著作権問題はあるでしょうし、何よりも、小節が相当数あり、終わるまで日数が掛かりすぎる。

で実際小節数がいくつあるかを数えることと全体の流れをしっかり把握するために、本書目次では示されていない各小節タイトルを転載して、全体の構成を分かるようにしました。
結果119の小節数にのぼりました。
かなりの数です。

『隷属なき道』、構成

第1章 過去最大の繁栄の中、最大の不幸に苦しむのはなぜか?
   ・50年前の平均的オランダ人よりも豊かに暮らすホームレス
   ・中世の理想郷「コケイン」に住む私たち
   ・60億人が携帯を持ち、平均寿命は100年前の倍以上
   ・希望なき豊饒の地
   ・厳格なルールに基づくユートピア
   ・正しい問いを投げかけるユートピア
   ・似たりよったりの政党、違いは所得税率だけ
   ・自由を謳歌する市場と商業
   ・うつ病は10代の若者における最大の健康問題
   ・資本主義だけでは豊饒の地を維持できない
   ・想像と希望を生む21世紀のユートピアを 
第2章 福祉はいらない、直接お金を与えればいい
   ・ホームレスに3000ポンドを給付する実験
   ・ガーデニング教室に通い始めた元ヘロイン中毒者
   ・フリーマネーは人を怠惰にするのか?
   ・ケニアでもウガンダでもフリーマネーが収入増をもたらす
   ・45カ国、1億1000万世帯に届けられた現金
   ・アルコール中毒者、麻薬中毒者、軽犯罪者もお金を無駄にしない
   ・ハイエクやフリードマンも支持したベーシックインカム
   ・カナダ「ミンカム」という世界最大規模の実験
   ・ミンカムで入院期間が8.5パーセント減少
   ・保障所得は大量離職を促すか?
   ・ベーシックインカム法案を提出したニクソン大統領
   ・「無益で、危険で、計画通りにはいかない」というユートピアへの攻撃
   ・豊饒の地の富はわたしたち全員に帰するもの
第3章 貧困は個人のIQを13ポイントも低下させる
   ・チェロキー族一人当たり6000ドルをもたらしたカジノ
   ・精神疾患は貧困の原因か、結果か
   ・貧しい人はなぜ愚かな判断をするのか?
   ・欠乏の心理学
   ・欠乏感は長期的な視野を奪う
   ・インドの農村における貧しさと認知能力の実験
   ・貧困の撲滅は「子どもたちが中年になるまでに採算が取れる」
   ・「注意喚起」は根本的解決にはならない
   ・アメリカンドリームが最も難しい国はアメリカ
   ・低賃金を最も好んだ「重商主義」
   ・路上生活者に無償でアパートを提供するユタ州
   ・オランダでも6500人のホームレスが姿を消した
   ・貧困と闘うことは良心に従うだけでなく、財布にも良い
第4章 ニクソンの大いなる撤退
   ・1970年代におけるベーシックインカム盛衰史
   ・無条件収入を保障する法律に着手していたニクソン
   ・19世紀スピーナムランド制度の影
   ・世論の反発を生んだニクソンのレトリック
   ・経済学者マルサスの反論と予言
   ・ スピーナムランド制度は「大失敗だった」?
   ・150年後に捏造が発覚した報告書
   ・非道な救貧院への押し込め
   ・クリントンの社会保障制度改革へ続く道
   ・もしニクソンの計画が実行されていたら?
   ・監視国家と貧困者との戦い
第5章 GDPの大いなる詐術
   ・3.11後のラリー・サマーズの予測
   ・「あなたに見えるものと見えないもの」
   ・GDPが見逃している労働
   ・1970年代から急伸した金融部門のシェア
   ・80年前まで GDP は存在すらしなかった
   ・収穫高に注目した重農主義者
   ・究極の尺度にして水晶球
   ・「国民総幸福量」は新たな尺度になり得るか
   ・GPI ISEWも信用できない
   ・効率の向上を拒否するサービス
   ・「人間は時間を浪費することに秀でている
   ・人生を価値あるものにする計器盤
第6章 ケインズが予測した週15時間労働の時代

   ・「21世紀最大の課題は余暇」
   ・フランクリンやマルクスも予測した未来
   ・フォードは初めて週5日労働を実施した
   ・「機械を世話する種族」をアシモフは危惧した
   ・テレビアニメに描かれた2062年の夫婦
   ・誰も予想できなかった「女性の解放」
   ・1年のうち半年が休暇だった中世フランス
   ・ケロッグは1日6時間労働で成功を収めた
   ・労働時間の短縮で解決しない問題があるだろうか
   ・ストレスと失業率の高い今こそ準備のとき
   ・どうすれば労働時間を減らせるか?
   ・一生のうち9年をテレビに費やすアメリカ
第7章 優秀な人間が、銀行ではなく研究者を選べば

   ・ニューヨークを混乱に陥れたゴミ収集作業員
   ・富を作り出すのではなく移転しているだけ
   ・農業や工業の生産性向上がサービス産業の雇用を生み出した
   ・アイルランドの銀行員ストライキの奇妙な事態
   ・1万1000軒のパブを中継点とする貨幣システム
   ・「くだらない仕事」に人生を費やす
   ・ 専門職の半数が自分の仕事は「意味も重要性もない」と感じる
   ・「空飛ぶ車が欲しかったのに、得たのは140文字だ」
   ・研究者が1ドル儲けると、5ドル以上が経済に還元される
   ・現在の教育はより楽に生きるための潤滑油にすぎない
   ・新たな理想を中心に教育を再構築する
   ・ ゴミ収集作業員は ニューヨークのヒーロー
第8章 AIとの競争には勝てない
   ・ロボットの開発と進出が進めば、残された道は一つ
   ・世界を縮小させたチップと箱
   ・「資本対労働の比率は不変」ではなかった
   ・アメリカでは貧富の差は古代ローマ時代より大きい
   ・生産性は過去最高、雇用は減少というパラドックス
   ・コンピュータに仕事が奪われる事例の先駆け
   ・2045年、コンピュータは全人類の脳の総計より10億倍賢くなる
   ・労働搾取工場でさえオートメーション化される
   ・ヨークシャー・ラッダイトの蜂起
   ・ ラッダイト が抱いた懸念は、未来への予言だった?
   ・第二次機械化時代の救済策はあるのだろうか?
   ・金銭、時間、課税、そしてロボットの再分配
第9章 国境を開くことで富は増大する

   ・発展途上国支援に過去50年で5兆ドルを投じた
   ・対象群を用いた最古の比較試験
   ・無料の教科書は効果なし?
   ・必要なのは優れた計画か、何も計画しないことか
   ・ただで蚊帳を手に入れた人の方が、蚊帳を買う確率が2倍高かった
   ・10ドルの薬が就学年数を2.9倍伸ばすと実証したRCT
   ・貧困を一掃する最良の方法「開かれた国境」
   ・ 労働の国境を開けば65兆ドルの富が増える
   ・国境が差別をもたらす最大の要因
   ・21世紀の真のエリートは望ましい国に生まれた人
   ・移民にまつわる7つの課題
   ・世界で最も豊かなアメリカは移民が建てた
   ・38%の移民受け入れで開発支援総額の3倍の効果
第10章 真実を見抜く一人の声が、集団の幻想を覚ます
   ・空飛ぶ円盤が来なければ主婦はどうするのか
   ・1954年12月20日の真夜中
   ・自らの世界観を改めるより現実を再調整する
   ・わたしには自分の意見を変える勇気があるだろうか?
   ・真実を語るひとりの声が集団の意見を変える
   ・なぜ銀行部門の根本的改革は進まないのか?
   ・ 新自由主義を広めたハイエクとフリードマン
   ・モンペルランの教訓
終 章 「負け犬の社会主義者」が忘れていること
 
   ・不可能を必然にする「大文字の政治」
   ・国際的な現象となった「負け犬の社会主義」
   ・進歩を語る言語を取り戻す
   ・アイディアを行動に移す2つのアドバイス

「隷属なき道」の現実性と非現実性


 こうして整理したものに目を通すと、ベーシックインカムそのものについて説明・提案する箇所とイメージできる小節がごくごく僅かか、もしかしたら無いかもしれない。
 僅かですから、ベーシックインカムの社会保障制度上の位置付け、あるいは他の諸制度との関連、最も関心がある課題の一つである財源問題など、現実を考えると、必須の対策・取り扱い等については、考察・提案が著しく不足していると考えざるを得ません。
 故に、現実主義者の側面には、大きな疑問・疑念を持つことになります。

 本書の最後に添えられた解説の末尾には、こう記されています。

「週15時間労働、ベーシックインカム、そして国境のない世界」。
いずれも、夢物語としか聞こえないという批判と無視の沈黙の中で、ブレグマンは言う。
 奴隷制度の廃止、女性参政権、同性婚・・・・いずれも、当時主張する人びとは狂人と見られていた、と。
 何度も、何度も失敗しながらも、偉大なアイディアは必ず社会を変えるのだ、と。


 ん~。
 奴隷制度廃止、女性参政権、同性婚・・・。
 この例示はすべて人間の基本的な権利に関すること。
 週15時間労働、ベーシックインカム、国境のない世界・・・。
 前者群とこれらとは全く異質な課題、異なる次元での課題です。
 こうした理由を掲げると、一層、現実離れした、ユートピア思想にジャンル分けされてしまう。
 思想家、哲学者の欠点ですが、ご当人は、本書中で研究者であれば社会に大きく寄与できるとしています。

 私は、研究者にも疑問を感じています。
 ベーシックインカムも結局は政治課題に持ち込まれなければ、ただの理想論。
 制度として、すなわち法制化して現実に導入され、機能させなければ画に描いた餅。
 そして、当然、関係する他の社会保障制度・福祉制度、労働法制などをどうするかの具体策も必要です。
 多くの研究者は、そこまでを視野に入れた提案に及んでいないことが多いのです。

 こうした疑問点、論点を持ちながら、本書をどう活かすか、活かすとすればどう扱うか。
 理想論としての部分については、どこが弱点か、どう修正すべきか。
 先に整理した構成に従い、一応、章単位に、隷属なき道の進み方と目標への辿り着き方とを結び付けて考察・検討を始めていくことにします。
 当然その作業は、当サイトが提案する日本独自のベーシックインカム、ベーシック・ペンション生活基礎年金制度そのものにおいても共通の課題と認識してのものになることは言うまでもありません。

 なお、当シリーズと並行して、他のテーマでの記事も時々挿入することもあります。


このシリーズ、完結までの記事リスト

リトガー・ブレグマンの「隷属なき道」、その道標(2021/9/2)
過去最大の繁栄の中の最大の不幸とユートピア:リトガー・ブレグマンの『隷属なき道』ー2(2021/9/6)
20世紀アメリカでベーシックインカムが実現するチャンスがあった!:リトガー・ブレグマンの『隷属なき道』ー3 (2021/9/10)
スピーナムランド制度捏造報告書が、誤った社会保障制度の歴史を作ってきた:リトガー・ブレグマンの『隷属なき道』ー4 (2021/9/12)
GDPや経済学者を信じるな!?:リトガー・ブレグマンの『隷属なき道』ー5(2021/9/14)
AIに人類愛はありませんか?:リトガー・ブレグマンの『隷属なき道』ー6(2021/9/16)
ベーシックインカムは、ユートピア・アイディア?:リトガー・ブレグマンの『隷属なき道』ー7(2021/9/17)
ベーシックインカムの夢物語を現実のものとするための道を、自ら探し、新たに創る:リトガー・ブレグマンの『隷属なき道』ー8 (2021/9/18)

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