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2020・21年考察

ベーシックインカムでなくベーシックサービスで人を救えるか:金子勝氏著『人を救えない国』より-2

 昨日、安倍・菅内閣批判をベースにしつつ、コロナ後の日本の社会経済のあり方を論じた金子勝氏の著『人を救えない国 安倍・菅政権で失われた経済を取り戻す』(2021/2/28刊)』を取り上げて
見えない分散革命ニューディール実現の政治的シナリオ:金子勝氏著『人を救えない国』より-1(2021/6/26)
をhttps://2050society.com に投稿しました。
 自公政権による政治と経済に対する批判に多くのページを費やす中、<第5章 ポピュリストの政策的退廃>において、「ベーシックインカム論の陥穽」という節を置き、ベーシックインカムをポピュリストの政策と批判しています。
 そこで、それを当サイトで引き継ぐ形で金子氏の考え方を紹介し、反論することにしました。

突然の、狭義のベーシックサービスの主張

 まず初めに、本書<第4章 アベノミクスを総括する>のなかで、日本で賃金が上がらなかった原因を、以下の3つの構造的要因としています。
1)無責任体制がもたらした産業衰退
2)円安と賃金引き下げによる内需不足
3)財政金融政策拡大による出口のないねずみ講


 無責任体制については、遡って1990年代の不良債権問題や金融危機問題、2008年のリーマンショック、2011年の福島第一原発事故問題など複数の要因が挙げられており、すべてが安倍内閣の責任というわけでもない。
 出口のないねずみ講という表現も、ネズミ講自体どういうものか意外に理解しづらいことを考えると、かえって分かりにくくしている面がある。

 まあそれはそれとして、この3つの悪循環を断ち切り、包括的な生活水準を引き上げるには、ベーシックサービスを供給する。
 すなわち、最低賃金の引き上げだけではなく、同時に住宅と教育の現物給付の充実を図ることが有効としています。
 それらの費用の軽減は格差の是正効果をもち、加えて、住宅に関しては家賃手当を設けて拡充、知識集約型産業に適合する教育の充実により、GDPの約6割を占める家計消費にプラス効果をもたらす、というのです。

 いきなりの跳躍、という感じですが、まず、一般的なベーシックサービス論の領域の代表は、医療と介護、ついで保育・教育、そして住居という順序でしょうか。
 それが金子氏によると、医療・介護が後順位なのか、そもそもベーシックサービス対象給付には入らないのでしょうか、住宅と教育が喫緊の課題ということでしょうね。
 その教育も知識集約型産業に適合する教育という条件づきでは、ベーシックサービスの領域に含めて良いものかどうか疑問が残ります。


 

ベーシックインカム論の陥穽とその問題点

では、本稿が対象としている<ベーシックインカム論の陥穽>と題した節にある金子氏の考えを受けて、当サイトが提案しているベーシック・ペンション論での考え方、提案などを示してみることにします。

 わかりやすいバラマキ政策である一方、具体的に産業や経済を立て直しつつ、生活水準をどのように引き上げていくかという視点が極めて弱い。
 相変わらず賃下げを続けているならば、一律「所得給付」をばらまくことで、政府は貧困問題を解決する責任を放棄することになりかねない。

⇒ ベーシック・ペンション提案においては、
・非正規雇用の規制 ・派遣労働の職種の制限 ・解雇規制の強化 ・最低賃金の引き上げ 等
労働政策の転換・改正も並行して(統合して)行うことを提案しています。

 産業が衰退している状況で現金給付しているだけでは、貧困問題の根本的解決にはつながらない。
 知識集約型産業が雇用を拡大していくには教育「投資」が不可欠になっていくが、お金をばらまくだけではできない。

⇒ ベーシク・ペンション提案においては
・4歳児5歳児保育の義務化による社会資本としての教育の拡充 
・児童基礎年金、学生等基礎年金というベーシック・ペンションの無条件給付で、経済的教育格差を抑制
などを実行し、高等教育の改正なども一般財源や一般的な所得再分配財政政策で進めることを想定しています。

 貧困の原因は多様であり、現金給付だけでは貧困問題を解決できない。
 認知症のお年寄り、医療・介護を必要とするもの、精神的・身体的な障がい者、移民と差別問題、低学歴者などの支援も欠かせない

⇒ それらのすべての人々にベーシック・ペンションが支給されることで、貧困問題の相当部分は改善されます。
 また医療・介護の自己負担部分は、ベーシック・ペンションで支払うことができ、保険料負担以外は実質無償になります。
 移民や日本国籍がない外国人労働者などへのベーシック・ペンションの支給については、一定条件をクリアすれば支給されるように法を整備していくことになります。

 すなわち、金子氏が懸念する種々の問題の多くについて、既に行なわれているベーシック・ペンション法案で検討・考察し、提案されています。
 一般的に行われている狭い視野、経済的視点のみに終始するベーシックインカム提案とは、関連する種々の制度との関連性への認識とそれらへの責任の自覚度が全く異なることを強調したいと思います。

(参考)
生活基礎年金法(ベーシック・ペンション法)前文(案)(2021/5/20)
生活基礎年金法(ベーシック・ペンション法)2021年第一次法案・試案(2021/3/2)

財源問題への認識

一人当たり月7万円、年間84万円を1億2千万人に支給すると年間約100兆円必要。
年金の所得比例部分(2階建て)含め保険料収入(38兆円)と一般会計(10兆円)で約48兆円。
生活保護費約2.8兆円で、合計50兆円超で半分充足程度。
他に消費増税か他の社会保障費から充当するか。
ということで、財政的に実現不可能と断定しています。

この次元では評価するに値しない内容です。
右も左もいつの間にか、月額7万円がベーシックインカムの適正相場のようになってしまっている。
そして財源は、現状の国の歳入歳出システムに則っての財政規律主義、税と社会保障の一体化主義に基づくもの。
これでは、実質的に貧困や格差問題の抑制・解消には結びつきません。

ゆえに、賃金を引き上げうる産業戦略が必要というのは一見合理的に見えます。
それはそれで、私のベーシック・ペンション提案においても労働政策の改正を並行して進めるべきことをうたっています。
また、ベーシックサービスによる現物給付で、日々の最低限度の生活をすべての人々が送ることができるように果たしてなるか。
これも甚だ疑問です。
生活保護や障害者福祉以外では現金給付がまったくない社会保障制度が、ベーシックサービスでニーズを満たしきれるか。
もちろん、実はベーシックサービス自体の制度設計が、曖昧なままであることも認識しておく必要があります。

普遍主義給付の必要性への疑問への疑問

 前項のように、一応ベーシックインカムの実現のためにクリアすべき財源問題への対応方法を提示していることには好感を持ちます。
 しかし、一方で、一応、財源的に実現可能性に疑問が残る状態では、と但し書き付きですが、子ども手当を例として、すべての子どもへベーシックインカムを平等に、いわば普遍的に給付することに疑問を呈しているのは、その意味を理解している同氏であるにもかかわらず、不思議なことです。


MMT批判

 また、直接ベーシックインカムと結びつけての議論ではありませんが、ポピュリストの政策的退廃の例として、財政支出の増額の理論的妥当性を主張する上で用いられるMMTについて、金子氏が論じています。
 MMTは、ベーシックインカムの財源手段として用いられることがあるため、少しそこでの議論を紹介しておきます。

 MMTにおいては、JGP(ジョブ・ギャランティ・プログラム)、すなわち、移民や若年の低所得者層に対して最低賃金を保証した雇用保障プログラム、を財政支出でまかなうとし、その考え方には理解を示します。
 しかし、そこから話は、このMMTをれいわ新選組のブレーンとされる人たちが、アベノミクスのインフレターゲット論で失敗しその責任を免れるためにMMTを悪用して乗り換えたもの、と喝破・非難します。
 まあ、財政当局自体はMMTを用いて運用管理しているわけではないので、本書で敢えてMMTを持ち出す必要はなかったと思うのですが、果たして、ベーシックインカムをイメージして持ち出したのか、偶然なのか分かりません。

 しかし、一応、最近のベーシックインカム論者の中に、れいわのBI論の論拠として財政規律の範疇を超えての財政支出をMMTを根拠としているケースがあるため、一応ここで紹介した次第です。



 なお、この項の関係および後述するベーシックサービスなどに関連する過去記事を、以下にリスト化しました。
 関心をお持ち頂けそうな記事がありましたらチェックしてみてください。

対ベーシックサービス論、ジェンダー視点ベーシックインカム論を展開:第5ステップ2020年11月(2021/1/7)
MMT現代貨幣理論とは:ベーシックインカムの論拠としての経済学説を知る(2021/2/23)
井上智洋氏提案ベーシックインカムは、所得再分配による固定BIとMMTによる変動BIの2階建て(2021/2/24)
れいわ新選組のベーシックインカム方針:デフレ脱却給付金という部分的BI(2021/4/4)
立憲民主党のベーシックインカム方針:ベーシックサービス志向の本気度と曖昧性に疑問(2021/4/6)
ベーシックインカムでなく ベーシックサービスへ傾斜する公明党(2021/4/28)

ベーシックインカムを問いなおす: その現実と可能性』、『未来の再建』、『幸福の増税論――財政はだれのために』の3冊を参考にしてベーシックサービスについて論じたシリーズ
1.今野晴貴氏「労働の視点から見たベーシックインカム論」への対論(2020/11/3)
2.藤田孝典氏「貧困問題とベーシックインカム」への対論(2020/11/5)
3.竹信三恵子氏「ベーシックインカムはジェンダー平等の切り札か」への対論(2020/11/7)
4.井手英策氏「財政とベーシックインカム」への対論(2020/11/9)
5.森 周子氏「ベーシックインカムと制度・政策」への対論(2020/11/11)
6.志賀信夫氏「ベーシックインカムと自由」への対論(2020/11/13)
7.佐々木隆治氏「ベーシックインカムと資本主義システム」ヘの対論(2020/11/15)
8.井手英策氏「ベーシック・サービスの提唱」への対論:『未来の再建』から(2020/11/17)
9.井手英策氏「未来の再建のためのベーシック・サービス」とは:『未来の再建』より-2(2020/11/18)
10.ベーシックサービスは、ベーシックインカムの後で:『幸福の財政論』的BSへの決別と協働への道筋(2020/11/26)
(その他)
ベーシックサービス対ベーシックインカムの戦い?(2020/10/20)

金子氏によるベーシックサービスの原則と認識

 では、金子氏の考えるベーシックサービスとはどういうものか。
 具体的に述べている箇所は少なく、全体を理解できる形での記述もないのですが、一応、追いかけてみます。

 社会的排除の理由がさまざまなのに、所得だけに注目して一律に現金を給付しても貧困がなくならないことはいうまでもない。
 それゆえ、その人の「ニーズ(必要)」に合わせて問題を解決するためには、生活圏である地域において当事者に寄り添う対人社会サービスが重視される必要がある。
 貧困問題を解決するには、ベーシックインカムよりベーシックサービスを重視する。

 果たして対人社会サービスで貧困が解消できるのか。
 それはそれで疑問ではないでしょうか。

 高齢者福祉における地域包括ケアや地域主導の貧困救済において、ニーズを持つ人たちは単なる弱者救済の対象ではなく、当事者主権を持つ者となる。
 ダイバーシティを保障していこうとすると、地域で生活し社会参加していけるように、ノーマライゼーションという思想が基本の考え方になる。
 サービス供給者や負担者だけでなく、ニーズを持つ当事者自身が地域で発言し、地域の決定に参加していくことが必須になる。
 こうした地域において当事者主権の考え方の下に、高齢者福祉や障がい者福祉あるいは多様な貧困救済の仕組みを作っていくという考え方へ移行して行く必要がある。

 当事者であることは当然ですが、その利用・運用には地方自治体や給付サービス事業者、NPOなどの行政・公共的組織と制度が基盤としてあります。
 そのあり方をどうするか、どうなっているか、それを無視して、上記の考え方を実行・具現化することには無理があります。

 もちろん財源と権限がなければ、こうした地域レベルの現物給付はできない。
 日本の「三位一体改革」は、本来、税源譲渡と補助金削減、地方交付税の三者が、財政中立的な関係を保たれなければならなかった。
 にもかかわらず、税源移譲は2007年まで遅らされたうえに、新自由主義的な財政再建優先で国庫補助金と地方交付税が大幅に削減されてしまい、結果として地方衰退を加速させてしまった。
 日本における財源と権限の分権化は、未完の改革のままなのである。

 まさにそのとおり。
 先に取り上げた記事
見えない分散革命ニューディール実現の政治的シナリオ:金子勝氏著『人を救えない国』より-1
の中で、<未完の近代プロジェクト、5つの優先課題>として示した
1)抜本的新型コロナウイルス対策
2)経済政策の中軸に分散革命ニューディールを置き実行
3)コロナ禍のバブルが生み出す究極の格差社会の是正
4)仲間内資本主義によって壊れた公正なルールの再建
5)差別のない多様性を尊重する社会の実現
の5つの課題の中に、この<財源と権限の分権化>が含まれていないのです。

 何を行うにしても、それなしでは、ただの画餅に過ぎないことは、だれでも分かること。
 不思議なことです。


金子氏のベーシックインカム実現法と残る継続課題

コロナ禍の経済対策を想定しつつ、財源と給付のあり方を考慮して、BI実現方法について以下提案しています。

景気回復過程では、未来の制度構築に繋げる現金給付が望ましいことは言うまでもない。
そこで、子ども手当や基礎年金一時給付金や中小企業雇用助成金の大幅増額などの政策対象をターゲットにした現金給付がよい。
2.3年後の経済回復後に、大企業や高所得者への増税を図り、現金給付の持続可能な制度化を実現する。
社会保険料の高所得者の上限引き上げ、金融所得の累進化、所得税の最高税率の付加税などで高所得者課税。
環境税の増徴、法人税の租税特別措置の削減、フローでの内部留保課税の強化などが企業向け措置となる。

この内容は、いわば一般常識的な対策、常套手段。
ただ、月額7万円を想定してのことであり、それでは他の社会保障制度の改正・改革には至らないレベルでのことになります。
また、金子論でいうと、これとは別にベーシックサービスの拡充も継続して検討・整備すべき課題であり、それも含めての財政・財源対策を考える必要が生じます。


金子ベーシックサービス論の不足点と課題

 これまで当サイトと当サイト誕生までに用いていたサイトでのベーシックサービスに関する記事リストを以下に挙げました。
 ここまででご理解頂けると思いますが、金子氏によるベーシックインカム批判は、基本的には財政的に実現可能性がない、と断じていることで、詳細について議論する余地がなくなってしまいます。
 かと言って、ベーシックサービスの優位性を示す根拠が示されているわけでもありません。
 また、地域分散革命ネットワークの課題に掲げている<社会保障システム>の具体的な内容、地域で取り組むサービス業務以外の、肝心の社会保障諸制度の改正・改革、特に医療・介護制度、教育制度、そして生活保護制度などについてほとんど触れられていないことが根本的な問題です。
 
 私がベーシックサービスに反対する大きな理由は、2つ。
 一つは、現金給付がないベーシックサービスでは、生活の困窮・貧困対策はカバーしきれないということ。
 もう一つは、医療・介護・教育・住宅などの現物給付サービスでは、必要な人に必要なだけ、という基準では、規律性が欠落し、必要なコストと資源が無制限に利用される可能性が高いということ。
 
 従い、その無制限に必要とされる現物給付サービスを維持するための財源問題は、簡単に解決も対策を打つことも可能ではないわけです。
 そこで所得の再分配をいかに変更しても、それらの財源となるべき所得が未来永劫絶対に、必要な金額を安定的に確保できるとは断定できません。
 また、その利用の頻度・多寡には、自ずと個人差が大きくあり、平等性を欠く可能性が高いことも問題となるかもしれません。
 そういう意味からも、金子氏が懸念した普遍主義的給付の基本が、ベーシックサービスには欠けていると指摘もできるのです。

 以上から、分散革命ニューディールと呼び「革命」を叫ぶ割には、ベーシックインカムに関する発想は貧困で、旧来型の発想しか持ち得ていないのが不思議というか、金子論及び同氏の限界を示していると考えるのです。


(参考):ベーシック・ペンションについて知っておきたい基礎知識と5つの記事

日本独自のベーシック・インカム、ベーシック・ペンションとは(2021/1/17)
諸説入り乱れるBI論の「財源の罠」から解き放つベーシック・ペンション:ベーシック・ペンション10のなぜ?-4、5(2021/1/23)
生活基礎年金法(ベーシック・ペンション法)前文(案)(2021/5/20)
生活基礎年金法(ベーシック・ペンション法)2021年第一次法案・試案(2021/3/2)
ベーシック・ペンションの年間給付額203兆1200億円:インフレリスク対策検討へ(2021/4/11)

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