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2020・21年考察

井上智洋氏提案ベーシックインカムは、所得再分配による固定BIとMMTによる変動BIの2階建て

MMTに基づくBI推進論者というわけでもない

MMTに基づきベーシックインカムの導入を主張するグループの考え方を理解するために、経済学説としてのMMTを、不完全ながらも理解すべきと考えて
MMT現代貨幣理論とは:ベーシックインカムの論拠としての経済学説を知る(2021/2/23)
を投稿しました。
今回は、そのグループを代表する一人と目される井上智洋駒沢大学准教授の著『AI時代の新・ベーシックインカム論』(2018/4/30刊)を主に参考にして、同氏の提案・主張を理解することを試みたいと思います。
同氏の他著『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊』(2016/7/20刊)『毎年120万円を配れば日本が幸せになる』(2021/1/21刊)も手元にありますが、今回は、先述書に絞って整理していきます。


まず、一つの結論から申し上げると、現状の井上氏の提案は、純粋にというか完全にMMTに基づくBI導入論ではない、と言えます。
では、同書における展開とは少し順序が異なりますが、その基本的な考え方と実際のBI導入方法の提案を確認し、少し私が考えることを書き加えていくことにします。

まず、一応MMTを論拠の一つとしていることを、<第2章 財源論と制度設計>第4項<日本の財政危機は本当か?>にある3つの小見出しを続けることで示します。
それは、

財政再建は必要ない、財政再建を放棄せよ、国の借金はいずれ消滅する

というものです。
この連続スローガンを読めば、
MMT現代貨幣理論とは:ベーシックインカムの論拠としての経済学説を知る
で紹介したMMTそのものだな、と理解できるでしょう。
そして、デフレ脱却の極め技、政府や中央銀行が発行したカネをばらまく「ヘリコプター・マネー」が登場します。

貨幣発行益を財源とした変動ベーシックインカム


しかし、ただ単にお金を刷る、発行するというわけではなく、それは、「貨幣発行益」を財源とする、と一応の規律性らしきものをもたせているのが特徴です。
では、果たして一体「貨幣発行益」とは何なのか?

紙幣を発行するには紙代・印刷代・印刷用機器費用・人件費など、
硬貨を作るには、ニッケル黄銅・白銅などの材料費、製造費用・人件費など、
がかかります。
そのコストを券面・硬貨面の金額から差し引いたものが貨幣発行益です。
日銀がお金を発行すると、そこに「貨幣発行益」が発生。
これを原資にして、国民に配分する方式です。
そんなことができるのか?
その説明には、貨幣制度について理解する必要があります。

では、その変動部分がどの程度の金額になるのか。
同書の中では見えません。

貨幣発行益の国民への配当の根拠


現状の日本の貨幣制度は、「信用創造」による銀行中心の貨幣制度となっており
、これを「政府中心の貨幣制度」に切り替える、というか、戻すべきというのが井上氏の主張です。
初めは私もこのことがピンとこなかったのですが、こんな理屈です。

 民間銀行は企業や個人への貸し出しの際に預金という貨幣を創造する。
 すなわち、銀行は信用創造によって預金貨幣を無から作り出し、そこから
 えられる貨幣発行益を基礎にして、営業利益を獲得する。

 そして、今政府は1100兆円の借金があるといわれるが、その60%程度が、
 自ら信用創造した銀行から借りたお金であり、利息を払っている。
 もし政府が自ら紙幣を発行して賄えば、その分の借金は生じなかったのだ。
 しかもその税金は、元を正せば国民の負担である。
 民間銀行だけが、この甘い汁を吸っているというわけだ。

なるほどそういうことか。
これで、本来国が得るべき貨幣発行益のすべてを、直接国民に分配、還元、そして配当する、という論理が理解できます。
本当にそんなことができるのか、という一抹の不安も感じながら。

税金を財源とした7万円の固定ベーシックインカム


しかし井上氏は、BIの全額をこの貨幣発行益で賄えとは言っていません。
それとは別の財源も用いることを提案しています。
それが、例の<税と社会保障との一体化>、<財政規律>を目的として運営、議論されている、税収の再分配、すなわち「所得の再分配」に拠る方式です。

最低限の生活を保障するためのBIとして、所得税など安定した財源で充当することを提案しています。
これは、現在の日本における大半のBI論における提案をそのまま受け継いでいると言えるでしょう。
但し、このBIの額は短期的には変更せず、長期的な経済の変動・動向に応じて、国会の議決を経て変更するとしています。

この固定BIの額を、毎月7万円と設定すると、必要財源は、年間約100兆円。
従来の所得税の累進性を変更して富裕層の負担額を増やすとともに、相続税率を引き上げて相続税収を増やし、その財源に充てることを提案します。

なぜ固定部分を7万円と設定したか。
恐らく、以下の原田氏設定の7万円の根拠を含め、他においても、老齢基礎年金額や生活保護の生活扶助部分の金額などから7万円を設定・想定することが多いことから、賛同・共感を得やすい額としたものと推察します。
(参考)
リフレ派原田泰氏2015年提案ベーシックインカム給付額と財源試算:月額7万円、年間総額96兆3千億円(2021/2/3)

固定BIと変動BIによる2階建て方式BI

ということで、井上氏のBIは、主に税を財源とした所得再分配方式による固定BIに、貨幣発行益を財源としたMMTを反映させた変動BIとを加えた2階建て方式のBIというわけです。
見方によれば折衷案です。 
また、BIの性質を捉えて、共感できる表現で、こうも言っています。

子供手当+大人手当、つまり、みんな手当

BI実現への方策・手順

そこで、井上氏によるBI実現の方策と手順を整理すると以下になります。

 1.日銀による国債買い取りを財源にした給付
 2.既存制度をそのまま維持
 3.1年目には国民全員に毎月1万円、2年目には毎月2万円と、給付額を年々増額。
 4.目標額7万円とすると、2021年開始で2027年7万円到達
 5.この過程でインフレ率が2%を大きく上回り続けた場合、財源を国債から税金に切り替え
 6.これらの過程と並行して、児童手当や雇用保険などを廃止
 7.これにより固定BI制が確立され、その後、日銀の国債直接引き受けを財源にした変動BIの導入へ

5.に至ってようやく、真の意味での固定BIへ移行するとしています。
しかしそこには、「インフレ率が2%を大きく上回り続けた場合」という条件を付けています。
どうもその理由・根拠が怪しい。
もしインフレ条件に達しない場合は、国債で調達した資金をずーっと投入し続けるのか。
どうも、なし崩し的に、この固定部分もMMTベースにしてしまうのではないか、というか、端からMMT、ヘリコプター・マネーをばらまき続ける算段ではないのか。
あらぬ疑いかもしれませんが、どうもその伏線をはっているのではと感じています。



生活保護制度を最終的にどうするか述べていない

また、児童手当や雇用保険などを廃止と表現していますが、他の制度、とりわけ生活保護制度をどうするのかは不明です。
但し、こうも言っています。

 今の生活保護を惰性で採用し続けるのではなく、どの制度が最も優れてい
 るかを検討し、その制度を導入するための歩みを進めるべき。
 少なくとも「インセンティブありの生活保護制度」は、今の生活保護より
 も優れた制度と思われる。

で、7万円固定BIが実現した暁には、生活保護制度はどうなるのか。
非常に大きな問題です。
仮に現状の生活保護にこの固定BIを上乗せすれば、捕捉率2割の人は貰い得で、従来条件があっていても支給を受けていなかった人は、そのまま。
当初から受給していた人は、貰い得のまま、になるのですが。
制度が存続すれば、その行政組織や業務プロセスもそのまま残ります。
果たしてそれで良いものか。
それは、同書の初めの方で井上氏が言っていることと矛盾する。
所得保障制度についての解説や、生活保護制度に対するBIの優位性などについても、比較的ページを割いているのですが、踏み込みは浅く狭いですね。
生活保護を廃止すると、従来よりも生活困難者が増えることが予想されます。
他の社会保障制度、社会保険制度なども含めて再検討・再構築すべきと思うのですが。

AI社会におけるBIの必要性

その他、同書では、AI時代を想定してのBIの必要性を強調しています。
冒頭挙げた『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊』に見るように、同氏はAI時代・AI社会における雇用の喪失にかねてから警鐘を鳴らしています。

しかし、私は、まだ目の前にはない状況を想定してBIの必要性を説くことを素直に受け止めることはできません。
BI実現には法制化が必須で、予想する事態を根拠にすることには違和感を持ちます。
それよりも現実に目にある問題、過去から継続し問題が解消・解決されない状態、そしてその対策が打たれない限り、一層問題が深刻化・社会問題化することが予想されることなどが、十分にBIの必要性を示していると考えます。

現実的に導入をイメージできる井上案だが


私のベーシック・ペンション(BP)案については、提案内容自体とその実現に必要なプロセス、方法の困難さから、10年がかりの課題、としています。
ただそれでは、BPが少子化対策において最も有効な手段と考えることもあり、できるだけ速く導入すべきという強い思いもあります。
故に、井上氏の、段階的な貨幣発行益の配当には、賛同したい気持ち十分です。
しかし、そうするにしても、社会保障制度等関連する制度・法律をどうするかの議論と方針の合意は不可欠です。

井上氏は、デジタル通貨方式をどう見るか

また、いずれ法定通貨もデジタル通貨になると想定すべき状況があります。
とすると、私がBPで提案している専用デジタル通貨化を、井上氏がどう考えるか。
急ぎ、段階的に導入する場合、当初現金給付がやむを得ないが、途中からデジタル通貨に切り替えることも想定すると、井上案は、どうなるか、どうするか。

井上氏は、長引くコロナ下、再度の特別低額給付金の給付を要請する活動を現在も継続している人物。
ただその給付金をBIに切り替えていくことは、また別の取り組みが必要なことはいうまでもありません。
結局、政治を変えるしかない。
同氏の案を受け止め、政治イシューとして国会の場に持ち込む政党・会派が絶対的に必要です。
その課題にどう取り組むか。
同氏に限らず、だれもその道筋を付けることができない状況からの脱却が、第一の課題であることを確認しておきたいと思います。

ただ、同氏の提案との接点を探りたいという思いが、今回の取り組みで、以前よりも大きくなったことを付け加えておきたいとも思います。

少しずつ、よくなる社会に・・・

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