1. HOME
  2. 2020・21年考察
  3. 岩田規久男氏による財政破綻不安不要論:『「日本型格差社会」からの脱却』からー4
2020・21年考察

岩田規久男氏による財政破綻不安不要論:『「日本型格差社会」からの脱却』からー4


 

 先月末発刊された、前日銀副総裁・岩田規久男氏による新刊『「日本型格差社会」からの脱却』 (2021/7/30刊)を参考にして、親サイト https://2050society.com で以下の記事を投稿しました。

岩田規久男氏による「21世紀の日本経済の課題」:当サイト2050年長期社会経済政策比較(2021/8/26)
岩田規久男氏提案「21世紀の日本経済の課題」評価:『「日本型格差社会」からの脱却』からー2(2021/8/27)

 その後、ベーシックインカム(以下BIとすることがあります)と比較されることが多い、同書の中で提案の「給付付き税額控除方式」の概要と、BIを反対する理由についての記事を、当サイトに昨日投稿しました。
岩田規久男氏による「給付付き税額控除制度」提案とベーシックインカム批判(2021/8/28)


 同書関連ではそこまでと考えていましたが、BI論で必ず課題の一つとなる財源問題、財政赤字についての岩田氏の論述があったので、今回、ここで参考までに紹介しておくことにしました。

岩田氏に拠るデフレ脱却のための財政金融政策

 本稿の前提となる、岩田氏の主張の軸であるデフレ脱却のための財政金融政策は、次の通りです。

1)金融政策
 従来どおり、2%の物価安定目標達成のための「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」政策を継続

2)財政政策
 基礎的財政収支の黒字化を急がず、その赤字を現状程度で維持しつつ、財政を緊縮的にならないように運営。

 すなわち、財政赤字の縮小を急がない。


 しかし、この2つの政策は、消費増税政策を除けば、実質的にこれまでも継続して取られてきた政策と思うのですが、岩田氏はこう書き添えています。

 アベノミクスでは、毎年度、財政赤字のGDP比の縮小が続いたため、金融緩和政策の需要刺激効果を相殺してしまった。そのため、(生鮮食品とエネルギーを除く)インフレ率はプラスに転換したが、2%には届かず、デフレから完全に脱却できなかった。

 と。
 問題は、<財政赤字のGDP比>の縮小にあったこと、すなわち、GDPの伸びが不足したこと。
 言い換えると、この間の財政赤字をもっと増やすべき、すなわち、より財政出動し、赤字国債を増発すべきであったということにもなります。
 財政赤字額を増やさず、減らさず、以下のように岩田氏が主張・提案する、雇用政策・労働政策、税制改革、女性労働力の活用、所得再分配政策、年金制度改革などを進めれば、目標は達成されるというわけです。

参考:『「日本型格差社会」からの脱却』 提案の社会経済政策の要点

1.デフレ経済からの脱却と2%インフレ経済の実現
1-1 将来の医療や年金制度などの「国民が安心できる」生活水準維持のための1人当たりの生産性・1人当たりGDP引き上げ政策としての公正な競争政策及び女性の労働参加率引き上げ
1-2 実質成長率2%~3%程度の維持

2.女性労働力の最大限の活用のための働きやすい環境及び条件整備
2-1 配偶者の就業時間を調整させる誘因をもつ税及び健康保険・年金保険制度の撤廃
2-2 認可保育所・認可外保育所の競争条件の同等化と保育サービス産業への参入の自由化、保育サービス料金の自由化(保育士賃金の上昇へ)
2-3 供給者への公的補助制から消費者対象制への転換
1)所得に応じた教育・保育分野における利用券(バウチャー)の配布
2)保育サービス供給者への補助金の一切の廃止

3.格差縮小のための雇用政策と税制改革
3-1 雇用契約の自由化による労働市場の流動化促進
1)すべての雇用の定期化による正規社員・非正規社員の区別・待遇差の解消
2)同一労働同一賃金の実現
3)雇用契約自由化に伴う労働契約等に対する労働基準監督署による監視体制の強化
4)解雇の金銭的解決増加対策としての会社都合退職時のデフォルト解雇手当基準の国による設定
3-2 雇用保険制度拡充
1)失業・転職が不利にならないように、職業訓練制度・就業支援制度等採用強化による積極的労働市場政策への転換
2)就職氷河期世代の公的補助による手厚い就業支援

4.格差縮小のための所得再分配政策と税制改革
4-1 資本所得への「段階的分離課税」、資本所得累進課税化
4-2 集団的所得再分配(中小企業や農業など特定集団保護策)から個人単位所得再分配への転換
4-3 負の所得税方式の「給付付き税額控除制度」の導入( 切れ目のないセーフティネット整備目的。これにより生活保護対象者は不稼働者だけに)
4-4 新型相続税導入(次項、年金制度改革の一環として)
4-5 マイナンバーカードによる税逃れ防止

5.年金の世代間格差解消のための抜本的政策としての年金制度改革
5-1 「年金清算事業団」創設と年金債務の移行
5-2 時限的新型相続税を財源とする長期返済
5-3 今後の年金受給世代の年金制度の「修正賦課方式」から「積立方式」への転換   

財政破綻の心配はない日本の財政赤字、その理由

 同書における岩田氏の主張を、少し続けます。

 財務省自身がホームページで述べているように、自国通貨、円建てで国債を発行している場合は、国債債務不履行は起こり得ない。
 但し、長期的には、財政の持続可能性に配慮する必要はあり、それが維持できなくなるのは、長期的に見て国債残高のGDP比が発散経路に入り、際限なく上昇する場合である。
 もっとも、こうした長期的発散経路に入ることは、(詳細は省きますが)以下の理由で回避できる。

 仮に、基礎的財政収支がゼロで、名目成長率が国債の名目金利よりも大きければ、国債のGDP比は次第に低下し、発散しない。
 一方、 基礎的財政収支が赤字でも、その赤字を一定に維持すれば、名目成長率が国債の名目金利よりも大きければ、国債残高のGDP比は年々低下し、発散しない。


 なんとも単純に条件設定しています。
 しかし、名目金利が安定していても「名目成長率」が高まることが簡単にいくかどうか、この条件をクリアする必要があります。
 金融理論・財政理論的にはそうなのでしょうが、果たして実際の経済が、望む成長を実現できるかどうか。
 岩田氏によれば、これと同義の上記の1の運営に、2.3.4.5の経済政策が加えられ、実現することでめでたくデフレ脱却となるのですから、そのハードルは極めて高いことが想像できます。

 すなわち、赤字国債の積み上げが理論上可能であっても、現実には、同氏が言っているほど、デフレ脱却は簡単ではないのではないか。
 そう結論づけてもあながち誤りではない・・・。

ベーシックインカムの赤字国債財源化可能論に通じる岩田氏論


 話を、ベーシックインカムの財源問題に向けましょう。
 その財源を、赤字国債を発行して日銀が買い取る方法を重ねても、国債の債務不履行のリスクはないのだから、ベーシックインカムは実現可能。
 但し、岩田氏によると「長期的に見て国債残高のGDP比が発散経路に入り、際限なく上昇する場合、財政の持続可能性に配慮する必要がある」 と条件が付されます。
 しかし、この「際限ない」とは、どういう状況・基準をいうのか示されていません。
 また、ベーシックインカムの給付で(それが目的の一つでもあるので)GDPは増加するでしょうから、その成長率の増加に適応させて金利も調整していけば、 国債残高のGDP比は適切に調整も可能になるはずです。
 すなわち、ベーシックインカム支給の財源面での保証が、岩田氏の考えでなされることになるわけです。

 当然これは、「給付付き税額控除方式」の実現による国民所得の増加により起きるGDP成長率の上昇の期待と同義です。
 但し、これ自体、赤字国債の発行の必要性に繋がることではありませんが。
 なお岩田氏の主張においてMMTを引き合いに出していませんでしたので、本稿でも敢えてMMTを持ち出す必要はないと考え、触れていません。

 もう一つ付け加えておくべき重要な点があります。
 それは、この赤字国債残高の増加が国の財政破綻に結びつくことがないという理論(?)は、ベーシックインカムへの財政・財源組み入れが可能ということにとどまらず、他の社会政策・経済政策上の支出においても適用できるということです。
 この考え方を、自称リベラル政党はどう捉え、どう理解し、どう今後の提案に関係付けるでしょうか。
 

財政規律、財源問題とは無縁のベーシック・ペンション


 一般論としてのベーシックインカムの財源問題と重ね合わせて岩田氏の考え方をなぞってみました。
 しかし、当サイトが提案する日本独自のベーシックインカム、ベーシック・ペンション生活基礎年金は、日本銀行が発行し、国民に無条件で支給する、専用デジタル通貨(JBPC)です。
 加えて、4年間という利用・流通期限があり、その後は消却する特殊な通貨です。
 そこで国債発行の可能性があるのは、最終的に日本銀行に還流・回収されるJBPCの一部を、政府もしくは日銀自体が現金化する場合においてだけです。
 運用上は、この現金化は、利用された事業所からの請求か、政府が受け取ったJBPCを政府支出のために現金化が必要になり、請求する場合に限定されます。
 従い、財政問題とは全く無縁とは言えないのですが、一般会計の財源とは切り離して取り扱うことができる専用デジタル通貨方式であることに特徴があります。

 一応今回は、多くのBI論者が主張している国債発行によるベーシックインカム支給が、日本の財政破綻に結びつく心配はまったくない、という論拠を、元日銀副総裁の岩田規久男氏の論述をお借りして紹介した次第です。


  なお、前回述べましたが、来月の当サイトの課題の一つとして、『貧困・介護・育児の政治 ベーシックアセットの福祉国家へ (朝日選書)』(宮本太郎氏著:2021/4/25刊)における「ベーシックインカム論」及び「ベーシックアセット論」を取り上げる予定です。


  

 
 
 

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。