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2020年関連図書考察

井手英策氏「未来の再建のためのベーシック・サービス」とは:『未来の再建』から-2(2020/11/18)

 『ベーシックインカムを問いなおす その現実と可能性』(法律文化社・2019/10/20刊)を用い、同書で問い直すべきとしているベーシックインカムについての各章を対象として、以下の『ベーシックインカムを問いなおす: その現実と可能性』対論シリーズを以下のように進めてきました。

第1回:今野晴貴氏「労働の視点から見たベーシックインカム論」への対論(2020/11/3)
第2回:藤田孝典氏「貧困問題とベーシックインカム」への対論(2020/11/5)
第3回:竹信三恵子氏「ベーシックインカムはジェンダー平等の切り札か」への対論(2020/11/7)
第4回:井手英策氏「財政とベーシックインカム」への対論(2020/11/9)
第5回:森 周子氏「ベーシックインカムと制度・政策」への対論(2020/11/11)
第6回:志賀信夫氏「ベーシックインカムと自由」への対論(2020/11/13)
第7回:佐々木隆治氏「ベーシックインカムと資本主義システム」ヘの対論(2020/11/15)

 しかし、ベーシックインカムよりもベーシックサービスが優れるとする書にも拘らず、その内容の詳細についての記述が見られないため、同年に出版された、井手氏・藤田氏・今野氏共著である『未来の再建』(2018/12刊・ちくま新書)でその確認をすべく、同シリーズ続編として寄り道をすることにしました。
 井出氏の記述だけを対象として、2回に分けての対論。
 1回目は、前回、以下で。
井手英策氏「ベーシック・サービスの提唱」への対論:『未来の再建』から

 今回2回目は、同氏によるBSの肝が書かれていると期待する「第7章 未来を再建せよ すべてを失う前に」への対論です。

 井出氏がベーシックサービスの必要性を主張する現代社会の酷さにつていては、既に藤田氏や今野氏による問題提起で、確認できていますので、本稿では省ける部分は省きたいと思います。

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自己責任の社会か、連帯共助の社会か?そこにない公助

 情緒さえ失われた背景は、勤労国家という自己責任社会の破綻、とする井出氏。
 その克服方法は、
1.自助努力で生活設計ができるようにするため、経済成長のための政策を総動員する=自己責任モデルの再生
2.成長を前提とした社会モデルを組み立て直し、人びとの生活保障機能を強化する=連帯共助モデルへの社会モデルの鋳直し

そのいずれかと言います。
 しかし、ここ数年の前内閣による前者の政策は、目的を果たせず、次第に分配の軌道修正をせざるを得ない状況に来つつあると付け加えます。
 しかし、のしかし、です。
 内閣成立時に菅首相が優先順位を「自助、共助、公助」として述べた、この国の方針は、本質的には、前内閣時代と変わらぬものです。
 また、井出氏の議論には、公助は出てきません。
 恐らく、連帯共同モデルが意味するのが「共助」で、連帯する共同の組織形態が、国家や自治体なのか、地域社会を含めた、一般的抽象的概念としての社会なのかが曖昧なのです。
 同氏と仲間が主張するBS社会的サービスが、国家社会・自治体社会による共助によるものか、それ自体「公助」と呼び替えるべきものかを、今の時点で明確にしておく必要があるでしょう。

逸脱した保障原理と保障再建のためのベーシックサービスは有効か

 井手氏の主張を続けます。

 一部の人たち、だれかが得をすることがわかっていて、そうではない人たちが税の負担を受け入れるだろうか。
 僕たちの作った財政は、「みんなの必要をみんなで満たしあう」という財政の保障原理から大きく外れてしまっているのだ。
 そして、この逸脱にこそ、情緒なき社会の本質がある。

 所得が減り続け、将来不安におびえる人たちにとって、一部の人たちが「既得権」を手に入れる財政が公正なものに映るだろうか。
 むしろ、「既得権を持つ社会的弱者」が不正に受給していないか、ムダ使いをしていないか、疑心暗鬼になってしまうのではないか。

 どうも主体が一体だれなのか、分からなくなる議論です。
 「僕たちの作った財政」の保障原理がそういうものかどうか、どこの何に根拠があるのかも分かりません。
 保障すべき目的対象自体が、ここまで述べられてきた、医療・保育・教育・介護でとどまるのか、それらで十分なのか、現状の社会保障制度体系を考えると、不十分極まりないと思うのですが。
 まあ、年金や生活保護給付など現金給付は、BS外の社会保障・社会福祉領域のことなので関係ないということなのでしょうが。
 また、冒頭の表現は、所得の再分配自体を否定するニュアンスがあるのですが、真意は定かではありません。
 もちろん財政の目的や対象は、社会保障・社会福祉だけではありませんから、井手氏の議論は、極めて限定的な話です。

ベーシックサービスで、低所得者の既得権を解消する

 そして、ここに至って、一般的に批判の対象となる「既得権」に関して、社会的弱者のそれにまで触手を伸ばすのです。
 もちろん、何かしらの手立てがあってのこととは言え、すんなりと腑に落ちる発言ではないでしょう。
 その奥の手、魔法の手が、弱者の切り捨てとは異なる方法で「既得権」をなくす「ベーシック・サービス」というのです。

 こういうロジックです。

 子育て、教育、医療、介護などのBSについて、できる限り少ない自己負担、長期的に言えば無料でこれらのサービスを受給できるようにする。
 しかも、特定の人たちだけではなく、できるだけ多くの人たちを、「対人社会サービス」の受益者にする。
 つまり、所得制限を段階的に緩和し、最終的には撤廃することによって、低所得者の「既得権」を解消するのだ。

 逆転の発想、と呼べるものではなく、「まやかし」と言うべきものでしょう。
 富裕層におもねるかのような気配り、忖度です。

 このサービス給付の場合、自分の受益は可視化されない。
 また、必要な人しかサービスは利用しない。
 だから、すべての人びとに現金を配るBIよりもはるかに少ない財源ですむ。

 可視化されないのは、現金をもらっていないということだけで、受けているサービスは、子ども、要介護者など、暮らしている人びとの存在で想定可能です。
 BIは、自分も他人もすべての国民が受け取るのですから、可視化がどうこうというものではないでしょう。

 BIの最大の問題点は、受け取った現金を、たとえば飲酒やギャンブル、借金の返済で消費してしまった人びとの生存・生活は、完全な自己責任となることだ。
 もらったお金を使ってしまった人たちに対して、さらに現金を給付することはとてもではないが正当化し得ない。
 つまり、究極の自己責任社会が生み出されてしまうのだ。

 これも、極端な話です。
 アディクション対策は、BSだろうとBIだろうと、他の社会福祉があろうとなかろうと、別の社会問題として取るべきものです。
 また、私の提案する専用デジタル通貨でのJBI日本型ベーシックインカム生活基礎年金は、他者への譲渡は不可能で、ギャンブルに使うことはシステム的に禁止できます。
(参考)
◆ BIは、日本国内のみ利用可、使途・期間限定日銀発行デジタル通貨に(2020/10/6)

 いずれにしても、弱者の既得権がバッシングなどで脅かされることへの対策として、BS制により、富裕層も同様の無償サービスを受けることも可能にすることで低所得者の既得権をも含めて廃止してしまう。
 このロジックを、井出氏グループの「僕たち」以外の人びとはどう思うでしょうか。
 どうも、「それはいい考えだ!」と賛同してくれる人は、さほどいないような気がするのですが。
 むしろ、賛成するのは、富裕層、高額納税者ばかりかもしれません。

ベーシック・サービスにかかるコスト試算のいい加減さ

 いよいよ私が最も関心を持っている、肝心要のBSコストの話です。
 受益者は無償でも、どこかからそのためにかかるコストを調達しなければいけません。
 まず、現状の保育・教育・医療・介護・障害者福祉における自己負担額を計算すると以下のようになるとしています。

1.幼稚園・保育園  8,000億円
2.大学教育     3兆円
3.医療       4.8兆円
4.介護       8,000億円
5.障害者福祉    数百億円
  合 計      9.5兆円弱

 この自己負担額が解消されれば、人間が生きていくために必要となるベーシック・サービスが限りなく低い負担額で提供されることになる。
 但し、完全無償化をめざす場合、サービス利用者が増え、施設やサービス提供者の不足が予想され、より多くの財源が必要となる。
 無償化に近づけるのに必要な財源は予測が難しい

 自己負担額を準備するだけでは収まることはないとしつつ、必要財源の予測は困難と回避しているのです。
 消費税20%で賄えるという話ではなかったでしょうか?

 そして、こんな試算も。

・3~5歳児の教育無償化費用 8,000億円(現在の自己負担額とほぼ同じ)
・大学・専門学校の無償化費用 3.7兆円(高校は入っていない)
・0~2歳児の保育無償化費用  5,000億円
合計 5兆円
※保育・教育全無償化費用   約13兆円

 まず、医療ですが、無償化すると診察・診療・薬の処方を希望する人が相当数増えるでしょう。
 BS導入時に、健康保険はどのようにするのか、ここまでまったく触れられていません。
 保険制度を存続するならば、医療財政の膨張で、恐らく保険料の引き上げが行われることになります。
 特に現役世代と企業負担が相当のレベルになることが予想され、抵抗が厳しくなるに違いありません。
 これにどう対処するか。
 介護も、希望する介護サービスの質と量に歯止めをかけられないでしょう。
 ここでも介護財政、介護保険料の問題が大きくなります。
 教育の無償化も、社会人や高齢者が大学で学び直ししたいと希望した場合、どうするのか、まったく触れられていません。 
 このレベルでのBS提案です。
 曖昧さはほとんど拭うことができませんでした。

生活再建のためのBS、職業再建のためのBS

 もちろん、BSだけで生活・職業・保障の再建がかなうわけではありません。
 そこで井出氏は、このような提案も行っています。
 一つは、消費税の軽減税率制を廃止し、その増税収入分を生活保護の住宅扶助予算に加えて新たな住宅手当を創設すること。
 もう一つは、学校給食費や学用品費、修学旅行・遠足費等の無償化です。
 職業の再建では、介護士や保育士の処遇改善も提案しています。
 ただ、こうした支援策を実現するために、労働者や生活者自身が積極的に発言する必要があることも書き添えています。
 前々回、『ベーシックインカムを問いなおす』で、志賀氏が提起した、こうした活動を進めていく主体の問題を、少し書き添えた感じです。
 本来、この活動の取り組み方・進め方を加えて、議論提案すべきなのですが。
(参考)
志賀信夫氏「ベーシックインカムと自由」への対論(2020/11/13)

ベーシックサービス財源としての消費増税案

 本書の終わりに至って、

 さて、以上では、BSとそれに付随するいくつかの経費について検討してきた。
 問題は、以上のニーズを満たすための財源をどのように手当てするかだ。

 とし、BSでの自己負担解消分として4%強、BSの無償化、これまで見てきたその他の無償化や拡充、処遇改善などで7%強程度、合計で11%くらいの幅での消費税率引き上げにより、財源を捻出可能としています。
 その総額は、ほぼ 26.7兆円規模です。
 しかし、無償化のツケは、この程度の見積もりでは済まないでしょう。
 処遇改善も、不足する専門職の数を考慮すると、そう単純ではなさそうです。
 それを見越してか、消費税を軸としつつ、他の法人税率の引き上げ、金融資産課税、相続税増税、所得税増税などの組み合わせや、それによる消費増税抑制、新たな富裕者増税などの可能性にも一応は触れています。
 転ばぬ先の杖というわけですが、どう転ぶか分からないベーシックサービス策の提案と言えなくもないと感じます。

社会保障制度全体への改革提言を欠いたベーシックサービス提案

 これまでの各氏の小論ごとに申し上げてきましたが、BSの内容が不十分であること、関連する社会保障制度・社会福祉制度の在り方がどうなるのか、どうするのかについての論考・提案が不足しており、結局本論の主宰者である井出氏自身の主張において最後まで読み取ることができませんでした。
 もしかしたら、私の能力の至らなさかもしれませんが。
 しかし、社会保障全体の改善・改革の必要性と、それが一体となってのベーシックインカムの有効性を認識しているBS論グループならばこそ、自ら、まだ明確化していない事項について気付くべきでしょう。
 例えば、生活保護制度は、生活扶助部分など一部存続するでしょうから、低い捕捉率の改善策は示されていませんし、ミーンズテスト、スティグマ問題は解消されないまま、問題の先送りになります。
 また、年金制度についても触れていません。
 現状の老齢基礎年金額レベルでは、仮にBSが整備されたとしても、基礎的な生活コストを賄うに足りるかとなると問題は先送りされたことになります。
 それらのいくつかの改善・問題解決により、有効な行政改革によるコスト削減も生み出されることも想定・試算すべきでしょう。

ベーシック・サービスとベーシックインカムとの違い

 私が提案するJBIは、社会保障制度改革の軸として導入するものであり、それは、当然、生活再建、職業再建そして保障再建をも包摂するものです。
 その提案は、もともとコロナ禍を想定してはおらず、日常・非日常にないかしらの不安と直面し、直面するリスクを持つすべての国民を対象にするコトだからです。
 しかしコロナは、例外なく、すべての国民、生活者にそうしたリスクが、今ここにあることを知らしめました。
 この時、ベーシックサービスが及ぶ効果は極めて限定的です。
 膨大な費用がかかることを最大の導入反対理由とされたベーシックインカムですが、こうした場合、財政赤字云々は言ってはおれないこと、そうした財政赤字は、どの国においても容認されることもほぼ既定の事実となりつつあります。
 それゆえに、無規律に、無尽蔵にお金を自由に刷れば良い、配布すれば良い、というものではないと考える人、感じる人も存在します。
 すなわち、新自由主義者による暴論のBI論を除けば、それなりに提案の合理性や妥当性、納得性があるBI論が存在し、それらを議論検討し、協調・整合することが可能と思えるのです。
 もちろん、その中にBSの考え方が反映されることもあるでしょう。
 そのために一つのBI実現チームが、現実のものとなるよう、そうできるよう、まだまだ考察と検討を重ね、提案し、議論の機会を広げていければと改めて考えています。

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本稿は、WEBサイト https://2050society.com 2020年11月18日投稿記事 2050society.com/?p=3345 を転載したものです。
当ベーシックインカム、ベーシック・ペンション専用サイト http://basicpension.jp は2021年1月1日に開設しました。
しかし、2020年から上記WEBサイトで、ベーシックインカムに関する考察と記事投稿を行っていました。
そこで、同年中のベーシックインカム及び同年12月から用い始めたベーシック・ペンションに関するすべての記事を、当サイトに、実際の投稿日扱いで、2023年3月から転載作業を開始。
数日間かけて、不要部分の削除を含め一部修正を加えて、転載と公開を行うこととしました。
なお、現記事中には相当数の画像を挿入していますが、当転載記事では、必要な資料画像のみそのまま活用し、他は削除しています。
原記事は、上記リンクから確認頂けます。

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