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2020・21年考察

2002年アイルランド政府「ベーシック・インカム白書」によるBI定義・特徴

ベーシックインカム論(カテゴリー<BI THEORY>)の最初に、山森亮氏著『ベーシック・インカム入門』(2009/2/20刊・光文社新書)にある2002年にアイルランド政府が発行した『ベーシック・インカム白書』を、多少手を加えて引用・転載させて頂きます。
その理由は、よく用いられる一言で表現され、定義されたベーシックインカムでは、その内容や特徴を理解するためには十分ではないからです。

ベーシック・インカムの定義

まず同白書で定義するベーシック・インカムは、こうなっています。

1.個人に対して、どのような状況におかれているかに関わりなく無条件に給付される。
2.べーシック・インカム給付は課税されず、それ以外の所得は全て課税される。
3.給付水準は尊厳をもって生きること、生活上の真の選択を行使することを保障するものであることが望ましい
 その水準は貧困線と同じかそれ以上として表すことができるかもしれないし、「適切な」生活保護基準と同等、あるいは平均賃金の何割といった表現となるかもしれない。

2002年といえば、21世紀に入って間もない時のこと。
20年ほど前にこうした議論・検討がヨーロッパで行われていたことが分かります。
しかも一国の政府が検討して発表した公的文書の内容ですから、いきなりポッと出てきたものではありません。
これまでのBIの歴史や背景などを勘案して、まとめたられたものと思えます。

この1が、一般的に用いられる定義と言ってよいでしょう。
2は、いきなりこう表現されると、「?」と感じてしまうかもしれません。
BI非課税は分かりますが、他はすべて課税と言ってよいかどうか疑問が残ります。
特徴は、その給付水準についての3の定義です。
この項目が、現実にBIの実施・導入を検討するにあたって最も課題になるものだからです。
同白書では、一つに決めることが困難であることを認め、曖昧な、あるいは選択可能な表現を用いているのが特徴です。


ベーシック・インカムの特徴


上記の定義ではまだその内容を理解することは極めて部分的であり、もう少し踏み込んだ具体的な説明が必要です。
その助けになるのが、以下に示されているベーシック・インカムの特徴です。

1)現物(サービスやクーポン)ではなく金銭で給付される。それゆえ、いつどのように使うかに制約は無い
2)人生のある時点で一括で給付されるのではなく、毎月ないし毎週といった定期的な支払いの形をとる。
3)公的に管理される資源のなかから、国家または他の政治的共同体(地方自治体など)によって支払われる。
4)世帯や世帯主にではなく、個々人に支払われる。
5)資力調査なしに支払われる。それゆえ一連の行政管理やそれに掛かる費用、現存する労働へのインセンティブを阻害する要因がなくなる
6)稼働能力調査なしに支払われる。それゆえ雇用の柔軟性や個人の選択を最大化し、また社会的に有益でありながら低賃金の仕事に人々がつくインセンティブを高める


これで、かなりイメージが湧いてきました。
それまでベーシックインカムについて問題とされていた点などに対しての回答のように受け止めることができそうな内容が書かれており、何かしらの根拠があってのことなんだろうな、と感じさせられます。

ヨーロッパで行われてきたベーシック・インカムの実験的な取り組み結果などがそこに反映されているんだろうなとも推測できます。
ですが、アイルランドがベーシック・インカムを実際に導入しているわけではないことも知っておくべきでしょう。
ですが、もう少し見てみましょう。

ベーシック・インカムの魅力


上記の特徴を補完する意味で、ベーシック・インカムが持つ魅力について付け加えています。

① 現行制度ほど複雑ではなく単純性が高い。行政にとっても利用者にとても分かりやすい。資力調査や社会保険記録の管理といった、現存の行政手続きの多くは必要なくなる
現存の税制や社会保障システムから生じる「貧困の壁」や「失業の罠」が除去される。
③ 自動的に支払われるので、給付から漏れるという問題や受給にあたって恥辱感(スティグマ)を感じるという問題がなくなる
 ベーシック・インカム給付のために必要な増税は、ベーシック・インカムという形で市民に直接戻される
④ 家庭内で働いてはいるが個人としての所得がない人々のような、支払い労働に従事していない人を含む全ての人に、独立した所得を与える。
⑤ 選別主義的なアプローチは相対的貧困を除去するのに失敗してきた。
 児童手当やベーシック・インカムのような普遍主義的なアプローチの方が効果的かもしれない。
⑥ 以下の諸点でより公正で結束力のある社会を作り出すだろう。
 ・仕事や雇用と親和的である。
 ・衡平性を促進し、少なくとも貧困を避けるために必要な水準の所得を確保する。
 ・社会保障と税の体系を個人単位に変えるための一つの公正な方法を提供する。
 ・男女を平等に扱う。
 ・透明性がある。
 ・労働市場において効率的である。
 ・家事や子育てなどの、市場経済がしばしば無視する社会経済における仕事に報いる
 ・さらなる教育や職業訓練を促進する。
 ・技術発展や非典型的な働き方などを含む、グローバル経済における変化に対応する。
 ・ベーシック・インカム導入に付随する様々な経済的社会的改良から良い能動的効果が生まれる


「貧困の壁」や「失業の罠」という説明が必要な用語も出てきていますし、ここで一気に話が広がってきている感じがします。
要するに、ベーシック・インカムを考え、導入するには、大きなかつ多くの課題がありそうだ、という感じが膨らんできます。
ということは、簡単に、ベーシックインカムがあればいい、導入すべきだと断定したり、要求するのはどうか、と推測すべきと受け止めるべきなのかもしれません。


ベーシックインカムという呼び方が一般化したきっかけ

無条件でのベーシックインカム、という捉え方・言い方が一般化したのは、1984年にイギリスで発足した「ベーシックインカム研究グループ」(Basic Income Research Group)が用いるようになったことからとされています。
(現在は、市民ベーシックインカム財団Citizen Basic Income Trust)

これは、先述書と同じ山森亮氏共著による『お金のために働く必要がなくなったら、何をしますか?』(2018/11/20刊)の中で同氏が記述している内容です。
以下、同様同書を参考にして考えます。

BIENによるBIの定義


そのグループ発足の影響を受けて1986年に結成されたのが、ベーシックインカム欧州ネットワーク(Basic Income Europian Network:BIEN)で、その組織もBIが無条件でのものを意味するとしており、以後定着したとされています。
(現在は、ベーシックインカム世界ネットワーク Basic Income Earth Network)
そのBIEN によるBI定義を先述の白書と比較するために以下転載しましす。

 ベーシックインカムとは、すべての人に個人単位で、資力調査や労働条件を課さずに無条件で定期的に給付されるお金である。
 そして、以下の特徴がある。
1.定期的:1回限りで一括という形ではなく、規則的に支払われる。
2.現金給付:給付を受けた人がそれを何に使うかを決められるように、適切な交換手段で支払われる。     
  したがって食料やサービスなどの現物での給付ではないし、使用目的が定められたバウチャーでの給付でもない。
3.個人:個人単位で支払われる。したがって、たとえば世帯単位ではない。
4.普遍的:資力調査なしに、すべての人に支払われる。
5.無条件:働くことや、働く意思を表示することは要件とされず、支払われる。


こちらの方が、スッキリ!という感じで、分かりやすく、覚えやすい!

ここで、前述の白書と違うのは、給付水準について触れていないことです。
その理由は、一定の水準という表現そのものに曖昧さ、良く言えば選択の余地があるから、というのがその理由ではないかと想像しています。
BIENは、その水準について、踏み込んで明確にはしなかったんですね。


完全ベーシックインカムと部分的ベーシックインカム


一定の水準の選択の余地、意思決定の余地があることから、制度としてのベーシックインカムを考える時、「完全な」水準でのベーシックインカムと、「部分的」にその水準を満たすベーシックインカム、双方があり得ることになります。
この点で、今も現実的に異論が交わされ、ベーシックインカム論者間でまとまりにくい理由の一つになっていることが思い起こされます。

UBI ユニバーサルベーシックインカムとは


ベーシックインカムとは別の表現に「ユニバーサルベーシックインカム」という用語があります。
現在でも、この表現を用いている論者もありますが、ユニバーサルが付くのと付かないのとではどういう違いがあるのでしょうか。
ある意味では、前項で述べた「完全ベーシックインカム」のことを言っているようにも思えます。
Wikipedia では、こうありました。

BI(ベーシックインカム)は、基本的に従来の社会保障を廃し是正するための新しい「自己責任による最低限度の生活を保障する施策」である。
 広義においては、従来の社会保障の改善・補完のために「無条件で国民に一定の金額を定期的に給付する施策」である。
 後者は従来のベーシックインカムと区別するためUBI (Universal Basic Income) と表現されることがある。

Wikipedia は、必ずしも中立的、一般的な立場の人が書いているわけではないので、「自己責任による最低限度の生活を保障する」ベーシックインカムと、従来の社会保障の改善・補完のための無条件で給付する」ベーシックインカム、と区分されると、ちょっとびっくりしてしまいます。
が、要は、やはり「無条件で」という条件がつくのが「ユニバーサル」すなわち普遍的、一般的なベーシックインカム、と捉えて良いのではと思います。
やはり「完全ベーシックインカム」に近いですね。

ここまで、一般的なベーシック・インカムの定義、ベーシック・インカムとは何か、について見てきました。
当然、とても素晴らしい制度であることはそれなりに分かりますが、そう簡単に導入できそうもないことも感覚的に分かります。
実際に、社会的実験と称しての取り組みはありますが、どこも完全ベーシックインカム、ユニバーサル・ベーシック・インカムは導入実現していないことで、その困難さを示しています。

当サイトは、ここから長い道のりの歩みを始めるとも言えるでしょうか。
どこも実現していないベーシック・インカムを、さまざまな課題や困難を乗り越えて実現する。
やりがいがある課題であり、目標でもあります。
では、何をどうすればよいのか。
そのヒントになる様々なベーシックインカム論やベーシックインカムの歴史を考え、現在の動向もしっかり見据えつつ、取り組んでいきたいと思います。

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