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イギリス救貧法の歴史・背景、概要とベーシックインカム:貧困対策としてのベーシックインカムを考えるヒントとして

ベーシックインカムについて検討し、論じるとき、必ず引き合いに出されるのが「生活保護」「生活保護制度」です。
確かに、ベーシックインカムが、貧困対策のものと捉えられがちであることを考えれば当然かもしれません。

しかし、ベーシックインカムは、基本的にすべての人に対して無条件で支給するものですから、貧困対策だけのためのものではないことは明らかです。
当サイトが提案し、実現すべきと主張している「ベーシック・ペンション」も、憲法に規定する「基本的人権」及び健康で文化的な最低限度の生活を営む権利としての「生存権」に基づき、すべての国民に平等に、無条件で支給するものとしていますから、貧困対策だけの制度ではありません。

とは言っても、「最低限度の生活を営む」ための費用はいくらか、その金額を決める上での基準を考える必要があります。
ある意味では、その金額が、貧困ラインとなると考えられます。

そこで、今回は、「貧困」にどのように対応してきたか、現代の福祉国家のモデルとなったとされるイングランドにおける貧困を救済するための法律「救貧法」の導入と変遷を、Wikipedia を参考にたどってみます。

救貧法(Poor Laws)とは


イングランドの救貧法とは、近世から現代のイングランドにおいて、貧民増加及びそれに起因する社会不安の抑制を目的とし、1531年に初めて導入された貧困者救済を目的とした制度。
以降、数度の改定を経て、1948年に廃止されるまで、長きにわたりその使命を果たした伝統的な福祉法制で、各国において、近代及び現代に至る社会福祉制度の先駆的モデルとされたものです。

その歴史を以下に概略たどってみます。

救貧法以前の救貧:キリスト教の伝統的価値観に基づく救貧

救貧法が整備される前は、修道院やギルドなでで自発的に「貧しき人々」への救済が行われるなど、救貧は主に教会の役割。ローマ・カトリックのキリスト教の伝統として、「貧しいことは神の心にかなうことと」「貧しき人々に手を差し伸べることは善行」とされていたためです。
余裕がある者は、積極的に自発的救貧を行い、市民たちは貧民に文物を与え、貧しい農民には安い地代で農地を貸したといいます。


宗教改革による救貧思想の大転換


ところが、宗教改革の象徴的存在であるマルティン・ルターが1520年に発表した『ドイツ貴族に与える書』で「怠惰と貪欲は許されざる罪」であり、怠惰の原因として物乞いを排斥し、労働を「神聖な義務である」と断定。都市が責任を持って『真の貧民』と『無頼の徒』を峻別して救済にあたる監督官をおくことを提唱。
一方カルヴァンは『キリスト教綱要』で「働きたくない者は食べてはならない」(新約聖書3章10節)の句を用い、無原則な救貧活動を批判。
このローマ・カトリック教会批判から産まれたプロテスタンティズムは、貧しさへの視線を変容させ、「貧しいことは怠惰のゆえであり、神に見放されたことを表す」としました。
この活動により修道院の解散、地主の搾取、貧民の浮浪者化や暴動化が発生。
この状況から、救貧行政制度の必要性が意識されるようになったと言われています。

初期16世紀の救貧法


16世紀ヘンリー8世時代(1509年-1547年)、農地の囲い込みも要因として、浮浪者の増加やギルドの支配力が低下。浮浪貧民による窃盗などにより72,000人が死刑となり、増加する貧民は社会問題に。
そこで、1531年、王令によって、貧民を区分し、病気等のために働けない者には物乞いの許可をだし、怠惰ゆえに働かない者にには鞭打ちの刑に。
そして1536年にこの王令を成文法化。これが後の救貧法の端緒です。
それまでの物乞いを禁止し、救貧の単位を教区・都市ごとに設定。労働不能貧民には衣食の提供を行うが、健常者には強制労働を課すことにしました。
しかし、健常者貧民への苛烈な待遇が問題視されたことから、政府は救貧制度の充実を図り、1572年、健常者貧民への笞打ちなどを禁じ、各教区・都市に救貧監督官を設置。監督官は貧民数を把握し、所轄地域から救貧税を徴収。
この制度によって、自発的に寄付されていた救貧費用は強制徴発となり、都市・教区によっては救貧税を支払った者に選挙権が付与されました。
また、強制労働の場であるブライドウェル(矯正院)の設置、親のいない子どもの徒弟制度化も加えられました。

17世紀1601年エリザベス救貧法


救貧行政は各地方が個別に行っていたが、実行できない教区・都市も出始めたため、1597年に最初の総合的な救貧法(Act for the Relief of the Poor 1597)が制定され、1601年に初めての国家単位での「エリザベス救貧法」として救貧法改正が行われ、以降中央集権が進められました。
これが17世紀を通じて救貧行政の基本となり、近代社会福祉制度の出発点とされています

枢密院(Privy Council、中央行政機関)、治安判事(justice of the peace、地方行政統括。無給の名誉職)、救貧監督官(overseers of the poor、2-4名。無給名誉職で救貧実務官)で救貧行政国家体制を構成。
監督官は救貧税を徴収し、税は、1)労働不能貧民の救済費 2)強制労働させる懲治院の維持費 3)徒弟に出す子どもの養育費 に充当。

このことから、この救貧法は現代社会福祉制度の出発点と評価されるが、実態として法の目的は、救済ではなく治安維持にあったわけです。
貧民の待遇は抑圧的でありつづけ、懲治院は強制収容所・刑務所と変わらず、時として健常者・非健常者を分けずに収容したため、一定の社会的安定をもたらす効果はあったが、脱走や労働拒否などが多発し、根治には至りませんでした。
このような貧民行政への不満が、清教徒革命における過激なかたちに結びついたともされています。


18世紀改正救貧法としての「ギルバート法」と「スピーナムランド制度」


しかし、18世紀半ば頃から、イングランド中産階級に広がっていった世俗的博愛意識が、宗教的要素とは異なる性質を持つ救貧法改革に繋がっていきました。
その代表的なものが、「ギルバート法」および「スピーナムランド制度」です。

ギルバート法とは

ギルバート法により、懲治院の機能は縮小され、健常者には自宅で仕事を与えるという方針転換が。
その発端は、17世紀末ブリストルで実施した、複数の教区・都市連合の懲治院建設による救貧行政制度。これが成功し、治安の改善や貧民の独立がみられたため、イングランド各地にひろがり、中央でも懲治院実験法の制定を考えたが、懲治院の居住環境が悪化して伝染病の温床となるなどの弊害が発生。
そこで1782年、トマス・ギルバート下院議員が通称「ギルバート法」と呼ばれる改正救貧法を掲げ、議会が承認。
救貧連合を認めつつ、懲治院には老人・病人のみを収容し、健常者貧民には院外救済として自宅で仕事を与えるという内容でした。

スピーナムランド制度とは

1795年に始まったこの制度は、物価連動制の(懲治院)院外救貧制度
パンの価格に下限収入を連動させ、働いていても下限収入を下回る家庭には救貧手当が支給されるというものでした。
フランス革命の影響により物価が高騰する中、困窮する農民・市民が続出。バークシャー州スピーナムランド村の治安判事が対策を協議し、ギルバート法の院外救済の制度を拡大解釈。
パンの価格をもとに基本生活費を算出し、この額に収入が届かない家庭には、その差額分を補填するというものでした。

19世紀自由思想主義・古典派経済学主流化での1834年新救民法とイングランド激動の20世紀へ


19世紀に入って自由主義思想、古典派経済学が主流になり、その影響で救貧制度の改定を見ることになりました。
ギルバート法・スピーナムランド制度批判や『人口論』を表したトマス・ロバート・マルサスなどの思想的背景から、福祉費用は削減される方向へ。
そこで以下の方針・方向を示した、1834年新救貧法が成立しました。
1)議会から独立した救貧法委員会の設置により救貧行政を
2)1万5千ある教区単位の救貧から、600の教区連合単位の救貧へ
3)懲治院)院外救貧を全廃し、懲治院による救貧のみへ
4)救済は「最下級の労働者以下」の待遇に

これにより、救貧税は劇的に抑制することが可能になりました。
これを、フリードリヒ・エンゲルスは「最も明白な、プロレタリアートに対するブルジョワジーの宣戦布告」とこき下ろし。
しかし、当時は救貧法に甘える貧民たちに対する反感が大きく勝っていた背景がありました。

20世紀、救貧法廃止へ


しかし、予想されたとおり、懲治院は最悪の環境に。
当時広がっていたロバート・オーウェンなど社会主義思想の影響からチャーティズムが広がり、イギリス全土におよぶ貧民・労働者の暴動が発生し、資本家と労働者の対立が激化。
新救貧法体制への批判は徐々に強まり、産業革命後の労働者の窮状や、懲治院での貧民の惨状の広まりから、19世紀後半には人道的側面および社会主義思想からの異議申し立てにより懲治院の待遇はある程度改善され、救貧法委員会も廃止に。しかし基本的な路線は新救貧法の方針が継承されたままで、貧民の生活改善に取り組んだのは、慈善組織協会(COS)をはじめとする私的な団体だけだったと言われます。

しかしイギリスにも時代の転換点が迫っていました。
貧民が潜在的に労働者となりうるという認識も大きくなる中、20世紀の戦間期、世界恐慌の大きな影響も受けて、福祉制度が充実され始めます。
これを機に、イギリスでは社会主義思想が大きく支持を集めて労働党が躍進
労働党が政権を担った戦後、アトリー政権での1948年の国民生活扶助法成立により、長く命脈を保ってきた救貧法が最終的に廃止されることになりました。

宗教の時代の救貧から、経済の時代、そして民主主義の時代における福祉と貧困対策へ

以上、イングランド、イギリスにおける救貧政策の変遷を概括してきました。

イングランド、イギリスだけでなく欧州全体に共通して言えることではないかと思いますが、労働及び貧困に対する考え方・価値観が、宗教、とりわけプロティスタンティズムの影響が色濃く反映されているのが特徴と思います。
この点で有名なのは、マックス・ウェーバーによる名著である『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』です。
すなわち、プロテスタンティズムは、労働への価値観と貧困への思想を表裏一体化した一種の福祉課題である救貧のあり方に影響を与えてきましたが、それは同時に、資本主義の発展・拡大とも強く結びついています。

これまで、そして現在も社会主義的思想やリベラル思想での福祉のあり方が支持される現実があるのですが、この資本主義体制での福祉課題としての貧困対策とが、歩み寄るようでなかなか交わることがないのもまた現実です。
その課題は、今回見た救貧法の変遷が示した課題と共通性をもって現代も残り、ベーシックインカムを巡る議論・比較検討にも繋がっているわけです。
その解決のヒントは、未だ実験プロセスにあると私が思っている「民主主義」が求める社会保障・社会福祉の理想を実現する取り組みにあると考えています。


「働かざるもの食うべからず」云々など、現在もなお議論が続けられているベーシックインカム論。
その起源は、こうした救貧法の歴史においても見られること。
こうした例をはじめ、もう少し、救貧法とベーシック・ペンションとを関連付けて考えたかったのですが、その歴史を整理するだけで一杯一杯になってしまいました。
機会を改めて、考察し書き留めたいと思います。

こちらも是非確認ください。
18世紀末、2人のトマス、トマス・ペイン、トマス・スペンスの思想:ベーシックインカム構想の起源(2021/1/31)

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