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主流派経済学派からポスト・ケインズ派のインフレ論へ転換を:【『世界インフレと戦争』から考える2050年安保とベーシック・ペンション】シリーズー7

中野剛志氏著『世界インフレと戦争 恒久戦時経済への道』(2022/12/15刊・幻冬舎新書)を参考にしての【『世界インフレと戦争』から考える2050年安保とベーシック・ペンション】シリーズ

<第1回>:リベラリズム批判と米国追随日本のグローバリゼーション終焉リスク:【『世界インフレと戦争』から考える2050年安保とベーシック・ペンション】シリーズー1(2023/1/17)
<第2回>:TPP批判・安倍首相批判による食料・エネルギー安保失政を考える:【『世界インフレと戦争』から考える2050年安保とベーシック・ペンション】シリーズー2(2023/1/18)
<第3回>:デマンドプル・インフレ、コストプッシュ・インフレ、貨幣供給過剰インフレを知る:『世界インフレと戦争』から考える2050年安保とベーシック・ペンション】シリーズー3(2023/1/22)
<第4回>:ベーシック・ペンション、インフレ懸念への基本認識:【『世界インフレと戦争』から考える2050年安保とベーシック・ペンション】シリーズー4(2023/1/24)
<第5回>:主流派経済学におけるケインズ派と新自由主義派の異なるインフレ政策と課題:【『世界インフレと戦争』から考える2050年安保とベーシック・ペンション】シリーズー5(2023/1/26)
<第6回>:ベーシック・ペンション起因のインフレ対策は利上げのみか。新たな視点へ:【『世界インフレと戦争』から考える2050年安保とベーシック・ペンション】シリーズー6(2023/1/28)

以上6回の投稿を終えた後は、「第4章 インフレの経済学」に入ります。
例によって、最初は、本書の内容を、ベーシック・ペンションとどのように関連付けできるか考えながら、整理していきます。

4.「第4章 インフレの経済学」から考える21世紀上期の経済安保とベーシック・ペンション

以下は、本章の構成です。

 第4章 インフレの経済学
  主流派経済学の物価理論と貨幣理論
  貨幣供給量の制御から中央銀行による金利操作へ
  コストプッシュ・インフレを想定していない政策判断
  問題の根源は、貨幣に対する致命的な誤解
 ・注目すべき「貨幣循環理論」「現代貨幣理論」
 ・財政支出に税による財源確保は必要ない
  政府が財政赤字を計上しているのは正常な状態
 ・政府は無制限に自国通貨を発行でき、財政は破綻しない
 ・財政支出や金融緩和がインフレを起こすとは限らない
 ・ポスト・ケインズ派は「需要が供給を生む」と考える
 「矛盾しているのは理論ではなく、資本主義経済である」
  経済成長には財政支出の継続的な拡大が必要
  ハイパーインフレはなぜ起きるのか
 ・コストプッシュ・インフレは経済理論だけでは解決できない 


4-1 財政政策がもたらす需要・供給と経済成長循環と国家財政の基本ー1

上記の構成に従い、概要・重要点を整理し、少しメモを加えていきます。

主流派経済学の貨幣理論・物価理論と同派内における変化、そしてその課題

初めは、主流派経済学についての基礎知識。

主流派経済学と一般均衡理論

主流派経済学とは、「一般均衡理論」を基礎とする経済理論の体系。
一般均衡理論とは、経済全体の市場の需要と供給が、価格メカニズムを通じて、常に一致するという理論。
素人の私は、そんなことはありえない、と直感的に感じるのですが。
もう少し中野氏による説明を続けます。
同論は、生産物は常に他の生産物と交換できるという想定「供給は常に需要を生み出す」という「セーの法則」を前提としており、これは「物々交換」の世界、貨幣のない世界の話である。

主流派経済学における貨幣理論

従い、その理論を前提として貨幣を導入しても、貨幣には、財貨の交換比率としての名目価値を決定する役割しか与えることはできず、実物経済に影響を及ぼすことができない「貨幣の中立性」が存在する。

外生的貨幣供給理論と銀行の役割

ここでは、銀行は貸し出しを通じて預金という通貨を供給するが、その預金通貨の供給量は、民間銀行が中央銀行に預ける準備預金の量に制約される。
従い、政府(中央銀行)は、準備預金の量の操作によって通貨供給量を決定できる。
すなわち、貨幣は民間経済の外部から供給されるという「外生的貨幣供給理論」を主流派経済学は想定しているわけだ。

こう聞くと、金融政策として、現実的に、金利の上げ下げではなく、預金準備率の上げ下げで市中の通貨供給量を調整することで景気と物価のコントロールを行えば、と思うが、あまりそういう話は聞きません。
ここで申し上げる話ではないのですが、「新しい資本主義」のあり方の一つは、この預金準備率を法的に高く設定することでバブル発生や過剰な貨幣供給を抑止する制度・システムを整備することと私は考えています。
これは、本来次回で申し上げるべきことですが、べーシック・ペンション実現と関連させての改革課題の一つです。
この外生的貨幣供給理論をベースとして、ミルトン・フリードマンが例えて言った「政府や中銀がヘリコプターから貨幣をばらまく」という「ヘリコプター・マネー」という用語は、ここ数年で目にし、耳にすることが増えました。
それにしても蛇足の追加で恐縮ですが、歴史に名を残す経済学者ミルトン・フリードマンが、このような表現・用語を恥ずかしげもなく用いた品のなさには驚かされます。

次からは、主流派経済学派の中心的経済学者ミルトン・フリードマンのインフレに対する考え方、そこから発生した「マネタリズム」の特徴、そしてその問題点の指摘に向かいます。


ミルトン・フリードマンのインフレ論、その経済理論としてのマネタリズム

フリードマンによるインフレ論を中野氏は続けます。
政府が貨幣供給量を増やして物価を上昇させると、短期的には需要が拡大して生産活動を活発化し、景気は良くなるかもしれない。
しかし、長期的には単に一般物価が上昇しただけで需要が拡大したわけでなく、生産活動を元の水準に戻すことで失業率が上昇。
となると単にインフレになっただけで、政府の景気対策は、長期的には効果はないと。
その後この考えに「合理的期待仮説」を加えて先鋭化した一派が、短期的にも無効と主張。
このような主流派物価理論は、インフレと高失業率が共存する現象を説明も対処もできなかったケインズ主義を排除し、フリードマンらによるこの物価理論・貨幣理論「マネタリズム」が賛同を集め、勢いを与えたと。

マネタリズムの欠点と限界、ニュー・コンセンサスの登場

そして中野氏は、批判の方向を明確にしていきます。
マネタリズムによれば、インフレの原因は貨幣供給量の過剰だから、これを制御しさえすればインフレ制御も可能だ。
そこで1979年FRB議長就任のポール・ボルカーが、この理論に則り、貨幣供給量を政策目標として設定し、その目標を達成すべく準備預金を圧縮してインフレ収束を図った。
しかし、インフレ収束は実現したが、その一方で深刻な景気後退、失業の増大、南米諸国の債務危機などの弊害ももたらした。
結果、マネタリズムの理論に反して、貨幣供給量の増加とインフレとが相関しなかったわけで、マネタリズムの実験は失敗に終わったと。
これを受けて、主流派経済学者は、貨幣供給量制御による物価安定という金融政策を放棄。
代わって、金融政策の主要な目標を物価安定(インフレ抑制)とし、中央銀行による金利操作でインフレ制御は可能という理論の展開・発展をみることになった。
現在この理論が主流派経済学者及び金融当局者間の共通了解、「ニュー・コンセンサス」となっているというわけだ。

ニュー・コンセンサス及び主流派経済学の誤り

次に、このニュー・コンセンサスについての同氏の解説。
・そのモデルによれば、(実施値での)市場利子率が「自然利子率」下回るとインフレが起きる。
そういわれても素人には何のことかチンプンカンプンなので少し跳んで。
・インフレを抑制するためには、中央銀行が利上げを行い、現実の産出量と均衡産出量を一致させればよい。
そんなことをいっても、供給元である企業は常に競争環境にあり、業界が一体となって財政及び金融当局の思惑通りに行動するわけがないでしょうし、何より競争力・経営力の違いもあるわけで、政府や日銀がそこに踏み込めるわけがないのは当然、と素人でも思うところです。
・現在のインフレ率を決める要因は、実際の産出量と均衡産出量とのギャップ、過去のインフレ率だが、加えて「期待インフレ率」も含められ、人々が高インフレ率を予想すれば、実際のインフレ率も上がる。
・従い、中銀の物価安定に向けた強いコミットメントがあれば期待インフレ率も下がり、結果インフレ率も上がりにくくなる、と。
はいそうですか、はいそうですね、とはにわかに信用・信頼できないのですが・・・。
素人の私のレベルでの感想はよいとして、中野氏の批判に目を向けましょう。

主流派経済学のニュー・コンセンサス理論は、金利操作による需要管理を通じてインフレ抑制可能としており、デマンドプッシュ・インフレに対する処方に過ぎず、デマンドプッシュ・インフレについてのモデルは想定していない。
また主流派経済学は、金融政策を中心に考えており、一時的に景気を刺激する効果しかないとみなす財政政策については二次的な役割しか与えていない。
その根拠は、政府が国債の発行で財政支出を拡大し、需要増大を図っても、将来国債償還のために増税が待ち受けていると予想すれば、それに備えるべく消費を減らし貯蓄に回すという「リカードの等価定理」に置いている。

以上、主流派経済学のインフレ対策における欠点、限界を指摘し、それに対抗する、異端とされる経済理論の紹介・展開に入ります。

アンチ主流派としてのポスト・ケインズ派による「内生的貨幣供給理論」

主流派経済学の貨幣・金融理論の根拠「貸付資金説」の致命的な誤解

ここまでみてきた主流派経済学では、銀行が借り手に貸付けを行うに当たり、銀行口座に貯蓄された資金を元手に借り手に貸し付けを行う、言い換えれば、銀行は、又貸しを行っているという「貸付資金説」を貨幣・金融理論としている。
しかし中野氏は、これは事実に反していると。

「信用創造」という銀行金融システム

その理由は、そうではなく、その反対に、借り手に貸し出すことによって預金を創造しているからというもの。
これが「信用創造」である。
例えば、1,000万円の貸し付け・貸し出しは、手元にある1000万円で行うのではなく、単に貸付先(借り手)の口座に1,000万円と記録・記帳するだけで、瞬間1,000万円の預金=貨幣を創造している。
何もない、無から産み出したわけだ。
その後、借入先が1,000万円を返済すればその貨幣は消滅し、破壊されることになる。

いきなりこの「信用創造」論を説明されても、すべての人が即理解・納得できるとは限りません。
私もそうでした。
口座に書き込まれた1,000万円を借り手が即全額引き出して現金化するには、銀行は同額を用意して置く必要があるのだがら、1,000万円を手元に持っている必要があるから。
そう考えるのが普通と初めは思ったのですが、よくよく考え、かつ調べてみると、日銀への必要預金準備率が100%などということはなく、いわゆる「キーパンチ・マネー」という打ち出の小槌「信用創造システム」を、銀行特権として実装しているのです。
そして実はこれがバブルや過剰流動性を生み出す元凶となる危険性を孕んでいる。

ポスト・ケインズ派の台頭と「内生的貨幣供給理論」

この誤った貨幣理論?を恥じることなく持ち続けてきた主流派経済学の金融方式は、先述した「外生的貨幣供給理論」に基づくもの。
この貸付資金説を否定し、信用創造に関する正確な理解の上に理論を体系化し、新たな経済政策を導き出してきたとして満を持して中野氏が紹介したのが、異端派とされる経済学派「ポスト・ケインズ派」。
その特徴は、主流派経済学の「外生的貨幣供給理論」に対する「内生的貨幣供給理論」にあり、ベーシック・ペンションの財源論にも結びつく、「現代貨幣理論」MMTが提示されます。

ポスト・ケインズ学派が導き出した「貨幣循環理論」と「現代貨幣理論」

「貨幣循環理論」(Monetary Circuit Theory)とは

まず「内生的貨幣供給理論」を基盤とする「貨幣循環理論」の定義・ロジックを簡単に示すと。
・銀行は信用創造によって無から貨幣(預金)を生み出すことができる。
・すなわち、銀行は、貸出しには元手となる資金を必要とせず、資金の制約を受けない。
・従い、銀行の貸出しに必要なのは、元手となる資金ではなく、借入れに対する需要である。
・但し、貸出しは将来返済される必要があり、そのため事前に厳格な与信審査がある。
・言い換えれば、返済可能性があると信用できる借り手の需要がある限り、無制限に貸出しを行うことができる。
・すなわち、貨幣の供給には、借り手の返済能力以外には、なんら制約がない。

政府と中央銀行間における貨幣循環

次に、上記の借り手(企業)と銀行との関係を、政府と中央銀行に置き換えると、次のようになる。
・政府の需要に基づき、中央銀行が政府に対して貸出しを行う。(貨幣が無から新たに創造)
・政府は、創造された貨幣を支出し、民間部門に貨幣を供給する。
・政府は、課税によって民間部門から貨幣を徴収する。
・これを政府が中央銀行に返済すると、貨幣は「破壊」される。
・このとき、政府は、強制的に徴税を行うことで税収を得る能力(権力)すなわち、債務返済能力を持っており、債務不履行(デフォルト)に陥ることはない。
・すなわち、政府に対する中銀の貸出しについて、元手となる資金の制約を受けず、かつ借り手の返済能力の制限も受けない。
・従い、政府による貨幣供給は、予算の制約なく行うことができる。

政府による貨幣供給の貨幣循環の特性・強み

上記を整理すると以下が結論付けられる。

1)政府は支出するために、予め徴税による財源確保を必要とせず、反対に、政府支出が、徴税より先に行われる必要がある。即ち、政府支出によって民間部門に貨幣が供給され、それが課税によって徴収される。
2)政府が債務を負って支出することで、貨幣が「創造」され、民間部門への貨幣供給が増え、他方、政府が課税し債務を返済することで、貨幣は「破壊」され、民間部門における貨幣を減らす。
3)即ち、財政赤字の拡大とは貨幣供給の増大であり、財政赤字の縮小(財政健全化)とは貨幣の減少である。

民間経済及び政府両方の貨幣循環を統合すると

上記の市中銀行と企業・個人との間の貨幣の貸借循環、政府と中央銀行との間の貨幣の貸借循環を一つにまとめて考えると。
双方の債務がすべて返済されると、貨幣は流通しなくなる。民間の企業も個人も企業活動や生活には貨幣が必要であり、貨幣はなくてはならない。
とすると、債務を完済してはまずいし、完済してはいけないわけだ。
こう考えると、逆説的に聞こえるが、政府は赤字でなければならない。
まして先に述べたように、政府は債務不履行に陥ることはないのだがら、積極的に財政赤字を計上し、民間部門に貨幣を流通すべきということになる。
すなわち、主流派経済学で、そして一般的に当然とされている財政健全化や財政規律を守ることの方が誤った考えということになるわけです。

「現代貨幣理論」(Modern Monetary Theory:MMT)とは

次に「現代貨幣理論」について。
貨幣循環理論と多くを共通する論理に基づくとし、これまでと同じ結論に至っていると。
そして、政府による徴税の役割を重視し、貨幣の成立と結びつけたことを顕著な特徴とし、以下を要点として示しています。
・政府は、通貨を法定する。
・次に、国民に対して、その通貨の単位で計算された納税義務を課す。
・政府は、通貨を発行し、その通貨を租税の支払手段として定める。
・こうして、通貨には納税義務の解消手段としての需要が生じる。
・結果、国民は通貨に額面通りの価値を認めるようになり、その通貨を民間取引や貯蓄の手段としても利用するようになることで、通貨は流通する。
・このとき、国民が納税するために、事前に通貨を保有している必要がある。
・その通貨を発行するのは政府であり、それを支出して、国民に供給しなければ、税の徴収はできない。
・即ち、財政支出が先、徴税は後であり、税は財政支出の財源ではなく、財政支出の財源(通貨)は、政府自ら創造している。
・言い換えれば、財政支出のために税による財源確保は必要ないというわけだ。

ポスト・ケインズ学派の「現代貨幣理論」がもたらす、自国通貨発行政府・中央銀行の財政概念の大転換

いよいよ、本章の核心に迫っていきます。

政府は無制限に自国通貨を発行でき、財政は破綻しないというロジックと財政支出・徴税・国債発行の基準

この現代貨幣理論のロジックを用い、「政府」を政府と中央銀行を一体化した「統合政府」とみなせば、「貨幣循環理論」とほぼ同じ理解とすることができるわけだ。
となると、予算均衡をめざす健全財政は無意味ということになる。
万一そうなれば国の財政に関する基準・規律は無法地帯になるわけで、現実としての財政支出、徴税あるいは国債発行は、何を基準として行うのかが課題に。
そこで提示されるのが「機能的財政」の考え方。
それらは、失業率、金利、物価など、経済社会に与える影響によって判断すべきという理論という。
例を次のように挙げている。
・累進課税による所得格差是正、炭素税による温暖効果ガス削減等、望ましい経済社会形成目的
・デマンドプル・インフレ発生時、消費や投資に対する課税で、需要抑制、インフレ収束を企図

いよいよ、ベーシック・ペンションに当たって検討・考慮すべき重要課題・対策の一つである、財源問題への対策・対応のためのヒントが、単なる提示から深掘りレベルまで示されていると感じられるようになってきました。


財政支出や金融緩和がインフレを起こすとは限らない

そして、本書の主テーマである「インフレ」についてですが、ベーシック・ペンションと結びつけて検討する上で元気をもらえる提示がここでありました。
以下が中野氏の論述です。

 主流派経済学者は、財政赤字の拡大は高インフレを引き起こすと主張する。
 しかし、政府が財政支出を拡大しても、需要が供給制約を超過しない限りは、高インフレにならない
財政赤字自体がインフレを起こすわけではなく、それが実物資源をその制約以上に動員しようとした場合にのみ、高インフレになる
 同様、金融緩和がインフレを起こすとは限らない。
企業の資金需要が実物資源の供給制約を上回っていない限りは、インフレにはならない。
いくら金利を引き下げても、銀行の準備預金を増やしても(量的緩和)、企業に需要が存在しなければ、企業は支出を増やさず、実物資源も動かされないため、インフレになりようがない。

この主張が、日本の安倍政権を代表とする平成から令和にも及ぶ政権下、日銀による異次元の金融緩和がかえってデフレ経済を長期化した象徴的な現実例となっていることを示しています。
加えて、もう一つ、インフレと貨幣の関係についての論述もみておきます。

主流派経済学者は、貨幣供給が過剰になるとインフレが起きると考えているが、貨幣は需要に応じて供給される。
従い、貨幣が需要を超えて過剰に供給されるということはあり得ない。
これに対し、需要が供給能力を超えて過剰になることはあり得、そこでインフレが起きる。
そして貨幣は、需要に応じて供給されるので、需要が増えれば貨幣供給量も増える。
すなわち、デマンドプル・インフレになると、貨幣供給量が増えるのであり、貨幣供給量が増えて、インフレになるのではない。

この辺りは、ベーシック・ペンション給付において、何かしらの配慮が必要なことを提起していると読むことができ、提案済みの案では多少は組み入れています。

経済成長に必要な、財政支出の継続的な拡大

ここまで、主流派経済学が「供給が需要を生む」としてきたことに対し、ポスト・ケインズ派は「需要が供給を生む」と論じ、真逆の理論展開を行っていることをみてきました。
後者では、そのため、政府が財政赤字を計上しているのは正常な状態と財政赤字を気にしていません。
ただ、終焉を迎えているグローバル社会とはいえ、その理論は、先進国には適用できるが、経済が未熟な開発途上国にはムリな要素・要因があるとしています。
その理由は、労働者の能力・技術水準など供給の潜在能力のレベルにより適当な投資先がみられない、そもそも投資を可能にする制度・慣習が未発達など。
従い、需要に対して供給が追いつかずデマンドプッシュ・インフレになりやすく、これによりコストプッシュ・インフレにも見舞われるなど、高いインフレ率、深刻なインフレを招く例が多いと。
なお、逆にむしろ先進国では、高い生産能力がデフレを引き起こす懸念があるとしていますが、需要不足には財政政策を採用し、需要超過状態を作り出せば、民間投資、労働力増大、技術進歩などにより、一定期間の後に供給も増大を開始。
政府支出がインフラ整備や技術開発、教育に向けられれば、また新たな供給が、と楽天的です。
持続的な経済成長には、持続的な財政支出と拡大が必要ということです。

ハイパーインフレはなぜ起きるのか

かなり長くなっている本稿ですが、もう一つ、ベーシックインカムの給付額、すなわち給付するお金の額が膨大になった場合、ハイパーインフレが発生すると心配する人がいるため、ハイパーインフレについて、本章の終わりの方で触れているので紹介しておきます。

歴史上、ハイパーインフレという現象が生じたことはある。但し、事例は少ない。
しかもそれらの事例は、いずれも
①社会的・政治的な混乱や内戦 ②戦争などによる生産能力の崩壊 ③徴税能力の弱い政府 ④多額の外貨(あるいは金)による対外債務(非自国通貨建て債務)
のいずれかを要因とする。
ということで、過剰に不安を煽るような議論は、ここでは必要ないとしておきたいと思います。

コストプッシュ・インフレは経済理論だけでは解決できない

さて、示唆多き「インフレの経済学」でしたが、本稿では、中野氏が多く紹介・論述した内容にある、アメリカの現在のインフレをめぐって採られた政策の評価・批判は、かなり省略しています。
ご了解ください。
次回、本章を受けてのベーシック・ペンション考察に向かう前に、最後に、ポスト・ケインズ派においても問題・限界はあるという中野氏の記述を最後に紹介したいと思います。

ポスト・ケインズ派の経済理論にも、一定の限界がある。
コストプッシュ・インフレを考慮に入れているとは言え、その要因は多種多様であり、それぞれ固有である。
従い、コストプッシュ・インフレ対策は、その経済理論から一律に導き出せるものではなく、それぞれ異なるものでなければならない。
しかも、例えば戦争や気候変動がインフレの根本要因であれば、その解決探究は、経済学の領域の外にある。
とすると、その克服のためには、少なくとも個別の事象について固有の判断ができる実践的なセンスと、経済理論を超えた総合的・俯瞰的な知識が必要になるだろう。
コストプッシュ・インフレは、並の経済学者や経済政策担当では、到底、手には負えない難題なのである。
但し、コストプッシュ・インフレの原因となっている実物資源の制約が何であれ、その制約緩和のためには、最低限、資金が必要である。
資金の調達も制限されていては、実物資源の制約に対して、なすすべはないだろう。
しかし、自国通貨を発行する政府は、資金の調達には制約されないのである。


長い引用になりました。
微妙な感覚・感情を呼び起こされる内容ですが、そりゃそうだよね、と軽く受け流しておけばよい表現でもあると思います。

さて次回、どのように、ベーシック・ペンション論に活かすか。
最終章の「恒久戦時経済」もありますから、まだあまり入れ込まずに、整理してみたいと考えています。


【『世界インフレと戦争』から考える2050年安保とベーシック・ペンション】シリーズ展開計画(案)

1.「第1章 グローバリゼーションの終焉」から考える21世紀上期の安保政策課題
 1-1 地政学・政治体制リスクと国家安保をめぐるコンセンサス形成ニーズ
 1-2 グローバリゼーション終焉の現実としての食料・エネルギー安保政策
2.「第2章 二つのインフレーション」から考えるベーシック・ペンションとインフレリスク
 2-1 デマンドプル・インフレとコストプッシュ・インフレ、それぞれの特徴
 2-2 ベーシック・ペンションにおけるインフレ懸念の性質とリスク回避の可能性
3.「第3章 よみがえったスタグフレーション」から考える21世紀上期の経済安保とベーシック・ペンション
 3-1 過去のインフレ、スタグフレーションの要因・実態と金融政策経済安保
 3-2 インフレ対策としての利上げ政策の誤りとベーシック・ペンションにおける想定対策
4.「第4章 インフレの経済学」から考える21世紀上期の経済安保とベーシック・ペンション
 4-1 財政政策がもたらす需要・供給と経済成長循環と国家財政の基本
 4-2 「貨幣循環理論」「現代貨幣理論」から考えるベーシック・ペンションの財源論
5.「第5章 恒久戦時経済」から考える21世紀の総合的・体系的・恒久的安保とベーシック・ペンションモデル
 5-1 恒久経済システム確立のための新しい資本主義及び金融システム改革構想
 5-2 ベーシック・ペンションがめざす、総合的・体系的・恒久的基礎生活及び社会保障安保
 5-3 ベーシック・ペンションがめざす、総合的・体系的・恒久的社会経済システム安保

世界インフレと戦争 恒久戦時経済への道』目次

はじめに 物価高騰が示す世界の歴史的変化
第1章 グローバリゼーションの終焉
  ロシアのウクライナ侵攻で迎えた終焉
  終わりの始まりは2008年の金融危機
  最初から破綻していた、リベラリズムという論理
 「中国の平和的な台頭」などあり得なかった
  東アジアの地政学的均衡を崩した、アメリカの失敗
  ウクライナ侵攻もリベラル覇権戦略破綻の結果
 ・金融危機、格差拡大、排外主義の高まり
 ・物価高騰は一時的な現象では終わらない

  防衛費を抑制し続けた2010年代の日本
  世界情勢の変化を把握せず、安全保障を軽視
 ・TPPは日本の食料安全保障を脅かす
 ・エネルギー安全保障も弱体化させた安倍政権
 ・電力システム改革が電力不安を不安定化した

  中国の地域覇権の下で生きていくのが嫌ならば・・・ 
第2章 二つのインフレーション
  グローバリゼーションが終わったからインフレが起きた
  先進国ではインフレにならないことが問題だった
 ・デマンドプル・インフレ ー 需要過剰で物価が上昇
 ・コストプッシュ・インフレ ー 供給減少で物価が上昇

  コストプッシュで持続的な物価上昇が起こる経緯
  一時的な物価上昇も「インフレ」か
 ・原因も結果も対策も大きく異なる二つのインフレ
  ノーベル経済学者十七人が長期のインフレ対策として積極財政を支持
 ・資本主義経済の正常な状態はマイルドなデマンドプル・インフレ
  コストプッシュ・インフレの言い換え
第3章 よみがえったスタグフレーション
  第二次世界大戦後に起きた六回のインフレ
  過去六回と比較し、今回のインフレをどう見るか
  2022年2月以降はコストプッシュ・インフレ
  FRBによる利上げは誤った政策
  IMFは利上げによる世界的景気後退懸念
 ・コストプッシュ・インフレ対策としては利上げは逆効果
 ・1970年代よりはるかに複雑で深刻な事態

  世界的な少子高齢化から生じるインフレ圧力
  気候変動、軍事需要、長期的投資の減速
 ・「金融化」がもたらした株主重視の企業統治
 ・企業が賃金上昇を抑制する仕組みの完成
  なぜ四十年前と同じ失敗が繰り返されるのか
  インフレ政策をめぐる資本家と労働者の階級闘争
  七〇年代のインフレが新自由主義の台頭をもたらした
 ・ケインズ主義の復活か新自由主義の隆盛か 
第4章 インフレの経済学
  主流派経済学の物価理論と貨幣理論
  貨幣供給量の制御から中央銀行による金利操作へ
  コストプッシュ・インフレを想定していない政策判断
  問題の根源は、貨幣に対する致命的な誤解
 ・注目すべき「貨幣循環理論」「現代貨幣理論」
 ・財政支出に税による財源確保は必要ない
  政府が財政赤字を計上しているのは正常な状態
 ・政府は無制限に自国通貨を発行でき、財政は破綻しない
 ・財政支出や金融緩和がインフレを起こすとは限らない
 ・ポスト・ケインズ派は「需要が供給を生む」と考える
 「矛盾しているのは理論ではなく、資本主義経済である」
  経済成長には財政支出の継続的な拡大が必要
  ハイパーインフレはなぜ起きるのか
 ・コストプッシュ・インフレは経済理論だけでは解決できない 
第5章 恒久戦時経済
  第五波インフレで、世界は政治的危機へ
  中世ヨーロッパ文明に終焉をもたらした第一波インフレ
  格差拡大、反乱、革命、戦争を引き起こした第二波・第三波
  冷戦の終結をもたらした第四波インフレ
  すでに危険な状態にあった世界を襲った第五波
  内戦が勃発する可能性が高まっているアメリカ
  債務危機のリスクが高まりナショナリズムが先鋭化するEU
  成長モデルの根本的な変更を余儀なくされている中国
  中国の行き詰まりから東アジア全体で地政学的危機勃発か
  日本は最優先で何に取り組むべきか
 ・安全保障を強化し、内需を拡大させる産業政策を
 ・国内秩序を維持するための「大きな政府」
 ・特定の財に限定した「戦略的価格統制」の有効性
 ・世界秩序の危機は長期化し、戦時経済体制も長期化
  「恒久戦時経済」構築以外に生き残る道はない 
おわりに 悲観的積極主義

20年、30年後の社会を生きるすべての世代へ

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