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ベーシックアセット提唱の宮本太郎氏著『貧困・介護・育児の政治』書評(2021年9月掲載)記事転載

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福祉資本主義の3つの政治的対立概念を考える:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』序論から(2021/9/3)

 先日別サイトに投稿した記事
ベーシックアセット提案の宮本太郎氏のベーシックインカム論-1(2021/8/20)
において、宮本太郎氏の近著『貧困・介護・育児の政治 ベーシックアセットの福祉国家へ』(朝日選書・2021/4/9刊)を紹介しました。

 貧困、介護、育児という社会政策上及び社会保障・福祉制度上の重要な課題領域を「政治」として考える書。
 私自身は、介護行政、保育行政などのように「行政」と組み合わせて考察することが多かったのですが。
 結局、何をするにしても、何かを変革するにしても、政治を変えなければ、何も変わらない、と常日頃言っているのですが、なるほど「行政」の前に「政治」があり、政治を変えて、政策と関連法制を変えなければ、結局何も変わりません。
 そのことと、本書では、ベーシックインカムではない、ベーシックアセットという、あまり広まっていない考え方を提示・提起したことから、双方の観点から、その内容を、シリーズ化して考察・検討することにしました

同書の目的

宮本氏は、まず本書の目的を以下のように示しています。

1.日本における貧困、介護、育児の政治について、その対立構図を明らかにしながら、何がどこまで達成され、なぜどこで歩みが止まっているかを示す。
2.特に、生活困窮者支援制度、介護保険制度、子ども・子育て支援新制度を中心に、社会的投資や準市場という視点からその可能性を検討する。
3.福祉政治の展開をめぐってあくまでも事実を整理し、何が起こったのかを見えやすくすることをめざす。
4.最終的に、ベーシックアセットという考え方に、福祉国家と社会民主主義の手がかりを見出していく。

次に、その中にある、準市場と社会的投資について、本文中から抽出しました。

準市場とは

貧困、介護、育児の3つの政治領域において、
介護保険制度や子ども・子育て支援制度では、準市場という仕組みが提起されている。
準市場とは、公的財源による福祉制度のなかで市場的な選択の自由を実現しようという仕組みをいう。

但し、準市場とは市場に準じた制度ということではなく、旧来の社会民主主義を乗り越える意図から構想された考え方といいます。
そこで提案されたのが、公的財源により、NPOや協同組合もサービス供給に加わり、市民がサービスを選択できる準市場の仕組みであると補足しています。

しかし、私の考え方は少し違います。
一部の人々、とりわけベーシックサービスを主張する方々は、介護や保育サービスが、公定価格に主導される面があっても、社会福祉法人や民間事業者等に対して、利用費用を支払う必要があることから、それらのサービスが商品化されていると表現します。
そして本来そのサービスは、商品化ではなく、公的サービスとして給付されるべき、という立場に立ちます。
こうした半官半民の要素を併せ持ち、その費用を公費及び利用者個人が負担するという意味で、民間事業者間の競争による完全な市場方式ではなく、準市場方式によるものというのが、私の考えです。

社会的投資とは

貧困の分野では、生活困窮者自立支援制度は、行政が生活困窮者を一方的に保護するのではなく、包括的相談支援で必要なサービスや所得保障につなぐことをめざす。
社会的投資とは、このように人々の力を引き出し高めながら社会参加を広げていく福祉のかたちをいう。
また、困窮に陥ってからの救済より、事前の予防や能力形成に力を入れることを指すともいいます。

ここで「社会的投資」と聞くと、以前当サイトで取り上げた、宇沢弘文氏による「社会的共通資本」及びその中の一つの区分である、教育、医療、行政、司法等の「制度資本」を想起します。
(参考)
◆ 社会的共通資本とは:社会的共通資本とベーシック・インカム-1(2021/6/8)
日本独自のベーシック・ペンションを社会的共通資本のモデルに:社会的共通資本とベーシック・インカム-2 (2021/6/10)

 この制度資本は、主に政府・行政のイニシアティブで形成・運用・管理されるものであり、一部準市場方式も採用されています。
 そこでは、種々の補助金として公的資金・資本も投入されていることから、介護制度も保育制度も、社会的投資の領域に入るというのが私の考えでもあります。

政治の3つの対立軸

 まず宮本氏は、現状の政治勢力間の政策・考え方の根本的な違いとして、次の3つの対立軸が存在するとします。

1.社会民主主義
2.経済的自由主義(新自由主義)
3.保守主義


政治の対立軸に沿っての福祉資本主義の3つの概念

 その上で、同氏は、上記の3つの政治的な対立の中、社会保障・社会福祉政策が現代の日本に導入・拡大・整備されていくプロセスとその背景について、同氏独特の言い回しを用い、以下の3つの概念を用います。

1.例外状況の社会民主主義
2.磁力としての新自由主義
3.日常的現実としての保守主義


 この3つの概念、それぞれについて、続けてこう説明します。

例外状況の社会民主主義とは

 まず 「例外状況の社会民主主義」。
 その「例外状況」として、1)政治的状況 及び 2)財務省の思惑 の2つの共通項があったとし、前者についてはこう説明しています。

・介護政治における介護保険制度実現は、1993年非自民連立政権成立、その後自民・社会・さきがけ連立政権移行という状況下で。
・育児政治における子ども・子育て支援制度、貧困政治における生活困窮者自立支援制度実現は、2009年から2012年にかけての、民主党・自民党間での政権交代があった状況下。
 すなわち、2009年前後の自民党は、構造改革路線への世論の反発等で政権を失いかねない状況であり、民主党政権は、成立直後、マニフェスト路線を維持できない危機的状況にあったと。


 この時期、宮本氏は両政権下で、社会保障改革に関する政府の諸会議で、社会民主主義的観点から提言を重ね、予想以上に受け入れられたと感じていると述べ、次のように括ります。

 福祉の機能強化を唱える主張が前面に出たのは、政治的な例外状況のなかにおいてであり、社会民主主義的施策はいつも「例外状況の社会民主主義」の枠内にとどまっている。


 もう一つの財務省(あるいは大蔵省)要因については、こう言います。

 その状況下で、財務省がその制度化の動きに少なくとも反対しなかったことがある。
 介護保険制度導入時、子ども・子育て支援新制度導入時には、消費税をそれぞれ5%、10%への増税とを結びつけようという狙いがあったことが背景にある。


 しかし、それ以後は、一連の政策において新自由主義的な圧力がかかり、社会民主主義的理念は後退することになり、今日の状況に繋がっているといえます。

 こうした定義・背景を述べつつ、同氏は、新自由主義一辺倒の社会保障・福祉制度政策が万能であるかのように論じられることに異議を唱えます。
 介護保険制度や子ども・子育て支援新制度が、福祉に利用者と事業者の契約関係の導入・締結した時点で、新自由主義に基づくものとされること。
 加えて、生活困窮者自立支援制度など、生活保護削減につながる政策を進めることも。

磁力としての新自由主義とは

 「例外状況としての社会民主主義」の後に、新自由主義的な圧力が復調するパターンがある。
 そのことについて同氏は、こう述べます。

 一貫したイデオロギーとしての新自由主義が、市場原理を信奉する「新自由主義者」たちに担われ、政治過程をもくろみどおりに操っているという構図ではない。
 新自由主義的施策が優位に立つ現実は、ある意味もっと構造的で、根深いものであり、時として「磁力としての新自由主義」ともいうべきもの
 それは、ある政策がそれ自体市場原理主義を打ち出していなくても、制度としての運用の実際が、鉄粉が磁石に引き寄せられるように、新自由主義的な方向を辿ってしまうことをいう。


 そして、こう言葉を続けます。

 政策を具体化し執行する際に、それに関わる人々が、新自由主義をとくに信じていなくとも(たとえ違和感をもっていても)、日常の業務を遂行し評価を受ける上で、さらには過度な摩擦を避けるために、新自由主義的な方向で物事を進めざるを得ない構造・状況さえ生み出すことも。


 「たとえ違和感を持っていても」という箇所は、よく分かります。
 これに私は、「たとえ新自由主義を理解していなくても」という場合も付け加えます。
 また、「過度な摩擦を避けるため」ではなく、反対に、過度な摩擦が起きるであろうことを想定して、意識して煽るように新自由主義という看板を活用する場合や輩も存在しうる、と書き加えましょう。

 もう少し、宮本氏の言葉を借りましょう。

 この新自由主義を生む磁力の源泉として以下の3つを挙げているので参考までに。

1)国と地方の長期債務(及び負担を回避するグローバルな資本)
2)有権者、納税者の社会保障制度と税制への不信
3)自治体の制度構造

もう一つ、留意すべき指摘も。

 新自由主義的な影響力が優位になりやすい構造を、資本主義のシステムに還元させて説明する議論もある。
 マルクス主義的な立場から国や自治体の政策を批判する論者に多い。
 特にグローバル化した資本主義というシステムでは、グローバル資本の利益がすべてを方向づけるかのような議論である。
 こうした同主義万能論にかかると、先の準市場における利用者・事業者間の契約は新自由主義の道そのものであり、生活保護削減となるような制度変更は、その主義による明々白々の弱者切り捨て論と断じる様相を意味することにさえなります。

 よくあることです。
 私もこうした一部ヒステリックな、自称リベラル、左派の方々の紋切り型の意見には、参るよな、と感じることが多々あります。
 このあたりが、リベラルがリベラルを乗り越えるための課題の一つではないかと考える所以です。
 もちろん、よく理解せずに新自由主義的雰囲気に付和雷同する、簡単になびく、右寄りの輩が多いことも問題なのですが。

日常的現実としての保守主義とは

 こうして「磁力としての新自由主義」が、まさに磁力をもって幅を利かすことにより、子育て、介護、困窮に関して自助と家族で切り抜けるしかない、という方向性・雰囲気が強まる。


 子ども・子育て支援新制度が2015年に施行されたが、翌年の「保育園落ちた日本死ね」を象徴とし端緒ともして以降、保活、待機児童・学童保育問題が今も続いている。
 介護保険制度は、施行後20年以上経過したが、介護離職、老老介護、認認介護そしてヤングケアラー問題が次々に露呈・拡大している。
 あるいは、年金制度と未婚化・高齢化社会問題等が絡み合う「8050問題」しかり。

 これらはまさに、「日常的現実としての保守主義」としての、今日的現実例を示すものということになります。
 それぞれの制度が成立した後も、家族負担を軽減する上で十分な公的給付を受けられず、最後は家族に頼るか自助しかない、という現実です。
 そこでは、保守主義とはいえ、家族の在り方の現状を見れば明らかなように、家族主義の規範が共有され、頑固に主張される伝統的家族を礎とするものではないことも一応理解できるでしょう。

「例外状況としての社会民主主義」から脱却することを課題とする本書

 この「例外状況としての社会民主主義」の<例外状況>から脱し、望ましい「社会民主主義」に基づく福祉国家、福祉社会をいかに創造・構築するか。
 この課題の解決方法として、ベーシックインカムではなく、ベーシックサービスでもない、ベーシックアセットという概念と方法論を、宮本氏は本書の最後に提示することになります。
 その内容は、関係サイト http:basicpension.jp の方で紹介することにします。   

社会保障・福祉制度を論じる上で、政治的対立軸が必要不可欠なのか


 基本的には、宮本氏は、これまで介護・保育・困窮などの福祉政策にかかわる政治・行政の議論の場に参画し、それなりの影響を与えてきたわけであり、ご本人もその自負をお持ちのようです。
 しかし、日本の社会保障制度・福祉制度の歴史をたどれば、国民皆保険・皆年金制度の導入が、これらの3つの政治的対立を認識し乗り越えるべく、克服してきたかというと、決してそうではなかったと思われます。
 人間として持つ基本的人権という、ある意味、普遍的な思想と価値観、その概念を共有し、持ち得たことで実現しえた社会保障制度・社会福祉制度も多くあったはずであり、今日機能している多くがそうであると考えます。

 こういう状況において、敢えて3つの対立軸を持ち出して、例外的な社会民主主義を超克するために、と理由づけする必要が果たしてあるのか。
 私は疑問を感じます。
 社会保障制度は社会保障制度、社会福祉制度は社会福祉制度。
 普遍性もありますが、時代とともにその共通認識の一部は、変わって当然です。
 例えば、保守主義の代表的価値観と称される家族主義・家父長制が、核家族化、少子高齢化、未婚・非婚率の向上などを考えれば、それを主張すること自体が滑稽に思われ、時代錯誤と極めて多くの人々が共通した認識をもつであろうことに示されます。

 社会民主主義の以前に、一人ひとり個人個人が民主主義社会において果たすべき責任と義務、新自由主義の前に、そこで示す自由とは、どんな自由で、どういう前提・基準・条件で保持・保護されるべきかの議論と守るべき一定の規律は必要です。
 また保守主義も、守るべき保守とはなにか、現在と未来に向けての議論と認識の共通化も課題としてあります。
 いかに伝統を守ると言っても、最近では、リベラル保守などと、あたかも社会民主主義と新自由守主義及び保守主義をも包含・包摂せんとするかのような主張・議論もあるわけです。

 共通なのは、「人」としてどうあることが望ましいか、その「人」が望ましい生き方ができるよう、必要な生活保障を得て生涯を送り、世代とその社会が円滑に継承されていくことが望ましいか。
 その考え方を共有し、政治と行政で制度として表現し、管理・運用していくことを課題とする。
 敢えて一言で表現するならば、「基本的人権主義」に基づく、社会保障・社会福祉制度政治及び行政、という括りで考えるべき、と提案したいと思います。



 なおそうした基本認識をベースにして、総合的に提案したのが、以下のシリーズ記事です。

「2050年国家ビジョンと長期政治行政改革計画」 シリーズ

異常な祭りの後に正常なまつりごとを:2021年起点に構築する2050年国家ビジョンと長期政治行政改革計画1ー2021年衆院選各党公約注視から(2021/7/21)
当サイト2050society.com の2021年下期カテゴリー変更:コロナ禍で構築すべき国家ビジョンと長期政治行政改革計画-2(2021/7/26)
国土・資源政策、社会政策、経済政策、国政政策4区分での長期ビジョン重点戦略試案 (2021/7/27)
国土・資源政策 2050年長期ビジョン及び短中長期重点戦略課題 (2021/8/1)
社会政策 2050年長期ビジョン及び短中長期重点戦略課題(2021/8/3)
経済政策 2050年長期ビジョン及び短中長期重点戦略課題(2021/8/5)
国政政策 2050年長期ビジョン及び短中長期重点戦略課題(2021/8/7)

『貧困・介護・育児の政治』の構成


 本書を構成する以下の各章は、この後当サイトで取り上げ、上記リストの中の「社会政策」領域と対比・並行してシリーズ化して紹介・考察する予定です。

第1章 「新しい生活困難層」と福祉政治
 1.転換点となった年
 2.日本型生活保障の構造
 3.何が起きているのか?
 4.政治的対立の構図
 5.貧困、介護、育児の政治をどう説明するのか
 6.三つの政治の相関
第2章 貧困政治 なぜ制度は対応できないか
 1.生活保障の揺らぎと分断の構図
 2.貧困政治の対立軸
 3.日本の貧困政治と対立軸の形成
 4.「社会保障・税一体改革」と貧困政治
第3章 介護政治 その達成と新たな試練
 1.介護保険制度という刷新
 2.分権多元型・市場志向型・家族主義型
 3.制度の現状をどう評価するか
 4.介護保険の形成をめぐる政治
 5.介護保険の実施をめぐる政治
第4章 育児政治 待機児童対策を超えて
 1.家族問題の三領域
 2.家族政策の類型
 3.児童手当をめぐる政治
 4.保育サービスをめぐる政治
第5章 ベーシックアセットの保障へ
 1.福祉政治のパターン
 2.社会民主主義の変貌とその行方
 3.ベーシックアセットという構想


 但し、先述したように、最後の<第5章 ベーシックアセットの保障へ>は、別サイト http://basicpension.jp で取り上げることになります。

増加・拡大する「新しい生活困難層」:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』からー2(2021/9/5)

 宮本太郎氏著『貧困・介護・育児の政治 ベーシックアセットの福祉国家へ』(2021/4/9刊) を参考に、社会保障政策視点からは、当サイトで、ベーシックインカムの観点からは、 http://basicpension.jp でシリーズ化して投稿を始めています。

 ベーシックペンションサイトでは、これまで以下の2回を。
ベーシックアセット提案の宮本太郎氏のベーシックインカム論-1(2021/8/20)
ベーシックアセットとは?:ベーシックアセット提案の宮本太郎氏のベーシックインカム論-2(2021/9/4)

 当サイトの初回として以下を。
福祉資本主義の3つの政治的対立概念を考える:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』序論から(2021/9/2)

 今回から同書本章に入り、まず<第1章 「新しい生活困難層」と福祉政治>を取り上げます。

第1章 <「新しい生活困難層」と福祉政治>から

自助の神話と平成元年1989年福祉政治変容の起点の年


 冒頭、前安倍内閣・菅内閣と自公政権のキーワードの一つであったかのような「自助」。
 新自由主義概念のスローガンの一つでもあるかのような用語ですが、その基本的な考え方は、高度成長期を含め、日本に神話的にあったように、1989年に広がった「一杯のかけそば」の話を例に示されます。
 そして、高度成長期であっても、旧来の社会保障の仕組みでは自助が困難であり、現状のように雇用の劣化が進む中、自助の神話が成り立たなくなっているのでは、という疑問に応えます。
 2019年実施の国際社会調査プログラム(ISSP)による意識調査の中で「人が貧困に陥るのは、努力がたりないから」という意見に対しての回答が「そう思う」「どちらかといえばそう思う」が22%を占め、「どちらともいえない」は46%にも及び、自助の神話は消えてはいない、と。

 1989年は平成元年。
 本書の主題である福祉政治が新たな展開に入った、起点の年と宮本氏は位置付けています。
 この年、パートの求人倍率が1985年の1.53倍に対し、3.75倍に。
 社会保障に充当する名目での3%消費税の導入、合計特殊出生率1.57ショックも。
 これらが、貧困・介護・育児の政治の新たな展開の端緒になっているとしています。



 

旧来型日本型生活保障の三重構造とそのリスクの顕在化


 1989年以前の旧来の日本型生活保障の特徴を、男性稼ぎ主の雇用保障で家族扶養を支える仕組みであり、それは、行政・会社・家族の三層がつながった「三重構造」で形成されていたとします。
 分解すると、まず行政と企業における男性稼ぎ主の雇用のつながりがあり、その男性稼ぎ主の雇用が家族扶養につながるというシンプルな仕組みです。

 賃金として家族手当の支給、賃金給与のおける配偶者控除・扶養控除などの所得控除など、現存する制度にもその仕組みは残っています。
 ただ、決してそれだけで社会保障が機能するはずはなく、1961年には実現していた国民皆保険・皆年金制度の意義の重要さは確認しておく必要があります。

 ところで、財政的に税金が投入されたことがこの三重構造を形成維持する上で大きく影響したことが、ここでの最大の特徴であったことを確認しておく必要があります。
 一方、そのことで、生活保護を受けざるを得ない人びとを含む、賃金所得がない、もしくは低所得の貧困層への生活保障への給付が抑制される矛盾が形成され、今日に至っていることも理解できます。

 因みに、2019年度当初予算ベースにおける社会保障給付の総額は123兆7千億円。
 その財源のうち資産収入等を除いた120兆3千億円の内訳は、国と地方による税負担が48兆8千億円、社会保険料71兆5千億円で、約40%が税であり、約60%が保険料。
 しかし、給付の方は、80%以上が年金・介護・医療などの社会保険給付で、社会保険加入者への税投入傾向が高いことを示しています。

 こうした三重構造で一応機能していた日本の社会保障・生活保障制度は、この後の社会構造・経済構造の変化と共に綻び、矛盾を呈し、新しい生活困難層を発生させ、増加・拡大していくことになります。

新しい生活困難層の拡大

 この後に続く社会構造・経済構造の特徴とは、非正規雇用者と低所得層の増加、少子高齢化の急速な進展による世代間負担・受益の不公平性の拡大、継続するデフレ経済による賃金抑制、消費増税等による可処分所得の減少、所得低下に伴う共働き世帯の増加と育児・介護と仕事と両立対応の困難化など、上げればきりがないくらいです。
 こうしたことから、「新しい生活困難層」が自ずと増えてきているわけですが、宮本氏は、その特徴を以下の3点で示します。

1)直面する多様な複合的困難
2)多くの現役世代の、働く困難層化あるいはワーキングプア化
3)現役世代、高齢世代にわたる世代横断性


 先述したきりがないくらい挙げることが可能な要素・要因を簡潔にした内容と言えるかと思います。
 この後、筆者は、こうした日本の生活保障の在り方と欧米各国のそれとの違いを、1942年のベヴァリッジ報告を元にして展開していますが、そのことの重要性は、私には見いだせないので、ここでは省略します。
 その違いを確認したところで、現状の諸課題を解決する方策の参考例としてそのまま適用できるはずもないでしょうし、打つべき手立て・方策は、自ずと分かっているはずと考えるからです。

貧困・介護・育児政治に関する政治的対立構図


 この後、本章第1章の残りは、新しい生活困難層のいずれかを特定して論じることはなく、福祉政治と包括して、貧困・介護・育児政治の政治的対立軸を比較対照しつつ、それらの社会的リスクの存在やその背景などについて記述しています。
 それらは、以下の本書の構成にあるように、順次課題対象となっていますから、次回の第2章以降の記事に委ねるべく、ここでは省略します。

(参考):本書 『貧困・介護・育児の政治』の構成

第1章 「新しい生活困難層」と福祉政治
 1.転換点となった年
 2.日本型生活保障の構造
 3.何が起きているのか?
 4.政治的対立の構図
 5.貧困、介護、育児の政治をどう説明するのか
 6.三つの政治の相関
第2章 貧困政治 なぜ制度は対応できないか
 1.生活保障の揺らぎと分断の構図
 2.貧困政治の対立軸
 3.日本の貧困政治と対立軸の形成
 4.「社会保障・税一体改革」と貧困政治
第3章 介護政治 その達成と新たな試練
 1.介護保険制度という刷新
 2.分権多元型・市場志向型・家族主義型
 3.制度の現状をどう評価するか
 4.介護保険の形成をめぐる政治
 5.介護保険の実施をめぐる政治
第4章 育児政治 待機児童対策を超えて
 1.家族問題の三領域
 2.家族政策の類型
 3.児童手当をめぐる政治
 4.保育サービスをめぐる政治
第5章 ベーシックアセットの保障へ
 1.福祉政治のパターン
 2.社会民主主義の変貌とその行方
 3.ベーシックアセットという構想


 なお、本書の課題とされている貧困・介護・育児政治問題は、当サイトで既に提起している、2050年に向けての以下のわが国の<社会政策>提案・提言の各命題と一致しています。
 従い、次回の第2章以降の記事が、そうした着眼点と重ね合わせて、考察する意味を持っています。

(参考)当サイト提案:社会政策 長期ビジョン及び短中長期重点戦略課題

1.社会保障・社会福祉制度改革
1-1 社会保障制度体系改革
1)ベーシック・ペンション導入に伴う社会保障制度・福祉制度体系の再構築
2)社会保障制度改革:健康保険・介護保険制度統合、国民年金制度廃止・厚生年金制度改定、児童福祉・障害者福祉制度改正、生活保護制度対策他
3)労働政策・労働保険関連制度改革:労働基準法解雇規制改正、雇用保険法改正、非正規雇用転換制改正、最低賃金法改正、労災保険改正等
4)社会保険制度改革、世代間負担公平性対策、関連所得税改正、その他社会保障制度体系再構築に伴う関連法律の改定
1-2 ベーシックインカム導入及び関連各種制度・システム包括的改定
1)日本独自のベーシックインカム、専用デジタル通貨JBPCによるベーシック・ペンション生涯基礎年金制度導入
2)ベーシック・ペンション導入に伴う関連諸制度・法律の改正・改革
3)ベーシック・ペンション確立までのベーシックインカム段階的導入
4)ベーシック・ペンション導入のための日本銀行改正、JBPC発行・管理システムの開発・運用化
1-3 社会保障・社会福祉行政改革(公的サービス事業公営化促進、公務員化)
1)ベーシック・ペンション導入、社会保障制度体系改革に伴う行政官庁再編、組織・業務改革
2)国・公営サービス事業再編:利益追求型社会サービス事業の一部国公営事業転換、社会福祉法人等の再編
3)社会保障・福祉資格制度の拡充、キャリアプログラム開発
4)社会保障・福祉関連職公務員制度改革

2.保育政策・子育て支援政策、少子化対策・こども貧困対策
2-1 少子化対策、人口減少社会対策

1)経済的支援ベーシック・ペンション導入による婚姻率・出生率向上(児童手当制度廃止拡充転換を伴う)
2)保育制度・保育行政改革、子育て支援システム拡充による総合的少子化政策推進
3)地域別(都道府県別)少子化対策取り組み策定と国による支援
4)長期人口減少社会計画策定(国家及び地方自治体)と取り組み・進捗評価管理(人口構成、外国人構成等)
2-2 保育制度・保育行政
1)5歳児・4歳児保育の義務化
2)保育施設再編及び同行政組織再編
3)学童保育システム確立、待機児童問題解消
4)保育士職の待遇、労働環境・条件など改善
2-3 子育て支援システム
1)地域包括子育て支援センター組織・業務機能拡充
2)子どもの貧困解消総合政策(ベーシック・ペンション児童基礎年金導入他)
3)孤育、ひとり親世帯、孤立世帯支援行政システム・体制整備拡充
4)関連NGO等民間地域ネットワーク拡充支援

3.教育制度改革
3-1 義務教育改革
1)5歳児・4歳児義務保育制導入
2)教育格差改善・解消対策、学童保育問題、いじめ・自死対策
3)新教育基本法改正、教科・教育方法改訂
4)教員支援改革
3-2 高等学校教育改革
1)高等教育改革(高校専門教育課程・専門高校多様化拡充)
2)起業・経営専門スキル、IT、AIスキル教育課程拡充
3)学生交流・交換留学等教育国際化推進
4)ベーシック・ペンション学生等基礎年金、特別供与奨学金制度による経済的支援
3-3 大学・大学院教育改革、留学・社会人教育、生涯教育基盤拡充
1)大学・大学院教育改革、大学・大学院組織改革、研究者支援システム改革
2)(無償供与)特別奨学金制度
3)留学制度拡充支援、グローバル大学育成
4)社会人キャリア開発、高度専門スキル開発教育支援、生涯学習基盤整備拡充

4.ジェンダー問題政策
4-1 ジェンダーギャップ改善政策 
1)総合的ジェンダー政策策定
2)ジェンダー多様性個別政策(LGBTQ、関連分野別)
3)公的個別課題目標値設定及び達成計画立案 、進捗・評価管理
4)民間個別課題目標値設定及び達成計画立案 、進捗・評価管理
4-2 男女雇用・労働格差対策
1)育児・介護支援制度、同休業制度拡充等労働政策改善・拡充
2)男女雇用・賃金処遇差別対策(採用、非正規雇用、正規雇用転換、同一労働同一賃金等)
3)労働基本法関連格差是正対策
4)職場ハラスメント等企業行動規範問題等対策
4-3 家族・夫婦間ジェンダーギャップ社会問題政策
1)夫婦別姓問題、同性婚問題対策・改善
2)共同親権問題、養育義務不履行問題、DV問題対策・改善
3)家庭内性別役割分業問題改善
4)その他ジェンダー問題改善(性行動、性転換他)

5.高齢化社会政策・介護政策
5-1 高齢者年金制度
1)ベーシック・ペンション導入に伴う高齢者年金制度改革:国民年金制度廃止、生活基礎年金支給、厚生年金制度改正
2)厚生年金保険制度の賦課方式から積立方式への転換
3)全給与所得者の厚生年金保険加入制度化
4)遺族年金制度改定
5-2 健康保険制度・介護保険制度改革、介護行政改革
1)後期高齢者医療保険・介護保険制度統合による高齢者医療介護制度改革
2)介護保険制度改正
3)老人施設事業運営改革
4)全給与職者の健康保険加入制へ
5-3 高齢者生活、高齢者就労支援政策
1)地域包括高齢者支援センター拡充(高齢者夫婦世帯支援、単身高齢者世帯支援、高齢者施設等入所支援)
2)高齢者生涯設計支援制度拡充(公的後見人制度、相続問題支援等)
3)健康寿命、認知症対策等支援
4)高齢者就労支援システム拡充

6.各種社会問題克服政策
6-1 貧困・格差対策
1)総合貧困・格差問題対策調査・策定(ベーシック・ペンションを基盤として追加必要政策検討)
2)個別貧困・格差問題取り組み方針・計画立案、進捗・評価管理( 同上 )
3)個別貧困・格差指標及び目標値設定、進捗・評価管理
4)生活保護制度政策、障害者福祉・児童福祉制度政策 (ベーシック・ペンションを基盤として検討)
6-2 いじめ、ハラスメント、孤立問題、自殺問題対策
1)いじめ他各種ハラスメント撲滅対策
2)孤立・引きこもり、孤独社会対策(自殺問題含む)
3)誹謗中傷対策、フェイク情報問題
4)各種人権問題
6-3 刑事・民事犯罪抑止対策
1)特殊詐欺対策
2)サイバー、インターネット犯罪対策
3)個人情報対策
4)緊急時・非常時権利制限政策、凶悪犯罪対策

新しい生活困難層、旧来からの生活困難層、どちらにも有効な対策としてのベーシック・ペンション


 また、「新しい生活困難層」の発生・拡大・増加への社会保障対策の基軸として、当サイトは、日本型ベーシックインカム、ベーシック・ペンション生活基礎年金の導入を、関連サイト http://basicpension.jp と共に提案しています。
 宮本氏が指摘している先述の 1)多様な複合的困難 2)多くの現役世代の、働く困難層化あるいはワーキングプア化 3)現役世代、高齢世代にわたる世代横断性 を特徴とする生活困難層。
 そのセーフティ・ネットとして機能するベーシック・ペンション生活基礎年金制度の導入の背景と目的として、その法律案の前文に以下の事項を挙げています。
 その多くの項目が、新しい、そして古くからもある生活困難層としての共通性を持つことと、その対策としてベーシック・ペンションが有効であることの一端をご理解いただけるのではと思います。
 そうした観点から確認いただける、投稿済み記事リンクのリストも挙げています。

(参考): ベーシック・ペンション生活基礎年金制度の背景と目的(同法前文より)

1)憲法に規定する基本的人権及び生存権等の実現
2)生活保護の運用と実態
3)少子化社会の要因としての結婚・出産・育児等における経済的不安
4)子どもの貧困と幸福度を巡る評価と課題
5)母子世帯・父子世帯の困窮支援の必要性
6)非正規労働者の増加と雇用及び経済的不安の拡大及び格差拡大
7)保育職・介護職等社会保障分野の労働条件等を要因とする慢性的人材不足
8)共働き夫婦世帯の増加と仕事と育児・介護等両立のための生活基盤への不安
9)国民年金受給高齢者の生活基盤の不安・脆弱性及び世代間年金制度問題
10)高齢単身世帯、高齢夫婦世帯、中高齢家族世帯の増加と生活基盤への不安
11)コロナウイルス禍による就労・所得機会の減少・喪失による生活基盤の脆弱化
12)自然災害被災リスクと生活基盤の脆弱化・喪失対策
13)日常における不測・不慮の事故、ケガ、失業等による就労不能、所得減少・喪失リスク
14)IT社会・AI社会進展による雇用・職業職種構造の変化と所得格差拡大と脱労働社会への対応
15)能力・適性・希望に応じた多様な生き方選択による就労・事業機会、自己実現・社会貢献機会創出と付加価値創造
16)貧富の格差をもたらす雇用・結婚・教育格差等の抑制・解消のための社会保障制度改革、所得再分配政策再考
17)世代間負担の不公平対策と全世代型社会保障制度改革の必要性
18)コロナ禍で深刻さ・必要度を増した、安心安全な生活を送るための安全弁としての経済的社会保障制度
19)基本的人権に基づく全世代型・生涯型・全国民社会保障制度としての、生活基礎年金制(ベーシック・ペンション制)導入へ
20)副次的に経済政策として機能する、社会経済システムとしてのベーシック・ペンション
21)生活基礎年金法(ベーシック・ペンション法)導入に必要な種々の課題への取り組み

憲法の基本的人権に基づくベーシック・ペンション:BP法の意義・背景を法前文から読む-1(2021/6/12)
生活保護制度を超克するベーシック・ペンション:BP法の意義・背景を法前文から読む-2(2021/6/15)
少子化対策に必須のベーシック・ペンションと地方自治体の取り組み拡充:BP法の意義・背景を法前文から読む-3(2021/6/20)
子どもの貧困解消と幸福度の向上に寄与するベーシック・ペンション児童基礎年金:BP法の意義・背景を法前文から読む-4(2021/6/22)
母子・父子世帯の貧困と子育て家庭環境の改善をもたらすベーシック・ペンション:BP法の意義・背景を法前文から読む-5(2021/6/24)
非正規雇用者2千万人の不安・不安定を解消するベーシック・ペンション:BP法の意義・背景を法前文から読む-6 (2021/7/23)

貧困政治での生活保護制度と困窮者自立支援制度の取り扱いに疑問:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』からー3(2021/9/7)

 宮本太郎氏著『貧困・介護・育児の政治 ベーシックアセットの福祉国家へ』(2021/4/9刊) を参考に、社会保障政策視点からは当サイトで、ベーシックインカムの観点からは、 http://basicpension.jp でシリーズ化して投稿を進めています。

 ベーシックペンションサイトでは、これまで以下の2回を。
ベーシックアセット提案の宮本太郎氏のベーシックインカム論-1(2021/8/20)
ベーシックアセットとは?:ベーシックアセット提案の宮本太郎氏のベーシックインカム論-2(2021/9/4)

 当サイトでは以下の2回を。
福祉資本主義の3つの政治的対立概念を考える:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』序論から(2021/9/3)
増加・拡大する「新しい生活困難層」:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』からー2 (2021/9/5)

 今回は、<第2章 貧困政治 なぜ対応できないか>を取り上げます。

第2章 <貧困政治 なぜ制度は対応できないか>から

 この章は、以下のように展開されています。


第2章の構成

1.生活保障の揺らぎと分断の構図
 ・トリクルダウンはもう起きない
 ・もはや頼れない家族とコミュニティ
 ・空転する社会保障
 ・分断の構造
 ・分断と不信の相互作用
2.貧困政治の対立軸
 ・貧困政治の選択肢
 ・新自由主義における就労義務化
 ・「第三の道」の就労支援
 ・北欧型福祉と社会的投資
 ・ベーシックインカムの台頭
 ・ ベーシックインカムの機能を決めるもの
 ・4つの選択肢と3つの立場
3.日本の貧困政治と対立軸の形成
 ・福祉政治のパターン
 ・新自由主義の出現
 ・対抗軸の形成
 ・ 中曽根改革・小泉改革と「三重構造」
 ・ ワークフェアの空回り
 ・「磁力としての新自由主義」とは何か
4.「社会保障・税一体改革」と貧困政治
 ・ 民主党政権とベーシックインカム型生活保障
 ・ 「社会保障・税一体改革」 の始まり
 ・ 民主党政権と一体改革
 ・一体改革と貧困政治
 ・一体改革と信頼醸成の困難
 ・ 自民党の生保プロジェクトチーム
 ・生活困窮者自立支援制度
 ・ 社会的投資の新しい可能性
 ・ベーシックアセットの保障へ


 これをもとに再編集して、以下本稿を進めます。


生活保障の揺らぎと分断の構図

 前回の
増加・拡大する「新しい生活困難層」:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』からー2 (2021/9/5)
で指摘されていた日本の生活保障の三重構造と新しい生活困窮者問題。
 その中での「磁力としての新自由主義」が機能しなかったことをまず指摘します。
 経済成長を優先しその果実を社会に行き渡らせ、貧困解決に貢献するという「トリクルダウン」の主張。
 それは、国内産業の海外移転により、新興国の中間層の所得増を実現したが、国内への果実はもたらさず、デフレ経済の長期化、非正規雇用の増加、労働所得の減少など反対の方向に作用してしまいます。

 もう一つは、当然視されていた家族とコミュニティの役割が少子高齢化・未婚率の高まりと単身世帯化、地方の人口減少などで機能しなくなっていること。
 その事情は、前回の記事内でも述べました。
 それを家族主義幻想、コミュニティ幻想と私は言っています。

 加えて、従来の社会保障制度への不信も増幅し、社会の分断が進んでいることを指摘します。
 具体例を上げると、「国民生活基礎調査」において2018年の相対的貧困率は15.4%で先進国中高く、その基準である所得の中央値の半分の水準である<貧困線>が、1997年の149万円から同年には127万円へと上がるどころか、下がっているのが現実です。
 生活が「大変苦しい」24.4%、「やや苦しい」33.3%、合計57.7%という厳しい結果に。
 これは、所得が上がらない現状であっても社会保険料負担が年々上がり続け、社会保険制度・社会保障制度への不公平感と不信感を高める要因ともなっています。
 貧困の政治が機能せず、前回の課題であった<新しい生活困難層>の拡大と格差の拡大がもたらした必然的な結果と言えます。

 そこでの格差は、
・相対的に安定した形で就労し社会保険制度の給付を期待できる層
・新しい生活困難層
・福祉受給層の
という三層構造を形成させ、相互の不信感を抱かせる緊張関係の高まりにより、新たな分断をもたらすことになります。
 その相互不信の要因例として、最低賃金で働く人の収入よりも生活保護受給者への支給が上回る場合があること、正規雇用と非正規雇用の賃金などの処遇差別、同一労働同一賃金制議論における正規雇用者の所得引き下げ圧力への不安・不満など、理解できる面もあります。
 一方に配慮すればもう一方にマイナスの影響を及ぼす等、三層構造間の不安・不信の自動生成システム化ともいうべき様相を呈し、そこに、後述する<税・社会保障一体改革>の自縄がからみつき、政治舞台での解決の可能性を遠ざけていると言えます。


貧困政治の選択肢としての4つの対立構図とベーシックインカム

 貧困政治を膠着化させている生活保障政策における投入資源を、<支援型サービス給付の強弱><所得保障(現金給付)による所得水準の高低>の組み合わせとしたとき、
1)新自由主義(弱低) 2)北欧型福祉(強高) 3)第三の道(強低) 4)ベーシックインカム(弱高)
の4つのいずれかが選択されると考えることができます。
 その4つの各構図の特徴については以下簡単に述べるにとどめます。

1)「新自由主義」と就労義務化
 困窮と格差の解消方法として、トリクルダウンに固執し、サービスも現金給付も抑制する。
 新しい生活困難層の福祉受給層への反発もテコにし、福祉受給層へのターゲットを定め、給付を減額するなどの「ムチ」の施策で就労を求める「ワークフェア」を進める。

2)「北欧型福祉」と社会的投資
 支援型サービスも現金給付も共に重視する。
 もともと「新しい生活困難層」や固定的な福祉(公的扶助)受給層をうまないことをめざした。
 安定就労層へ働きかけ、リカレント教育(生涯教育)と職業訓練で知識や技能をアップデートし、失業などで貧困に陥らないよう社会的投資を重視した仕組みだった。
 しかし、すでに新しい生活困窮層や固定的な福祉受給層が定着している国にこの施策を適用しようとすると、困窮層が制度をうまく利用できない「マタイ効果」現象が生じる可能性がある。
 また、一般的に北欧型福祉は「高福祉高負担」として定着・評価をみており、一気にそれをモデルとすることは困難であることも理解されている。

3)「第三の道」と就労支援
 支援型サービスを強化するが現金給付は抑制する、アングロサクソン諸国の社会民主主義勢力が採った路線。
 同諸国の社会民主主義は当初旧来の福祉国家路線でもある選別主義的福祉を進めてきたが、新しい生活困難層や安定就労層からの反発と新自由主義の台頭により、第三の道を選択した。
 アメリカ及びイギリスのブッシュ・サッチャー政権、ジョン・メージャー政権と続いた新自由主義と旧来型福祉国家双方を克服すべく選択された「第三の道」だったが、すべてをいいとこ取りすることの難しさは当然だった。
 結局、財源問題への直面やワークフェア政策の採用など、従来の問題への回帰を已む無くし、明確な成功モデルは確立できないままである。

4)「ベーシックインカム」の台頭とその背景
 「第三の道」路線が欧州の社会民主主義に広がるなか、これに対する反発もあり、支援型サービスを否定しないまでも、まずは、安定就労層、新しい生活困難層、福祉受給層すべてに、一律の現金給付を行う「ベーシックインカム」を掲げる勢力が増大した。
 その要因は、新自由主義に対抗するはずの「第三の道」の考え方が、逆に新自由主義に接近してしまったことへの反発が、「北欧型福祉」再評価に繋がる一方で、ベーシックインカムに向かわせたことにあるとされます。
 その事情と、他の3つの対立軸との関係性などについては、ベーシック・ペンションサイト http://basicpension.jp で紹介し、少し考察を加えることにします。
 

 なお、本章のこの項では、この貧困政治に関する4つの対立構図は、事例として提示されている各国の政治プロセス、政治記録が、政権の歴史に沿って詳述されていますが、ここでは、省略し、重点要素のみ引用加工しています。
 ご了承ください。

 


日本の貧困政治と対立軸の形成

 次に、上記標題の下で、前項で提示された4つの貧困政治の対立軸が、日本ではどのように成立し、実政治として行われたか、政権の推移と重ね合わせ、かつ宮本氏自ら政治に関与した経験も用いながら展開しています。
 但し、ここでもその歴史記録性は弱め、本質的・根源的な事象とその背景・要因に絞って整理することにします。

 旧来型日本型生活保障の三重構造の完成以後、中曽根・小泉政権により新自由主義的福祉改革における貧困政治としては、生活保護の給付抑制や生活扶助基準の見直しが、不正受給の排除と共に進められたのが特徴です。
 ただ、1986年段階で保護が開始された世帯類型は、高齢世帯13%、母子父子世帯18%、傷病世帯・障害世帯54%、その他世帯15%で、すでにこの段階で、生活保護受給者は、就労困難層が中心で、ワークフェアを進めるほどのことでもない状態にあり、要するにただ給付額の減額とさらなる対象者の絞り込みという、ある意味、現在にも通じる悪質性があったのです。

 一方、個人の自立・自助を打ち出した新自由主義的潮流に対して、それとは異なる福祉理念の刷新を実現する流れが、当時の厚生省、学者・研究者、全国社会福祉協議会など福祉団体のなかから起こってきたとします。
 そこで提起された「社会福祉改革の基本構想」として、「社会福祉の普遍化・一般化」、「福祉供給体制改革」、「人々の自立と連帯の支援」が掲げられたことを強調しています。

その後の生活保障・貧困政治の背景と実態


 先述した新自由主義的貧困政治では、生活保護をめぐる現実を紹介しましたが、それを含め、結局、「福祉から就労へ」というワークフェアの空回り、失政を意味します。
 それは、生活保護の加算廃止、児童扶養手当法(改悪)、元来福祉給付がなかった若者就労支援政策の失敗等で確認できました。

 しかし、こうした新自由主義的福祉策を進めさせた要因、すなわち「磁力としての新自由主義」が容認される以下の3つの土壌・構造があったことを宮本氏は指摘しています。

1)<恒常的財政危機>を喧伝し、その考え方が共有され、国民の多くに浸透した
2)<生活保障と税制への国民の強い不信>にあり、それは、①納税者への還元の弱さ ②制度不信の深さと強さ ③税の循環のみえにくさ に拠るもの
3)<社会民主主義的支援策の推進を妨げる生活保障制度自体の二重の縦割り構造>、即ち、①雇用と福祉の縦割り ②福祉制度自体の縦割り
 
 こうした指摘は、当然今日的状況をも示していることをしっかり確認し、今後の在り方を考える上で有効に活用すべきことは言うまでもありません。


「社会保障・税一体改革」の自縄自縛とミスリードが社会保障政治変革への取り組みを停止させた


 本章第2章の最後の第4節は<「社会保障・税一体改革」と貧困政治>とされています。
 この命題に手を加え、 <「社会保障・税一体改革」の自縄自縛とミスリードが社会保障政治変革への取り組みを停止させた>としました。

 この節の流れは、<民主党政権とベーシックインカム型生活保障>、<「社会保障・税一体改革」 の始まり>を起点として、以降<民主党政権と一体改革>、<一体改革と貧困政治>、<一体改革と信頼醸成の困難>、<自民党の生保プロジェクトチーム>と受け継がれ、<生活困窮者自立支援制度>と展開(転換)され、<社会的投資の新しい可能性>と結論付けられます。

 ある意味では、現在の貧困政治の抱える問題の責任は、自公政権のみならず、民主党政権にもあったことが示されているわけです。
 その根本的要因が「社会保障・税一体改革」。
 そこにあり、そこにしかない、というのが私の考えです。

 本章で各命題ごとに時の政権の政策が詳述されたように、本節でも極めて詳しく歴史が記録・記述されています。
 しかし、それらにどれほどの意味があるか。
 それらの失政が、今日にどれほど活かされているか。

 本章のタイトルは、<貧困政治 なぜ制度は対応できないか> であり、「なぜ制度は対応できないか」としており、貧困政治の貧困さを示しているわけです。
 その理由は、政治的な対立よりも、むしろすべてにおいて「社会保障・税一体改革」を共通の前提として貧困政治に対峙しているためと言えるのではと思っています。
 社会保障、生活保障ニーズが超少子化・超高齢化、単身世帯化・小世帯化、非正規雇用化等が縮小する経済、 長期化するデフレ経済、コロナ禍等で高まる中、 「社会保障・税一体改革」一辺倒は、限られたパイを世代間や格差間で取り合うゲームです。
 その取り合いの理由付けに、政治的な対立軸が使われているだけ。
 虚しく、寂しい政治が長く続いている現状です。

 宮本氏は、これまでの福祉政策、生活保障政策に関わってきた経緯からも、 「社会保障・税一体改革」を失敗政策とは絶対に認めないでしょう。
 しかし、あくまでもそれにこだわるならば、所得の再分配改革を思い切ったレベルで行うことが絶対不可欠です。
 そして、そのためには、「貧困政治」や「社会保障・社会福祉政治」という個別政治領域課題にとどまらず、根本的な社会経済システム、国家財政システムの変革と直結する「所得の再分配」政治改革に踏み出し、踏み入れる必要があるのです。
 その方法・方策の必要性を掲げるか、その内容を提案するか。
 それが、本節最後の<ベーシックアセットの保障へ>で、可能ならば、それでよしとすることができるのですが、果たして・・・。

 その内容は、<社会的投資の新しい可能性>及び先述した<ベーシックインカムの台頭>とセットにして、別サイト http://basicpension.jp に引き継いで取り上げ、考察・評価することにします。

生活困窮者自立支援法をめぐる見解と今後の貧困政治への懸念


 2015年4月に施行された「生活困窮者自立支援法」。
 この法律の元となったのは、社会保障審議会に、2012年4月に設置された、宮本氏が部会長を務めた「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会」が翌13年1月にとりまとめた報告書だったとのことです。

 実際に同法を読むと、その<基本理念>
1.生活困窮者に対する自立の支援は、生活困窮者の尊厳の保持を図りつつ、生活困窮者の就労の状況、心身の状況、地域社会からの孤立の状況その他の状況に応じて、包括的かつ早期に行われなければならない。
2 生活困窮者に対する自立の支援は、地域における福祉、就労、教育、住宅その他の生活困窮者に対する支援に関する業務を行う関係機関
(以下単に「関係機関」という。)及び民間団体との緊密な連携その他必要な支援体制の整備に配慮して行われなければならない。
とあります。

 そしてそこでは「生活困窮者自立相談支援事業」、「認定生活困窮者就労訓練事業」、「生活困窮者住居確保給付金」、「生活困窮者就労準備支援事業」、「生活困窮者家計改善支援事業」、「生活困窮者一時生活支援事業」、「子どもの学習・生活支援事業」などの事業を自治体が担うことを規定しています。

 宮本氏は、この法律の主な特徴は以下の3点としています。
1)新しい生活困難層を支援対象とする
2)福祉制度自体の縦割りと福祉と雇用や住宅の分断という自治体の二重の縦割りを克服した包括的支援を包括する
3)やみくもに一般的就労を求めず、中間的就労も設定する

 加えて、こう断り書きをしています。

 誤解のないように予め強調しておけば生活保護費の削減とこの制度は連動しているのではなく、むしろ逆方向を向いている。
 本制度は、保護受給者の就労を強要するワークフェアではない。
 保護を受けていない「新しい生活困窮者層」を主な対象として、多様な支援を行う仕組みである。
 必要な場合は生活保護につなぐこともこの制度の役割である


 敢えてある意味自己弁護をしているかのように聞こえてしまうのですが、このことから私がこの制度から感じるのは
1)従来の福祉受給者問題の改善には到底至らないこと。とりわけ、生活保護制度の改悪と本法との関連性が曖昧であり、生活保障制度全体体系を複雑にすること
2)運用管理を自治体の責任としていることで、財源や人的資源等において、自治体単位ごとの違いが大きく生じること
3)軸をワークフェアとしていることが明白だが、敢えて広範に適用可能な領域に設定することで、対象者が不明確になり、適用案件と件数にバラツキが生じ、実際の適用に結びつかない可能性があること
4)支援を受ける対象者及び受けることを希望する住民にとって、決して分かりやすい、利用する上でのバリアが低く感じられるものではないこと
5)生活保護受給の橋渡し機能を担うことは、現実の生活保護制度の運用管理上問題となっている種々の要素を考えると、とても期待できるとは思えないこと
などです。



生活保護制度の貧困政治課題での取り扱いレベルの問題


 上記の最後の指摘については、保護受給要件を満たしながら、ミーンズテストやスティグマなどの問題から、実際には受給しない人の捕捉率の低さの問題を想定しています。
 これは、自助を前面に押し出す政策を旨とする新自由主義自民党政権下、種々理由をつけて支給額の削減を進めてきていることへの最大限の反対の意思表示と問題の改善・解決策の提案を、政策に関与する学者・研究者は行うべきと考える所以でもあります。

 新しい生活困難層への新しい政策の枠組みが、生活困窮者支援法。
 その成果・効果については、制度施行から既に6年経過しているのですが、さほど話題になったことがないという印象・感覚があります。
 むしろ、ベーシックインカム導入論者の意見に、必ず生活保護制度に関する問題提起が行われ続けていることを考えると、「新しい生活困窮者」という捉え方、概念そのものが、現実の貧困や格差問題の指摘の多さ・大きさに比して浸透していないことを問題とすべきと考えるのです。

社会的投資の新しい可能性とベーシックアセット提案へ


 そうした基本的に偏った考察を続け、生活保護制度に関する問題はそこそこに、新しい生活困窮層に対しての政治として、社会的投資の提案とその可能性をアピールした上で、ベーシックアセットの提案に進みます。

  社会的投資とは、このように人々の力を引き出し高めながら社会参加を広げていく福祉のかたち
(参考)
福祉資本主義の3つの政治的対立概念を考える:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』序論から(2021/9/3)

 <投資>ですから、アセットであり、ベーシックアセットの構成要素の一つに組み入れられることになるわけです。
 もちろん「生活困窮者自立支援法」は自治体が運用主体。
 そのため社会的投資も地域密着型のものとなります。
 その特徴は
1)サービス給付面では、包括的相談支援
2)支援でつなぐ先は、オーダーメード型の雇用と、一次産業を含めた兼業や副業、地域の居場所の確保等で
3)方法は、多様な働き方による低所得を補う補完型所得保障

にあるとしています。

 こうした仕組みが、ベーシックアセットの要素になっていくのですが、その関係性と展開についての確認は、繰り返しになりますが、当記事を引き継ぐ形で、次回関係サイト http://basicpension.jp で行うことにします。

 当サイトでの次回のテーマは、<第3章 介護政治 その達成と新たな試練>になります。

利用者視点での介護保険制度評価が欠落した介護政治論:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』からー4(2021/9/9)

 宮本太郎氏著『貧困・介護・育児の政治 ベーシックアセットの福祉国家へ』(2021/4/9刊) を参考に、社会保障政策視点からは当サイトで、ベーシックインカムの観点からは、 http://basicpension.jp でシリーズ化して投稿を進めています。

 ベーシックペンションサイトでは、これまで以下の3回を。
ベーシックアセット提案の宮本太郎氏のベーシックインカム論-1(2021/8/20)
ベーシックアセットとは?:ベーシックアセット提案の宮本太郎氏のベーシックインカム論-2(2021/9/4)
貧困政治とベーシックインカム、ベーシックアセット:ベーシックアセット提案の宮本太郎氏のベーシックインカム論-3 (2021/9/7)

 当サイトでは以下の3回を。
福祉資本主義の3つの政治的対立概念を考える:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』序論から(2021/9/3)
増加・拡大する「新しい生活困難層」:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』からー2(2021/9/5)
貧困政治での生活保護制度と困窮者自立支援制度の取り扱いに疑問:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』からー3(2021/9/7)

 今回は、<第3章 介護政治 その達成と新たな試練>を取り上げます。

第3章 <介護政治 その達成と新たな試練 >から

第3章の構成

1.介護保険制度という刷新
 ・措置制度からの刷新
 ・準市場という新たな舞台
2.分権多元型・市場志向型・家族主義型
 ・新たな対立構図
 ・市場メカニズムの組み込み方
 ・専門家関与と利用者支援
3.制度の現状をどう評価するか
 ・供給主体の営利企業化
 ・法人格だけで判断できない背景
 ・財源の制約と自己負担の増大
 ・市場化のなかのケアマネジメント
 ・生活困窮層増大のなかの市場志向と家族主義
4.介護保険の形成をめぐる政治
 ・介護保険制度の理念形成
 ・政治の流動化と自社さ福祉プロジェクト
 ・市民運動と介護保険法の成立
5.介護保険の実施をめぐる政治
 ・「磁力としての新自由主義」の圧力
 ・介護予防の理念と実際
 ・地域包括ケアシステム
 ・次のステージへ

介護保険制度策定自賛とその陥穽

 介護保険制度が導入される前の高齢者福祉は、措置制度、すなわち、現金給付であれサービス給付であれ、社会保障の給付が行政の職務権限によって行われることである。
(略)
 行政側の解釈では、福祉の措置は受給者の権利に基づくものではなく、あくまでも行政の判断で行われる行政処分であった。


 この措置制度から介護保険制度への転換は、まさに「改革」と呼ぶにふさわしい福祉制度の転換の代表、一つと評価されることは、ある意味妥当と思います。
 しかし、2000年の介護保険制度施行以来、今日に至るまでに多くの問題が噴出し、毎年議論が継続されている現実があります。
 その問題のごく一部は、第3節の<制度の現状をどう評価するか>で示されていますが、非常に物足りず、問題の多い章になってしまっている印象を強くしています。

 介護制度及び介護保険制度に関しては、現在、特養入所中で、来月10月100歳を迎える義母との関係から、6年前からそれなりの体験をしてきており、当事者としての意見・感想を持っており、本章はより関心をもって読みました。



介護保険制度が持つ3つの対立構図と成立プロセス

 措置制度からの転換の意義についてはそれなりに理解できますが、基本的に準市場化すなわち民間事業者への事業開放政策、リベラル派の一表現を借りると、介護サービスの商品化に集約することができるでしょう。
 宮本氏はそれを、介護サービスの準市場化と表現しているわけです。
 これは保育サービスに関しても同様です。
 そしてこれも繰り返しになりますが、本来それは、行政・会社・家族の当初の福祉の三重構造からの転換を意味するものでしたが、従来からの介護は家族の仕事、という側面は、新しい介護保険制度で、果たして払拭できたのかどうか。
 しかし、措置制度からの転換を標榜した介護保険制度は、単純に家族の介護からの開放は組み入れていなかったことは、それ以後の実態や制度改正(改悪)が示しています。

 準市場導入の背景にあるのは、福祉はより分権的で多元的でなければならない。
 人々が元気になるためには、当事者の意向も反映させながら、多様なサービスの、様々な組み合わせが提供される必要があるから。
 このような立場を「分権多元型」の福祉と呼びたい。
 かつて集権的な発想が強かった社会民主主義は、近年は民主主義の高度化のためにも、より分権多元的仕組みを志向するようになっている。


 こう言うのですが、その考え方そのものに上から目線的な姿勢を私は感じています。
 言うならば知識派の独善であると。
 
 介護市場において民間からの事業参入を促進し、競争を促すことで介護サービスの質を高め、一部の介護保険適用サービス以外のサービスについては、価格と質の競争を促す。
 ケアマネジャー制を導入し、利用者が自分の意志でサービスの選択を行う。

 言うのは簡単ですが、介護保険制度の性質上、ほとんどが公定価格であり、介護度の認定基準もある意味厳格に設定されていれば、一定の経営の安定性を維持できますが、サービスレベルと介護職必要人材を高めていくことはそう簡単なことではありません。
 結局同氏も言うように、市場志向性は、むしろ参入のハードルを下げて新規参入を促す作用に働きました。
 しかしそれは、コロナ禍に入る以前から、小規模零細小規模事業者の廃業・倒産件数の増加となって問題が顕在化していました。
 そして、本来、介護保険制度は、介護の社会化を実現し、家族の介護からの開放を実現するものであり得たのですが、以後の制度改革は、むしろ家族介護をより強く求める方向に逆戻りしています。
 また、仕事と介護の両立問題も、一部の大企業レベルを除けば、介護休業関連法制が拡充されながらも、相変わらず多い介護離職で改善が見られない状況です。

 分権多元型・市場志向型・家族主義型。
 これを同氏は準市場化による新たな対立構図としていますが、とりわけ対立するものというわけではなく、渾然一体化している状態というだけではないでしょうか。

介護保険制度の現状評価と欠落する問題認識


 むしろ問題なのは、制度が形成・導入されるまでの経緯、プロセス、当初の理念云々ではなく、導入後の制度の変化、理念の変化、問題自体の多元複合化であり、問題の長期化・固定化にあると考えます。
 一応、宮本氏が認識する、刷新された制度導入後に生起した「新たな試練」とはどういうものか。
 そのポイントを以下に取り上げてみました。


営利事業所数の増加と小規模事業者の経営難、ケアマネジャー職務の硬直化・変質


 2000年介護保険制度施行時には社会福祉法人・医療法人等非営利組織が多数を占めていました。
 それが、居宅サービス事業の中の訪問介護事業では、営利法人は30.3%だったものが2017年には66.2%に。
 通所介護事業は、4.5%が48.5%と大幅に増加しています。
 またケアマネジャーが在籍する居宅介護支援事業所も、営利法人が、社会福祉法人と医療法人の合計数を上回り、2万箇所超に急増。
 自社グループのサービス事業所のプランを優先的に組み込むようになっていることを示しています。
 一種の顧客の囲い込みで、当然そうなることも見通せたはずで、ケアマネジャーの公平性・公正性が機能せず、結果的に利用者にとって不要なサービスや高額なサービスを受けさせられるリスクが生じるなどの問題に繋がっています。

 こうした傾向は当然介護保険制度の主旨から予想されたことです。
 しかし宮本氏は、その傾向が、事業所の大規模化・集中化には至っていないことや従来型の組織形態も創造的な福祉経営に努めていること、小規模ながらも地域密着した事業所の存在等を挙げ、先に示した<分権多元型福祉>も形成されつつあることを示します。
 しかし、小規模事業所は、介護職員の処遇や採用面で苦戦しており、コロナ禍の影響もあって、厳しい経営を余儀なくされ、毎年廃業や倒産に追い込まれている例も減りません。
 すなわち民間企業の営利事業化政策は、理想とする姿が未だ描ききれず、存続はしていても多くの問題を抱えているのです。


税・社会保障一体改革と財源を盾にした給付サービス削減と自己負担の増大

 また、これも制度導入前から人口グラフを見れば分かっていたはずのことですが、給付サービス利用者数の急増、それによる介護給付の膨大な増加、保険料負担者の拡大、保険料の引き上げ、利用者の個人負担分の増額など、制度改悪というべき政治がほぼ毎年行われるに至るわけです。

 そして費用や保険料の負担の増大が継続されることに加えて、家族が介護に縛られる度合いが増しているという日常生活での介護負担の増大も、介護保険制度の改悪とコロナ禍における事業所事業の休業などの制約や廃業等に伴って見られるようになっていることも確認しておきたいと思います。

 いずれにしても、この節の課題が、<制度の現状をどう評価するか>とされているのですが、その内容は、
・供給主体の営利企業化 ・法人格だけで判断できない背景 ・財源の制約と自己負担の増大 ・市場化のなかのケアマネジメント ・生活困窮層増大のなかの市場志向と家族主義
という範囲でとどまっています。
 そして、介護を必要とする本人・家族・世帯とその生活の視点や、介護の現場を預かる介護職の人々との関係での制度問題、介護政治を評価・判断する姿勢が、ここでは見られないことが非常に気になります。
 いうならば、介護保険制度の管理主体である内閣及び厚労省行政と、その制度を実質的に運用・運営する供給主体からの問題認識にほぼとどまっているのです。
 利用者サイドからみた制度、介護給付サービスを直接提供する介護職サイドからみた制度、それぞれの評価と問題点が先にあるべきなのですが。
 
 宮本氏の介護政治とは、介護保険制度の立法化とその改定、立法化された制度の運営と管理を意味する行政業務のみを対象とするのでしょうか。
 本来、その制度を利用する市民・国民と、その制度に従って介護の仕事に従事する介護職員の声・評価と、介護をめぐる生活と仕事などの問題こそ、制度をより望ましいものにしていくために絶対不可欠な課題のはずです。


 

介護政治に不可欠な、利用者視点からの問題と介護現場をめぐる課題:宮本氏介護政治批判


 こうした視点の課題としては、もう日常用語化・時事用語化している、老老介護、認認介護、介護離職、介護殺人、ヤングケアラー、8050問題、仕事と介護の両立などがまず思い浮かびます。
 介護の現場に関しては、介護人材不足、低賃金と労働条件・労働環境問題、高い離職率、高い介護職の有効求人倍率、介護職員に拠る事故・事件、介護家族と介護職員とのトラブルなどもすぐに思いつきます。

 なぜか、本書では、そうした本質的に介護政治の対象であるはずの問題について、ほとんど触れられていないに等しいのです。
 社会民主主義的立場からの本書の執筆であり、従来の社会民主主義的政策を乗り超えるための、また乗り超えることができるとするベーシックアセットを提起することを目的としていたはずです。
 それが、刷新と評価した介護保険制度の誕生までの、いわゆる紆余曲折、与野党間や連立政権下の軋轢・抗争、そこに関係する政府設置の各種会議メンバーとして関与した宮本氏を含む学者・研究者の努力などのレポートの印象を強くしたものになっているのです。


 

宮本氏が向かう「次のステージ」は、ベーシックアセット?


 種々批判的に見てきましたが、宮本氏の介護政治の今後についての総括を、最後に設定された<次のステージへ>と題した項で以下要約します。

 準市場としての介護保険の在り方を決めるポイントは、①サービスの供給主体 ②公的財源の規模と制度への組み込み方 ③利用者支援と専門家の関与 の3点であり、そのいずれでも、市場志向型の傾向が強くなってきている。
 介護保険制度成立以降の政治過程では、介護予防や地域包括ケアシステムなど、分権多元型福祉と通じる考え方が現れてきた。
 しかし、その政策が実現されていく実態としては、介護給付の抑制につながってきた。

 介護政治における制度の現況とこれらの政治過程を振り返ると、経済的自由主義が覇権を握っているという解釈ができないこともない。
 が、第一に、介護の社会化、介護予防、地域包括ケアシステムなどの理念が実現できないでいる、あるいは様々な制約から本来の理念から逸れていることは、新自由主義的な施策が自在に跋扈しているということではない。
(略)
 日本の福祉政治は、政治過程における諸勢力の対抗は、旗幟を鮮明にしないままであることが多く争点が見えにくいが、分権多元型施策がいかなる制約で前途を阻まれたかを具体的にみることで、再びその道を拓いていく多くの手がかりが得られる。

 第二に、制度の現況は、市場志向型の傾向が強くなってはいるもののの、決して経済的自由主義が席巻しているわけでもない。
 (略)
 皮肉なことに財源の制約もあって、決して営利企業が「荒稼ぎ」できるものとはなっておらず、行政も少なくとも現状では、そのようなかたちで市場原理主義が定着することを容認していない。
 結果的に人件費が抑制され、介護労働者の確保が困難になり、営利企業の経営もまた制約されている。

他方営利であっても、地域に密着した創造的な経営で質の高いサービスを提供する事業所も現れている。
ただし、制度の現状では事業者の努力だけではサービスの質を高めることには限界があり、このような状況が続けば、制度の持続可能性は低くなり、制度の外部においてより「純粋」な介護ビジネスが広がっていくこともあり得よう。

 高齢化のさらなる進展のなか、多くの市民はますます介護問題には無関心ではいられなくなっている。
 新たなビジョンを得て市民の参加が広がり、介護保険が準市場としての本来の機能を取り戻すことができるか。
 ベーシックアセットの福祉国家に向かう一つの可能性がここにある。

 いかがでしょうか。
 なにか自信がなく、どこか責任意識も欠け、他人事のような、先行き不透明な見解で終わっている感があります。
 介護が準市場化により、一度は理念とする形が実現したことがあるわけではないでしょうが、本来の機能を取り戻すことが可能かどうか、といいます。
 本当の本来は、準市場化を目指したことが適切ではなかったのかもしれない。
 そういう疑問はないようです。
 また制度の持続性への不安を述べるなら、制度の根本的な改革案を検討すべきと思うのですが、そこへも気が回らないようです。
 結局頼りは、市民の参加とその広がりに期待するかのようですが、それとても、新たなビジョンあってのことで、その新たなビジョンに果たしてベーシックアセットがなり得るか。
 どうもここまでの内容からは、私には期待できません。

 私は、政治を変え、介護政治を根本的に変えることで、社会保障制度、介護保険制度、そして介護行政を変革する道を追究すべきと考えています。
 そしてその基軸とするのが、日本独自のベーシックインカム、ベーシック・ペンション生活基礎年金制度の導入であり、これを起点にして、介護政治・介護行政を変えるのです。

今年10月100歳の義母の介護体験から感じる介護制度


 義母の2014年の骨折・入院手術をきっかけに、要介護1の認定と翌年のサ高住への入所、以降要支援1への変更、要介護1への再認定を経て、2019年の二度目の骨折での要介護4への認定変更、そして昨年5月特養への転所。

 こうした一種の家族介護経験を通して、介護に関する新書などそれなりに読み、入所申し込みから契約他事務手続き、当人・家族とのコミュニケーション、介護施設の方々とのコミュニケーション、遡ると、手術入院先の急性期病院から、リハビリのための回復期病院への転院時に利用した地域包括支援センター(地域包括ケア)の経験などを重ねてきています。

 この中の特養への転所に絡む経験については、以下の記事があり、その中で種々介護制度について触れていますので、関心をお持ち頂けましたらご覧ください。


98歳の義母が、サ高住から特養に移りました(2020/5/2)
要介護1から要介護4への区分変更で5年間生活のサ高住退所へ:98歳義母介護体験記・第2フェーズ-1 (2020/7/6)
特養入所決定後のサ高住生活状況と退所まで:98歳義母介護体験記・第2フェーズ-2 (2020/7/7)
5年間のサ高住生活総括:98歳義母介護体験記・第2フェーズ-3 (2020/7/8)
特養入所決定から入所まで:98歳義母介護体験記・第2フェーズ-4 (2020/79)
コロナ禍における特養入所生活3カ月の状況:98歳義母介護体験記・第2フェーズ-5 (2020/7/10)
特養・サ高住必要費用比較:98歳義母介護体験記・第2フェーズ-6 (2020/7/11)
サ高住・特養利用体験から考える介護システム:98歳義母介護体験記・第2フェーズ-7(2020/7/12)



 これらのある意味多面的な経験と自分なりの考察をもとに、介護行政と介護政治に関して、当サイト等で相当数の記事を書いてきています。

(参考例)
自立・人権・尊厳、労働生産性:介護行政システム改革の視点-1 (2020/5/12)
介護士不足、介護離職、重い家族負担、中小介護事業倒産:介護行政システム改革の視点-2 (2020/5/14)
介護の本質を冷静に考え、世代継承可能な制度改革へ:介護行政システム改革の視点-3 (2020/5/27)


 本稿もその延長線上にあるわけですが、その全体のまとめという位置付けでは、2050年に向けての社会政策長期ビジョンと長期計画をまとめた以下の記事がありますので、チェック頂ければと思います。
社会政策 2050年長期ビジョン及び短中長期重点戦略課題(2021/8/3)

(参考):「社会政策 長期ビジョン及び短中長期重点戦略課題」5.高齢化社会政策・介護政策

5-1 高齢者年金制度
1)ベーシック・ペンション導入に伴う高齢者年金制度改革:国民年金制度廃止、生活基礎年金支給、厚生年金制度改正
2)厚生年金保険制度の賦課方式から積立方式への転換
3)全給与所得者の厚生年金保険加入制度化
4)遺族年金制度改定(2031年~)
5-2 健康保険制度・介護保険制度改革、介護行政改革
1)後期高齢者医療保険・介護保険制度統合による高齢者医療介護制度改革
2)介護保険制度改正
3)老人施設事業運営改革
4)全給与職者の健康保険加入制へ
5-3 高齢者生活、高齢者就労支援政策
1)地域包括高齢者支援センター拡充(高齢者夫婦世帯支援、単身高齢者世帯支援、高齢者施設等入所支援)
2)高齢者生涯設計支援制度拡充(公的後見人制度、相続問題支援等)
3)健康寿命、認知症対策等支援
4)高齢者就労支援システム拡充


 なお当然ですが、今後上記5-2の1)及び2)<介護保険制度改正>、3)老人施設事業運営改革 に関する具体的な提案も行う予定です。

政治的対立軸を超克した育児・保育政治を(2021/9/11)

5.第4章 <育児政治 待機児童対策を超えて>から

第4章の構成

1.家族問題の三領域
 ・人口問題をめぐるスウェーデンと日本
 ・少子化対策と3つの政治的立場
 ・女性就労の増大と雇用の劣化
 ・経済的自由主義の主導性
 ・「新しい不平等」
 ・子どもの貧困とマタイ効果
2.家族政策の類型
 ・3つの家族政策類型
 ・3類型の中の変化
 ・準市場化の評価
3.児童手当をめぐる政治
 ・日本型生活保障に埋め込まれた児童手当
 ・乳幼児手当をめぐる対抗
 ・児童手当の争点化と民主党
 ・民主党政権と子ども手当
4.保育サービスをめぐる政治
 ・介護と保育の準市場化
 ・市場志向型への接近
 ・民主党政権における制度改革
 ・業界団体の動向と三党合意
 ・こども・子育て支援制度の現在
 ・保育無償化と「マタイ効果」
 ・保育サービスと児童手当の連携


「育児政治は家族問題をめぐる政治」は、貧困と格差の拡大を放置した


 育児政治は、家族をめぐる政治である。
 今日における主な家族問題とは
1)人口減少問題
2)女性の就労と育児支援
3)世帯間の格差と貧困問題

の3つであり、相互に絡まり合っているとする著者。
 この問題領域は、かつては私的な問題圏とされがちだった家族問題を政治視点に引き上げていると言います。
 この表現には違和感があります。
 私的な問題が政治的な問題になるのは当然のことと思うのですが。
 特に育児の問題は、必然的に「保育」と直結するのですから、本来社会保障や教育と繋がっている極めて公的なものです。
 従って、家族をめぐる政治という断定自体が、論述の開始から適切ではないのでは、と、前章の介護政治論で感じた不安・不満と同様な予感がしてしまいます。

 例によって、育児政治についても問題とされた課題の経緯を、ここでも、社会民主主義・経済的自由主義・保守主義の3類型を用いて政治化プロセスとして追っています。
 冒頭は、スウェーデンとの比較を交えてのものですが、ここでは日本の問題だけを抽出することにします。

1970年代の出生率抑制、女性就業率下降政策

・日本における生活保障の形成は、出生率抑制が目指され、女性の就業率が下降するプロセス
(この指摘は、現状を考えるとある意味信じられないことですが、1970年代はそうであった。)
・1974年の人口問題審議会での出生抑制議論、同年第1回日本人口会議での「”子供は二人まで”という国民的合意を得るよう努力すべき」宣言
・男性稼ぎ主、専業主婦、子ども二人を「標準世帯」とする、守るべき家族像を形成

1989年の合計特殊出生率、1.57ショックと人口減少問題の顕在化

・団塊の世代、団塊世代ジュニアの後の1990年代半ばの、人口増の第三の山は現れず。
・この時期の「三重構造」のゆらぎ、雇用の不安定化が一気に進行するなどの社会経済的背景のなか、政府が逆方向にハンドルを切りきれず、出生率低下、「少子高齢化」が問題となってきた。

経済的自由主義主導の女性就労の増大と、新しい不平等と子どもの貧困問題

 家族問題の2番目の課題領域とする女性の就労促進。
 それは当然、育児と仕事の両立問題、そのための政治行政の必要性に至ります。
 そこでは、単純に就労率・就業率の向上が評価されるのではなく、それに伴って拡大した非正規雇用の増大、夫婦共非正規雇用、非正規雇用の不安定性と低賃金など、負の社会経済の拡大を招いてしまいました。
 政治寄り、行政寄りにみれば成功とされても、現実的には、貧困と格差の拡大。
 それが育児・保育の政治課題に当然加えられることになり、新しい生活困窮者層として確認したように、新しい不平等と子どもの貧困をももたらしています。

 いうならば、私的であることを都合よく利用してきた家族をめぐる政治の脆弱性が、今日の育児・保育政治の停滞・堂々巡りを放置してきたと言えます。

少子化社会対策批判

 前節での人口減少問題は、育児政治領域では、「少子化問題」と位置付けられることになります。
 そして<少子化対応と3つの政治的立場>という括りで、これまでの政治としての動きをなぞっていますが、そこは省略します。
 その理由は、当サイトでの記事の中で比較的多いのが保育問題であり、中でも政府の少子化社会対策に対しての批判を多く投稿してきているからです。
 その批判の題材は「少子化社会対策大綱」及び「少子化社会対策白書」。
 それらの批判集の一部を以下に取り上げました。
 ご関心をお持ち頂ければ、チェックして頂ければと思います。


◆ 出生率1.36、出生数90万人割れ、総人口減少率最大:少子化社会対策大綱は効き目なし(2020/6/11)
◆ 「2020年少子化社会対策大綱」批判-1:批判の後に向けて(2020/6/18)
◆ 「少子化社会対策大綱」批判-2:少子化社会対策基本法が無効施策の根源(2020/6/25)
◆ 「少子化社会対策大綱」批判-3:少子化の真因と究極の少子化対策BI(2020/7/13)
◆ 「少子化社会対策大綱」批判-4:安心して子どもを持つことができるBI、児童基礎年金支給を早期に(2020/7/28)
◆ 「令和2年少子化社会対策白書」と86万ショックと出生率1.36の現実(2020/8/17)
◆ 少子化社会対策と少子化担当相を糾弾する(2020/8/18)
子どもを持たない理由、子どもを持てない理由:少子化社会対策白書から (2020/8/28)

3つの家族類型と家族政策

 まず3つの家族類型政策の特徴をそれぞれ箇条書しました。

1)一般家族支援型家族政策の特徴

・男性稼ぎ主を中心とした家族を支援する保守主義的
・GDP比でみた家族政策支出が大きい
・多くは、保育幼児教育サービスへの支出の割合は低く、児童手当などの家族手当の比重が高く、女性を家庭に引き止める効果が強い
・児童手当に所得制限がある場合、女性の就労を抑制する場合がある
・サービス給付については、母親が家庭を主な生活の場にしていることを前提とした設計に
・育児休業は長期にわたるところが多いが、所得保障については一部を除き給付期間が短く、所得代替率が低い傾向
・人口減少問題に強く反応し、女性労働力は一般に低めに
・オーストリア、ベルギー、フランス、ドイツにモデルがみられる


2)両性就労支援型家族政策の特徴

・両性が共に就労できる条件を整備することをめざす社会民主主義的
・家族政策支出が大きい
・保育幼児教育のサービス給付の比重が高い
・保育サービスは、母親の無償のケアを代替する性格が強い
・3歳前と後の児童ケアを積極的に連携させ、就学前教育として、社会的投資と位置づけることもある
・育児休業は、母親が仕事に戻ることを前提に、1年前後までが多く、所得保障の代替率は高い
・女性の就労と格差・貧困問題に強く反応してきた
・子どもの貧困率はもっとも抑制され、女性の就労率は総じて高い
・デンマーク、スウェーデン、ノルウェー等北欧諸国にモデルが見られる


3)市場志向型家族政策の特徴

・社会民主主義政党も保守主義政党も強い影響力を発揮し得なかった帰結として
・家族福祉向けの支出は、現金給付、サービス給付共に小さい
・子育て世帯に対する給付付き税額控除が大きな役割を果たしている
・給付対象を低所得層に限定し、勤労所得によって手取り収入が減少しないようにして、子育て世帯の就労意欲を維持することを重視
・経済成長の観点から女性の就労拡大を優先課題とする傾向
・一部を除き、子どもの貧困率が高い
・アメリカ、カナダ、スイスにモデルが見られる


4)3類型の接近傾向と日本の家族政策の特徴

 以上の3類型化とそれらに属する国家群は、スウェーデンの社会学者ヴォルター・コルピに拠るが、近年、一般家族支援型が両性就労支援型へ、保守主義的一般家族支援型から社会民主主義的両性就労支援型へ、両性就労支援型内での両性の子育てケア重視化など、社会経済的環境の変化を踏まえて、種々の変化が起きていることを、宮本氏は例を上げて説明しています。

 こうした変化は、ある意味必然的なものであり、日本の家族政策が、介護や貧困の政治同様、政府・企業・家族の三重構造を起点としつつ、上記の3類型全体を意識しつつ、多様な政策的要素を反映させて、変化を遂げてきていることが確認できるでしょう。
 そして現在、育児・保育をめぐる課題は、コロナ前にすでに大きな問題となっている少子化、保活・待機児童・学童保育問題、子どもの貧困、世帯間格差による保育・教育格差など、3つの類型に横断的に存在しており、子ども庁の設置が課題となっていることで、その政治の歴史を振り返ることの意味・意義自体に、私は疑問を感じています。

 ひとことでその状態を表現するならば、育児・保育政治と行政が機能していないということです。
 果たして、本書・本章がその状況を変えるヒントを提起し、そのきっかけとなり得るでしょうか。

児童手当の政治化の偏重と低意識


 家族政策をめぐる3類型に基づく諸問題の確認を行った前項に続き、そのうちの一つの政治課題となってきた児童手当にしぼった政治の歴史を辿っています。

 1971年の児童手当法に基づく、第3子から5歳になるまでを対象に毎月3千円という小さな規模での児童手当。
 これが現在の一人1万5千円、1万円レベルの児童手当になるまで、幾度かの変遷、法改定が行われてきています。
(参考)⇒ ・児童手当法 ・児童扶養手当法

 その記述部分の紹介はここでは省略します。
 児童手当について、率直な感想を述べるとすると、1971年時点から、ほとんど変化がない金額・状態に留まっていることの異常さ、というか、政治の心のなさ、というか、政治に携わる政治家・政党・政権の子どもと社会を見る目のなさ、将来を考える責任感の欠落等、情けなくて力が入りません。

 全世代型社会保障制度とか、税・社会保険一体化とか、もっともらしいことを言っているつもりでしょうが、これからの望ましい社会を考える上の起点・条件の一つは、間違いなく、安心して子どもを産み、育てることができる社会を作ること、そのために必要かつ有効な育児・保育政治及び行政を行い、法律を整備し、運用管理することです。

ベーシック・ペンション児童基礎年金で、児童手当政治行政は不要に


 その中でも実は非常に大きな意味・意義を持つのが児童手当。
 当サイトが提案する日本独自のベーシックインカム、ベーシック・ペンション生活基礎年金は、すべての国民に生涯、無条件で平等に、専用デジタル通貨を支給するもの。
 学齢15歳以下のすべての児童・子どもには、児童基礎年金として毎月8万円、学齢18歳以下の学生・就労者等へは学生等基礎年金として毎月10万円支給することを提案しています。
 いうならば、従来の児童手当及び児童扶養手当が、ベーシック・ペンションとして改定・増額されるのです。

 これでもう、児童手当の政治イシュー化にピリオドが打たれることになり、同法は廃止され、児童手当関連行政は不要になり、その行政コストがゼロになるわけです。

 

保育サービスをめぐる政治、その利用者視点と現場視点

当第4章の最後は、<保育サービスをめぐる政治>と題した節で、以下の構成になっています。

1)介護と保育の準市場化
2)市場志向型への接近
3)民主党政権における制度改革
4)業界3団体の動向と3党合意
5)子ども・子育て支援新制度の現在
 ①保育サービス供給
 ②供給主体と営利法人
 ③保育士処遇改善の停滞
 ④困難なサービス選択と保育の質

6)保育無償化と「マタイ効果」
7)保育サービスと児童手当の連携



 この内容から考える視点を、
1)介護と同様に進められた保育事業の準市場化、言い換えると保育の社会化もしくは保育サービスの商品化、直截的には、保育事業および保育施設に関する課題と、保育事業の民営化にまつわる種々の問題の発生と今後必要な対策が一つ
2)ついで、保育士の確保、育成、処遇などの問題対策
3)そして、利用者サイドの、育児・子育て上の様々な問題・課題への対策
4)そして最後にそれらに対する政治と行政の在り方
としてみました。

 この区分ごとに政治問題・課題等を私なりに整理すると、以下を挙げることができると思います。

1)保育施設数、認可保育所・認可外保育所、営利事業上の課題、保育の質問題等
2)保育士の賃金処遇・労働環境、保育士人材不足対応・潜在保育士対策、キャリアプログラム・人材育成等
3)保活問題、待機児童問題、学童保育問題、地域子育て包括ケア(相談)対策、育児と仕事の両立問題等
4)保育無償化に伴う課題、幼保統一課題、施設新設許認可問題、少子化社会対策、育児支援制度、ひとり親世帯支援、子どもの貧困問題、児童手当制度、子ども庁創設問題等

待機児童対策を超えた後の課題とは


 この第4章のテーマのサブタイトルには、「待機児童対策を超えて」とあります。
 待機児童問題は、恐らく筆者にとっては、施設数と施設運営上の課題と捉え、それを解決すれば、育児政治の最重要課題を改善・克服することになるという認識なのでしょうか。
 しかし、それは、育児政治・行政上のほんの一握りの課題にしか過ぎません。

 先に投稿済みの2050年に向けての「社会政策 長期ビジョン及び短中長期重点戦略課題」の <2.保育政策・子育て支援政策、少子化対策・こども貧困対策 >において、以下の事項を政策課題に設定しました。
(参考)
社会政策 2050年長期ビジョン及び短中長期重点戦略課題(2021/8/3)

(参考):「社会政策 長期ビジョン及び短中長期重点戦略課題」2.保育政策・子育て支援政策、少子化対策・こども貧困対策


2-1 少子化対策、人口減少社会対策

1)経済的支援ベーシック・ペンション導入による婚姻率・出生率向上(児童手当制度廃止拡充転換を伴う)
2)保育制度・保育行政改革、子育て支援システム拡充による総合的少子化政策推進
3)地域別(都道府県別)少子化対策取り組み策定と国による支援
4)長期人口減少社会計画策定(国家及び地方自治体)と取り組み・進捗評価管理(人口構成、外国人構成等)
2-2 保育制度・保育行政
1)5歳児(~2030年)・4歳児(~2035年)保育の義務化
2)保育施設再編及び同行政組織再編
3)学童保育システム確立、待機児童問題解消
4)保育士職の待遇、労働環境・条件など改善
2-3 子育て支援システム
1)地域包括子育て支援センター組織・業務機能拡充
2)子どもの貧困解消総合政策(ベーシック・ペンション児童基礎年金導入他)
3)孤育、ひとり親世帯、孤立世帯支援行政システム・体制整備拡充
4)関連NPO等民間地域ネットワーク拡充支援


 上記においては、4歳児・5歳児の保育の義務化、民間事業所の一部社会福祉法人化や公立化などの保育サービス事業の公的事業への転換等事業と施設の再編化も課題に組み入れています。
 これは、保育の質、保育士の質の確保と向上、保育士の処遇の改善をも目的とするものです。
 また、子育て支援システムは、事業施設問題と同様に、宮本氏が課題とした<子ども・子育て支援新制度>のバージョンアップを、利用者が生活し、出産・子育てを育む地域の自治体をベースとした総合的・包括的ケアセンターの機能の構築でめざすものです。

 そこでは、あるいはそのためには、育児・保育が、明確に社会的資本としてあるべき政治課題という共通認識を持つようにし、政治的対立軸を超克して取り組む時代、段階に入ることを最優先課題とすべきと考えます。

 こうした政策を確実に進める基盤として、最優先の課題と位置づけるのが、ベーシック・ペンション、児童基礎年金制度の導入があることを再度確認しておきたいと思います。

 なお、当然ですが、上記提案事項についてのより具体的な政策提案は、今後並行して進めて参ります。

本書の残すところは、最終章「第5章 ベーシックアセットの保障へ」となりました。
この章は、ベーシックインカム、ベーシック・ペンション専門Webサイト http://basicpension.jp で取り上げ、総括することにします。

6.ベーシックアセットの前に社会保障政治改革を(2021/9/15)

宮本太郎氏著『貧困・介護・育児の政治 ベーシックアセットの福祉国家へ』(2021/4/9刊) を参考に、社会保障政策視点から、当サイトで「宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』から」シリーズとして、ベーシックインカムの観点からは、 http://basicpension.jp で「ベーシックアセット提案の宮本太郎氏のベーシックインカム論」シリーズとして概要の紹介と私なりの感想・評価を重ねてきました。
 その双方のサイトの記事を投稿順に以下にリスト化しました。


1.ベーシックアセット提案の宮本太郎氏のベーシックインカム論-1(2021/8/20)
2.福祉資本主義の3つの政治的対立概念を考える:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』序論から(2021/9/3)3.ベーシックアセットとは?:ベーシックアセット提案の宮本太郎氏のベーシックインカム論-2(2021/9/4)
4.増加・拡大する「新しい生活困難層」:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』からー2(2021/9/5)
5.貧困政治での生活保護制度と困窮者自立支援制度の取り扱いに疑問:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』からー3(2021/9/7)
6.貧困政治とベーシックインカム、ベーシックアセット:ベーシックアセット提案の宮本太郎氏のベーシックインカム論-3 (2021/9/8)
7.利用者視点での介護保険制度評価が欠落した介護政治論:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』からー4 (2021/9/9)
8.政治的対立軸を超克した育児・保育政治を:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』からー5 (2021/9/11)
9.理念・構想・指針としてのベーシックアセット、現実性・実現性は?:ベーシックアセット提案の宮本太郎氏のベーシックインカム論-4(2021/9/13)

今回は、以上を総括することを目的としました。

第5章 <ベーシックアセットの保障へ>から

第5章の構成

1.福祉政治のパターン
 ・三つの政治の相互浸透
 ・3ステップのパターン
2.社会民主主義の変貌とその行方
 ・ポスト「第三の道」の社会民主主義再生
 ・スウェーデンにおける準市場改革
 ・市民民主主義とコ・プロダクション
 ・両性ケアへの関与
 ・地域密着型の社会的投資
3.ベーシックアセットという構想
 ・二つのAI・BI論
 ・ベーシックサービスの提起
 ・ベーシックインカム派からの反論
 ・サービス給付と現金給付の連携
 ・ベーシックアセットと再分配
 ・「普遍性」「複合性」「最適性」
 ・承認とつながりの分配
 ・「選び直し」のためのビジョン


 一応、この構成をもとに、http://basicpension.jp でこの記事を投稿しましたので、本稿で第5章を論じることは省略させて頂きます。
理念・構想・指針としてのベーシックアセット、現実性・実現性は?:ベーシックアセット提案の宮本太郎氏のベーシックインカム論-4

『貧困・介護・育児の政治 ベーシックアセットの福祉国家へ』総括


 では、少々乱暴で、偏りがあるものになりますが、以下全体総括をいたします。

 貧困・介護・育児の3領域の福祉に絞り、福祉全体を対象とせずに「福祉国家」を論じた本書。
 そこでは、過去の3領域の政治の歴史記録を主とし、新たな提案は、準市場及び社会的資本の在り方と関連させたベーシックアセットに集約していると言えるかと思います。

普遍性前提ユートピア論と貧困・介護・育児政治の歴史的考察書


 本書は、ベーシックアセット自体があいまいなままのユートピア論であり、最も肝心な、その政治の責任主体と財源問題について曖昧です。
 一応、新たな財源の一案として、デジタル課税や環境税が挙げられてはいるが、その規模や使途に関する提案・提言はもちろん、その税制自体の実現には紆余曲折が想定されるでしょう。

 また、政治的対立軸の違いを形容表現の但し書き付き「○○主義」として示し、いずれも明確なポリシーを示し得ていません。
 加えて、その対立が、問題の多様化により輻輳し、政策自体がクロスオーバーし、お互いが歩み寄るかのような政策を取る傾向や事例が次第に増してきている現実を、宮本氏は再三再四紹介しています。
 そこで「普遍性」を掲げることは適切ではありません。
 必要なのは、「普遍性」で決着を付けるのではなく、「共通性」「共通認識化」で政策を一本化することです。
 <税・社会保障一体化>を、与野党共通の認識・前提としている限り、ゼロサム、あるいは、マイナスサムでの財源配分政策にとどまり、それが、社会保障政治とその議論を閉塞化させる最大の要因と考えています。
  万一<税・社会保障一体化>を普遍的なものとするならば、所得再分配に関する税法の大改革を必須とする提案は不可欠なはずですが、そこまでの決意も気概もないため、ユートピア論としているのです。

 社会保障や社会福祉を考え、具体化していく上で、ユートピア論は不要で、現実的な手立て・方法を考え、実現することが政治課題なのです。
 以下、少し個別課題に焦点を当てて、総括作業を進めます。

準市場への過剰な期待への不信・懸念


 次に、準市場と社会的資本について、これまでの記事と重複しますが、思うところを簡潔に述べておきたいと思います。
 準市場の実態は、貧困・介護・育児それぞれの領域で異なることがまず一つ。
 そして、真の社会民主主義福祉国家を目指す宮本氏の立場では、今後、生協・NPO・社会福祉法人などの非営利の民間事業者、コ・プロダクションが、財源の支援を受けつつ広がっていくことを想定、あるいは期待していると読み取れます。
 そこでのキーワードは、地域密着であり、オーダーメードサービスを可能にする相談組織機能の整備です。
 決して、地方自治体が自ら公的・公営事業としてのサービス給付を拡充していくべきとはしていません。
 本来それは、地方自治体が担うべきもの、ことと思うのですが、本書では、その主張・提案は見られず、あたかもすべてが協力・共同して集う社会が担うかのような論述に受け止められるのです。
 社会民主主義の「社会」が曖昧なように。

 またなぜか、基本的に利益追求を旨とする民間企業が、より善意としての事業サービス展開を自然に追究し、選択肢の増加、質の向上とサービス価格の低減もやってくれることを期待しているかのようです。
 そのことが、複合性を解きほぐし、最適化を実現する当然の一つの要素であるとするかのように。

国・自治体の「公」事業サービスこそ、非営利組織の代表的組織機構


 先のコ・プロダクションが、財源の支援を受けて、ということは、国や自治体がその出し手。
 本来、公が担当すべきサービス給付事業を、少しの補助金を出して、代替させようというわけです。
 いわば経済合理性に基づく政策であり、準市場が意味する本質の一つに位置付けられているわけです。
 そうすると「準市場」政策というのは、為政者・所轄官庁にとって都合が良いゆえの選択というべきでしょう。
 となると、社会民主主義自体が、市場主義、新自由主義的政策と自覚して、口当たり良く読み替えていると言えなくもないと私は考えています。

ベーシック・ペンションは、NPO等に携わる善意の人々に安心を与え、参加のモティベーションに寄与する

 実は、NPO等に多くの手弁当で、ボランテイアとして参加頂いている方々にも(実現すれば)ベーシック・ペンションは支給されます。
 そのため、ベーシック・ペンション(ベーシックインカム)は、コ・プロダクションの設置・形成と維持、事業活動の継続に大きな力となるのです。
 参加いただく方々が、その支給で、安心して活動に参加でき、モティベーションの向上に間接的に寄与できる。
 そういう側面もあることを蛇足ですが付け加えておきます。


<承認とつながりの分配>で想定する「コミュニティ」の実態はなにか?

 先述の「社会」は、本書ではおそらく「コミュニティ」と置き換えるべきなのでしょう。

 冒頭にも紹介した記事
理念・構想・指針としてのベーシックアセット、現実性・実現性は?:ベーシックアセット提案の宮本太郎氏のベーシックインカム論-4
の最後に紹介した<「選び直し」のためのビジョン>という項の直前のテーマは、<承認とつながりの分配>というものでした。
 その一節を以下に紹介します。

 フィンランドのシンクタンク、デモス・ヘルシンキのレポートは、ベーシックアセット(BA)を提起するに際して「帰属感の衰退」という問題をその提起の出発点においている。
 確かに、普遍的、複合的、最適なBAは、人々をコミュニティにつなげるツールとなりうる。
 同時に、BA論においては、コミュニティそのものがコモンズのアセットとして位置付けられる。
 参加やつながりを分配する、あるいはコミュニティへの帰属を保障する、といういい方には違和感を覚える人もいるであろう。


 私も「違和感」を持つというよりも、ある意味では、あるいは場合によっては、「コミュニティ」への帰属を断りたいと思う人間です。

 かつての産業資本主義は、「前近代」的な関係の残滓としての家父長制家族や地域の共同体に依存するところが大であった。
 その紐帯は、人々のリスクを吸収しつつも、しばしば個人を抑圧してきたのである。
 特に日本の生活保障では、職場や地域の濃密な関係が人々を縛った。
 こうした紐帯は耐用年数を過ぎ衰退しつつある。
生活保障の制度が不安定化していることもあり、地域には帰属先を失った人々の孤立が広がっている。

 
 これもパターン化し、ほとんど形骸化し、例えで提示することもそろそろはばかるべき内容ではないかと、毎度思うのですが。

 しばしば「リベラル派」が陥る失策は、自己肯定感につながる帰属先をみいだせずにいる人々に、帰属先からの自由と自律を説くことである。
 非正規であるがゆえに職場の紐帯から排除された人々、結婚したくても経済的条件などから結婚できない若者に対して、職場への忠誠心を求める労務管理を批判したり、家父長制的家族を糾弾しても、空回りしてしまう。
 多元的な帰属の対象が失われたときに、若い世代の孤立感や心許なさ、定年後男性の喪失感は、排外的なナショナリズムのエネルギー源ともなりうる。


 それらの状況が、リベラル派だけの責任で派生したものでは決してなく、ある意味政治がもたらしたものと考えるべきでしょう。
 もちろん、すべての若者が、右へ倣いで、そうだということではないことも確認しておくべきでしょう。

 したがって、地域の多様なコミュニティの持続と再生を支えつつ、他方において、帰属するコミュニティを選択したり場合によっては離脱したりできる条件を広げることが必要になる。


 そう、離脱できることも必須です。
 しかし、選択可能なコミュニティを用意しておくことは、決して容易なことではないでしょう。

 本書が取り上げてきた生活困窮者自立支援制度あるいは地域密着型の社会的投資の仕組みは、中間的就労や居住のコミュニティの形成を促進しつつ、人々をこうしたコミュニティに結びつけていこうとするものである。

 
 ここで例示したコミュニティは、ほんの一例にしか過ぎないでしょう。
 また、現状宮本氏が本書で提示した代表的な制度・法制で具体的に必要なコミュニティが、設定・規定されているわけでも当然ありません。
 となると、個別に必要なコミュニティを、オーダーメードで設定する必要がある場合も。
 他の記事で述べたように、こうした活動の責任主体は一体だれか、どこか?
 まさか、非営利のNPO法人の善意ある人々に委ねようというわけではないでしょうね。
 これも繰り返しになりますが、個別の政治課題の専門家は存在するでしょうが、複合的、多元的な福祉ニーズにワンストップで対応できる総合的専門家やその組織機構はどうするのでしょう。

 コミュニティをアセットとして位置付けつつ、人々の参加を支援しようとするベーシックアセット論は、こうした構想を発展、定着させていく枠組みとなりうる。


 前項でのべた課題が、ベーシックアセット構想を発展させ、定着させるための諸課題の一つと処理されるなら、随分気楽な提案・提言と思えて仕方ないのですが。

優先順位としてのベーシック・ペンション実現の道筋を


 まあ、イチャモンばかりつけていてはいけませんね。
 ベーシックアセットを考える前に、望ましい個別の社会保障・福祉政治を追究し、実現する方法・方策を考えましょう。
 しかし、その望ましい制度・法律を導入するにも時間がかかります。
 ゆえに、まず、現金給付(専用デジタル通貨ですが)のベーシックインカム(ベーシック・ペンション生活基礎年金)を実現しましょう。
 そして並行して、望ましい制度・法律の改定・改革を進めていきましょう。
 その一つひとつが実現していくことで、ユートピア論としてのベーシックアセットの基盤が形成され、自ずとそのシステムが構築されることになるでしょう。
 個々の社会保障・福祉政治課題を改善・解決していくプロセスの中に、ベーシックアセットが機能する仕掛けと仕組み、すなわちアセット、そしてコモンズが形成されていくことになるのです。

 もちろん、当サイトでは
社会政策 2050年長期ビジョン及び短中長期重点戦略課題(2021/8/3)
で示した方針及び内容に沿って、具体的な様々な個別社会保障・福祉政策を労働政策とも関連させて、考察・提案を続けていきます。

(参考):ベーシック・ペンションの基礎知識としてのお奨め5記事

日本独自のベーシック・インカム、ベーシック・ペンションとは(2021/1/17)
諸説入り乱れるBI論の「財源の罠」から解き放つベーシック・ペンション:ベーシック・ペンション10のなぜ?-4、5(2021/1/23)
生活基礎年金法(ベーシック・ペンション法)前文(案)(2021/5/20)
生活基礎年金法(ベーシック・ペンション法)2021年第一次法案・試案(2021/3/2)
ベーシック・ペンションの年間給付額203兆1200億円:インフレリスク対策検討へ(2021/4/11)