藤田孝典氏「貧困問題とベーシックインカム」への対論(2020/11/5)
『ベーシックインカムを問いなおす: その現実と可能性』対論シリーズ-2
前回から、『ベーシックインカムを問いなおす その現実と可能性』(法律文化社・2019/10/20刊)
を用いて、同書で問い直すべきとしているベーシックインカムについての多数の執筆者が担当する各章を対象として、私が考え、提起する日本型ベーシックインカム生活基礎年金制と突き合わせをするシリーズを始めました。
第1回目は、今野晴貴氏担当の
「第1章 労働の視点からみたベーシックインカム論 なぜ「BI+AI論」が危険なのか」との対論でした。
◆ 今野晴貴氏「労働の視点から見たベーシックインカム論」への対論(2020/11/3)
今回は、第2回目。
藤田孝典氏による「第2章 貧困問題とベーシックインカム」についてです。
ご存知のように、藤田氏は、『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃 』(朝日新書)、『続・下流老人 一億総疲弊社会の到来 』(同)、『貧困世代 社会の監獄に閉じ込められた若者たち 』(講談社現代新書)、『貧困クライシス 国民総「最底辺」社会 』(毎日新聞出版)など多数の書を表しているNPO法人の代表でもある実務家・活動家です。
すなわち、貧困問題の専門家でもあります。
生活困窮者支援活動家からみたBI論とその特徴
17年間継続し、現在も年間300件の生活・労働相談を受け続けている生活困窮者支援活動家藤田氏による本小論。
多種多様な生活課題やニーズを持つ相談者に対するBI、現金給付による支援がどう作用するか。
そのBIが、マイノリティの支援サイドからみると、権利要求行動を制限するヘゲモニーとして機能している側面を批判的に考えている。
これが、同氏がBIを論じる時の基本的な視点・特徴です。
生活保護とアディクションとBI
その視点から最初に提起されているのが、生活困窮者の中の、アルコール依存症、ギャンブル依存症、薬物依存症などのアディクションに罹患している人々とそれを支援するソーシャルワーカーの役割についてです。
非常に困難かつ重要で不可欠なソーシャルワーカーの役割についての詳述は省略することをお許し頂いて、
「ソーシャルワークは、あくまでも当事者との協働であり、支援者が主体ではない」とします。
もちろん、十分理解できるところです。
そして、こう断言します。
「ソーシャルワーク実践で感じることは、ソーシャルワークなき現金給付の無意味さである。」
これも分かり過ぎるくらい分かることです。
日本型ベーシックインカム生活基礎年金を提案する私は、BIにより、ソーシャルワークが不要だとは考えるはずがありません。
むしろ、より国や自治体が、積極的に関与し、BIとは別に推し進めるべき問題と考えています。
しかし、生活基礎年金は全国民に支給されるものなので、当然生活困窮者の皆さんにも区別することなく支給するものです。
現金給付することで、依存対象に費消し、克服する機会を逃す。
当然それはあってはいけないことで、ソーシャルワーカーの方々の支援、周囲の人々の理解・支援も並行して必要になります。
ただ、現実的にアディクション状態からの回復を妨げたり、状況の悪化につながる要因となるリスクはあるわけで、その対応は必然的に必要になります。
言うまでもないことです。
私の提案によるBI生活基礎年金は、デジタル通貨で、使途が限定されます。
すべてのアディクション対策としてはムリですが、ギャンブルへの利用は不可能に当初からすることになります。
食費等基礎的な生活費は、必要ですし、ソーシャルワーカーの支援を受けるにも費用がかかる場合もあるでしょう。
それがサービスの商品化と言われれば、公的コスト支出に委ねるか、ご提案のベーシックサービス的対象とするか、検討すればよいでしょう。
いずれにしても公費化することになると思います。
場合によっては、何かしらの規定を設けて、支給されたBIを後見人に委ねる選択肢もあるかと思います。
ソーシャルワークとBI、双方を必要としているのであり、前者で生きていくための日常コストを賄うことはできないのですから。
(参考)
◆ ベーシックインカムは、日本国内利用可、使途・期間限定日銀デジタル通貨(2020/10/6)
藤田氏は、アディクションを引き起こす要因となる社会経済状況を問題としていますが、それを言うと、すべての国民がその環境にあるわけで、国民全員をその予備軍とみなさなければいけないことになります。
そういう社会経済に対して私も快く思っていませんが、それは古今東西あることですから、そこまで言及する必要はないでしょう
障害者への生活保護とBIとの在り方
次に、障害者にはどうするのか、という問題提起があります。
藤田氏や同じグループの方々がイメージしている本書を通じてのBIの額は、4万円から高くて10万円です。
この額を想定すれば、自ずと障害者支援のコストは、障害者福祉の領域で別途加えられるべきでしょう。言うまでもないことです。
懸念するのは、新自由主義におけるBIで、その給付によりすべての社会福祉制度は廃止される、というものです。
とにかく、それは論外の論であり、これを前提とすれば、話がまじわることはありません。
私の日本型ベーシックインカム生活基礎年金(JBI)で提案する額は15万円です。(一応それが可能かどうかの議論はここでは行いません。)
それでも不十分の場合があるでしょうから、JBIに障害者福祉制度を加える形にすべきと考えています。
その具体策は、別の機会に、とこれまでも述べてきています。
高齢者の貧困にもBIは有効
次に約27%が相対的貧困と言われている高齢者へのBIについてです。
ここでも同氏は、生活保障が不可能なレベルの低額BIを前提として話を進めているため、評価のしようがありません。
「BIは老齢年金制度も一元化するという。」
そうではない、JBI生活基礎年金制度を構築しましょうと提案しています。
具体的には、
◆ ベーシックインカム生活基礎年金15万円で社会保障制度改革・行政改革
の記事の中で、<国民年金制度の廃止><厚生年金保険制度の大改定:賦課方式から積立方式へ>として提案していますので確認ください。
ワーキングプア問題にこそBIは有効
次は、前回の今野氏の提起でも出てきた、ワーキングプアへのBIについてです。
◆ 今野晴貴氏「労働の視点から見たベーシックインカム論」への対論(2020/11/3)
ここでの藤田氏の問題のターゲットは、住宅の現状と費用に集中されます。
この問題ももっともなことで、JBIでカバーできない住宅費用については、社会保障制度全体の改革・改善のなかで、<厚生住宅保障制度>的なものを創設すべきと考えています。
◆ 社会保障厚生住宅(社厚住)で、住宅全世帯保有社会へ(2020/4/14)
これが機能するようになれば、ワーキングプアおよびハードワーキングプア、どちらにもJBI、日本型ベーシックインカム生活基礎年金は、非常に有効と考えています。
生活保護制度とBIは敵対するものではない
種々のBI論の中で、最も問題となる<生活保護制度>とBIとの関係について。
藤田氏のその問題意識の根底には、
「生活保護制度の改善すらできないのにベーシックインカムなのか」
「生活保護制度の改善からBI論の進展へ」
という2つの見出しに集約されている主張があります。
それに対する私の回答は、
「生活保護制度の改善を組み入れたJBI日本型ベーシックインカム生活基礎年金」
を構築・導入する、というものです。
まだ不十分ですが、
◆ ベーシックインカム生活基礎年金15万円で社会保障制度改革・行政改革
の中で、<生活保護制度廃止と生活保護行政コストゼロ改革>という項で、生活保護制度のJBIにおける考え方と対応方法について提案しています。
ネオリベ提案の暴論BIに対する、藤田氏の拒絶は当然のことですが、そうではない、建設的なBI構築に、少しは心を傾けてもよいのでは、と思います。
その教条的・原則論的な姿勢には、実務家としての誇りと自信もあるのでしょうが、それが、時に政府・行政・官僚の逃げ道・言い訳さえ提供している側面があることにも時に心して頂きたいと思っています。
もちろん、長年の実績・貢献に対して抱いている尊敬の念に、まったく変わりがないことは付け加えておきたいと思います。
BIを含む社会保障制度改革よりも社会運動を求めることのムリ難題
藤田氏は、この小論のまとめとして「制度主義に陥らず社会運動での改善に終始せよ」と強調しています。
現行制度の改善とは、異論を社会に呈していくことだ。これにはマイノリティである生活保護受給者側に立って、代弁行為を繰り返していく作業を伴う。
そのような闘いをすることなく、あるいは権利要求をすることなくして、BIによって豊かな社会は実現しない。
政治や制度を変える=BIが生活を助けるというのは幻想だろう。
BIなど空想的な制度主義の議論はいったん、脇において、生活上で具体的に必要な権利要求から始めたい。権利要求がないまま、政治や制度に期待してもよいものは成立しない。
幻想、空想と断定する。
自由ですが、それは自ら自由な発想、創意工夫を拒絶することにもなります。
もとより、政治や制度は、何かしらの要求やニーズから行動化され、実現への取り組みがなされるものです。
必ずしも、権利要求が起点になるとは限りません。
また、逆の見方をすると、BI自体が権利要求の対象でもあるのですから。
社会共通資本、社会資源の開発・整備は権利要求に裏づけられており、福祉国家すら実現できていない私たちならば、BIによって貧困は解決できない。
(BI論を)議論することと同時に権利要求を支える行動にも出てほしい。
一方で、BI論は大局的に社会を構想する際には意味があると思っている、
BI論は、社会保障のあり方、生の保障のあり方、福祉国家のあり方、権利要求や社会運動のあるべき姿など、多くの語る材料を提供してくれる。
BI論では、その実現よりも、社会を議論する際の潤滑油として作用してほしいと願っている。
こう結んでいます。
私も繰り返します。
JBI日本型ベーシックインカム生活基礎年金は、すべての社会保障制度の体系的見直しにより、その軸に位置付け、望ましいあり方に改定・改革する一環として導入するものです。
単なる材料としてではなく、潤滑油の役割を担うだけでもありません。
現在貧困状態にある多様な人々にとどまらず、現状種々の格差やリスク、不安を抱えている人々、そして、今後そうした多様なリスクに遭遇する可能性のあるすべての人々に平等に、無条件で、給付するJBIそのものを議論の対象、社会運動の対象としようというものです。
ということは、日本型ベーシックインカムJBI自体が、福祉国家を実現するための軸となる制度と言い換えることもできるはずです。
◆ 基本的人権基盤としてのベーシックインカム制導入再考察と制度法案創り(2020/10/1)
藤田氏が提案する社会運動は、素晴らしいものです。
しかし、それも一種の理想という側面があります。
マイノリティの皆さんの社会運動への参加を求めること自体、非常に高いハードルが高いのではないでしょうか。
また、そうではない善意の人々に、藤田氏が尽力している人々への支援と参加を求めて、組織化することもハードルが高いでしょう。
どちらにしても、政府・関係官庁・代議士の先生方への請願を繰り返しや、デモ、署名集めなどで、理想的な、天下無敵・無双の万能のベーシックサービスが準備され、提供されるということもそう簡単なことではないのでは、と思うのですが。
もちろん、JBIの実現も簡単なものではないと重々認識はしています。
ここまで、今野晴貴氏と藤田孝典氏、2人の実務家・活動家の視点からのBI論を確認してきましたが、どちらにも共通なのが、そして恐らく本書を通じてのことと思いますが、前提とする他のBI論が、ほぼ一つ、新自由主義派によるBI論に傾斜していることです。
そのため、より自由な視点での考察や議論が、本書では展開されないのです。
とはいえ、そうした事実を前提としての議論も必要ですし、何よりベーシックサービスの検討のためには、やはり、すべて本書全編を通して確認していくべきと考えています。
しかし、ですが、実のところ、本書では、ベーシックサービスの具体的な内容、制度、財源などに関する事項がほとんど提示されていないのです。
提案理由の一つとして、BIよりも「安上がり」だからとするのをネット情報で見たことがありますが。
それから「必要な人だけに提供すればよいから」というのもありましたね。
その「BIよりもBS」という主張に対しては、今野氏・藤田氏との共著者である井手英策氏の、「第4章 財政とベーシックインカム」への対論の中で行いたいと思います。
なお、そのBSを知るべく、3氏の共著である『未来の再建 』(12018/10/20刊:ちくま新書)を今日注文しましたので、その内容を確認した上で、また意見をと思っています。
次回は、竹信三恵子氏による「第3章 ベーシックインカムはジェンダー平等の切り札か」を対象とした対論を予定しています。
なお、今回の文中にいくつか転記しましたが、私の提案するJBI日本型ベーシックインカム生活基礎年金についてのさまざまな考察記事を以下にリスト化しました。
ご関心をお持ち頂けるテーマがありましたら、確認頂ければと思います。
宜しくお願いします。
参考:<ベーシックインカム(生活基礎年金制度)案再考察>シリーズ・リスト
◆ 基本的人権基盤としてのベーシックインカム制導入再考察と制度法案創り(2020/10/1)
◆ ベーシックインカムの定義再考察:JBIとは(Japanese Basic Income)(2020/10/2)
◆ 財源問題、所得再分配論から脱却すべき日本型ベーシックインカム(2020/10/4)
◆ 日本型ベーシックインカム実現をめざすカウンター・デモクラシー・ミーティングを開設!(2020/10/5)
◆ BIは、日本国内のみ利用可、使途・期間限定日銀発行デジタル通貨に(2020/10/6)
◆ ベーシックインカム生活基礎年金月額15万円、児童基礎年金8万円案(2020/10/8)
◆ ベーシックインカム生活基礎年金15万円で社会保障制度改革・行政改革(2020/10/9)
◆ ベーシックインカム生活基礎年金、段階的導入の理由と方法(2020/10/10)
◆ 実現シナリオ欠落の理想的ベーシックインカムの非社会性(2020/10/11)
◆ ベーシックインカムの特徴と魅力、再確認・再考察(2020/10/13)
◆ ベーシックインカム導入で健康保険・介護保険統合、健保財政改善へ(2020/10/14)
◆ ベーシックインカムとコロナ禍の政府債務膨張、デジタル人民元実験との関係(2020/10/15)
◆ コロナ禍がベーシックインカムの必要性・不可欠性を証明(山森亮教授小論より)(2020/10/)
◆ ベーシックインカム中央銀行通貨発行論者SS氏との仮想対話(2020/10/)
◆ 日本型ベーシックインカム実現に思想家、哲学者、歴史家、学者は要らない。必要なのは(2020/10/)
◆ ベーシックサービス対ベーシックインカムの戦い?(2020/10/)
◆ コロナ禍の政府債務膨張とIMF方針転換はベーシックインカムへの追い風(2020/10/)
◆ ベーシックインカム専用デジタル暗号通貨化可能性の有無、導入の可否(2020/10/)
◆ ベーシックインカム財源論争、支給額論争の合意形成に向けて(2020/10/)
◆ ベーシックインカム、モラル論争にも終止符を打ち、安心希望社会の実現へ(2020/10/30)
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本稿は、WEBサイト https://2050society.com 2020年11月5日投稿記事 2050society.com/?p=5076 を転載したものです。
当ベーシックインカム、ベーシック・ペンション専用サイト http://basicpension.jp は2021年1月1日に開設しました。
しかし、2020年から上記WEBサイトで、ベーシックインカムに関する考察と記事投稿を行っていました。
そこで、同年中のベーシックインカム及び同年12月から用い始めたベーシック・ペンションに関するすべての記事を、当サイトに、実際の投稿日扱いで、2023年3月から転載作業を開始。
数日間かけて、不要部分の削除を含め一部修正を加えて、転載と公開を行うこととしました。
なお、現記事中には相当数の画像を挿入していますが、当転載記事では、必要な資料画像のみそのまま活用し、他は削除しています。
原記事は、上記リンクから確認頂けます。
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