ベーシックインカム導入で予想される社会構造の変化:BI導入シアン-18(2020/8/6)
前回の投稿
◆ ベーシックインカム制は、大家族化・多子家族化を招くか:BI導入シアン-17
で、ベーシックインカムが、少子化対策の決め手になりうることを、期待感も込めて思案した。
それは、未婚・非婚から結婚への生き方の変化、子どもを持つこと、第二子の壁・第三子の壁(2人目の壁・3人目の壁)の打破、初婚年齢・第一子出産年齢の引き下げなどを、連鎖的に引き起こすことを期待させるからである。
とは言っても、あくまでも期待であり、人はさまざまの価値観や人生観を持つもの。
生活基礎年金が、日常での暮らしの安心感を与えることで、よりマイペースの生き方を選択し、結婚にも、子どもを持つことにも、より興味関心を持たない人が増えるかもしれない。
バラ色の未来の在り方は、人それぞれだからだ。
今回は、それと同様の可能性も表裏持つと思われるのだが、ベーシックインカムがもたらすかもしれない、別の、社会経済的な変化について予想されることを拾い書きしたい。
大都市一極集中の緩和、地方移転が進むか
ベーシックインカム<生活基礎年金><児童基礎年金>の支給で、基礎的な生活基盤としての収入を得ることができる。
それに、仕事での収入を加えれば、少しはゆとりがある生活を送ることも可能になる。
ならば、あくせく働く必要もなく、自分のペースで、仕事と暮らしを両立させればいい。
ということで、都市での生活をやめて、生活コストも安く上がる地方に移転する。
子どもにも自然と触れ合うことができる環境での暮らしを体験させたい。
また、コロナ禍でかなりの企業や個人において常態化された在宅勤務、テレワーク、リモートワークが、新しい生活様式と新しい仕事様式の融合をもたらし、地方に居住拠点を移す例が増える可能性も高い。
こうした観点から、問題となっていた東京一極集中化に歯止めがかかり、地方への移転が進むかもしれない。
とは言うものの、真逆の思考をし、行動を起こすことも十分考えられる。
最低限度の収入を約束されているのだから、働きがいのある、より収入を得ることができる可能性がある仕事やチャンスを求めて、東京等大都市圏に住み、働くことを志向する人が増える可能性も十分ある。
どちらが良い、どちらがいけない、ということではなく、経済的な不安から解き放たれて、生き方・働き方を選択できるようになることに、意義・価値を見出すことができる。
これもベーシックインカム制を評価できる要素の一つと考えるべきと思う。
介護士・保育士不足が解消されるか
実は、私が、ベーシックインカム制の導入を強く訴えたい目的・理由の二番目が、それにより、介護士不足や保育士不足等が解消されないだろうか、という期待にある。
一番は、前回取り上げた、少子化対策としてのベーシックインカム制である。
一般的な職業に比べて低い賃金と労働条件、厳しい労働環境・仕事内容である介護士と保育士、そして障がい者福祉職等。
介護や保育、障がい者福祉の仕事に、高い労働生産性を要求すること自体に、ムリ・矛盾がある。
本来、労働需給バランスで、賃金が変動するのが、経済の常識・常道であるべきだが、介護や保育、障がい者業務にそれは当てはまらないのだ。
私は、そうした職業の不利な条件が解消されるのは、この社会福祉的な事業が、民間事業ではなく、国営・公営事業化され、働く人たちが公務員となることでしか、ありえないのではと考えている。
しかし、これだけ民間事業化を政策として進め、社会構造に組み入れられてしまっているからには、不可能に近い。
と考えて、社会福祉事業に携わる人を、公務員試験合格を条件として、准公務員とみなして、従来の給与に公務員給を支給加算する方法を提起したことがある。
しかし、現実的にそのようなことを政治・行政で考えるような意識の高い人はいまい。
(参考)
◆ 准公務員制度導入で潜在的労働力の発掘と活躍へ:専門職体系化による行政システム改革-3
ということで、バーシックインカム制が導入され、民間で働く介護士・保育士等社会福祉的業務に従事する人すべてが、生活基礎年金を受け取れば、もともとこうした社会福祉的業務に生きがいや働きがいを持つ人びとだけに、継続して働いてもらえるのではと、勝手に期待している。
また、多くの潜在介護士・潜在保育士の方々も、その現場に戻ってきて頂けるのではと思うのだ。
高齢化が進むこれらの職場・職業に、若い世代の人びとも目を向け、参加してくれるようになることも願っている。
老後不安は解消されるか
老後資金2000万円提起で、老後の不安が、高齢者のみならず現役世代にも現実のこととして問題となった。
現役世代は、自分たちが高齢になったときに、現状と同レベルの年金を受け取ることができないリスクを考えれば、一層のことである。
現状の高齢者においては、老齢基礎年金のみの受給者には、日々そうした不安を感じて過ごしている人が多いはずだ。
老齢厚生年金も受け取っていても、その金額が日常生活を送る上で十分と感じている人も少ない。
介護を受けるようになったときに、要介護度によって、あるいは経済的に、家族など人的介護資源が十分でなく、希望する介護施設に入れなかったり、介護サービスを受けることができないなどの不安が、多くの人につきまとう。
ベーシックインカムによる「生活基礎年金」を、老齢基礎年金に代わって、仮に毎月12万円受け取ることができるようになる。
これだけでも、老齢基礎年金のみの受給者である国民年金加入者にとっては、大きな安心になる。
既に老齢厚生年金を受給している厚生年金加入者は、それにそのまま老齢厚生年金を上乗せして受け取ることができる制度になれば、相当の安心感の上積みとなる。
仮に、現状の厚生年金制度がベーシックインカムの導入で改定されても、従来の総額よりも、生活基礎年金と新しい老齢厚生年金を足したとき、多額になる人が多くなることは間違いない。
現役世代の不満は解消されるか
また、現状厚生年金保険料を負担している現役世代は、ベーシックインカム、生活基礎年金を現役である時期から受け取ることができ、老齢厚生年金受給年齢になれば、新制度における老齢厚生年金が上乗せされる。
何よりも、ベーシックインカム制の恩恵を受けずに高齢になった世代よりも、現役期から、安心できる恵まれた生活を送ることができるのだから、高齢期への備えを行なう時間も、余裕もあるわけだ。
ということで、負担と受益を秤にかけての不公平感は、ベーシックインカム制が、具体的に法案として提起されれば、一気に払拭されることは間違いないと思う。
だが、それはそれ、で、ベーシックインカムに対する異論が多い現実もある。
その多くは、多分現役世代においてのことだろう。
根本的な理由は、ベーシックインカムの原資と提起されている所得税の、自分自身の負担が大きくなることを捉えての反対であると考えられる。
しかし、その短絡的な反対論は、自身の負担が増えると思い込む源泉所得税の増加額を上回る<生活基礎年金>が、無条件で支給されることを理解していないがゆえのことだ。
反対論者が減らない理由が、こうした無理解によるものとすれば、推進サイドの努力不足も攻められるべきかと思う。
高額所得者の、所得再分配自体に対する不満は、もちろん理解できる。
しかし、民主主義やコモンセンスなど、豊かさの中にあって身につけることが望まれる、社会人としての在り方を理解して欲しいものだ。
そして、それを示すことでの社会的貢献にも、自身の存在意義の一端を見出して欲しい。
もちろん、富裕であることの要素要因には、自身の相当の努力があったこともあるだろう。
しかし、利益・所得の源泉は、人が構成する社会における事業活動にあることも理解できるはずだろうから。
格差・貧困の拡大は抑制されるか
ベーシックインカム論がこのところ注目を浴びている理由の一つが、コロナ禍で、10万円特別定額給付金が全国民に、無条件で支給されたことだ。
政治は、国は、こんなコトもやるんだ、できるんだ、と分かり、みんながそれを享受できた。
そして、資本主義社会で拡大し続けている、貧困や格差への対応・対策として、ベーシックインカムという嘘みたいな、夢みたいなお話も、現実のこととして、考えうる、また考えるべきという認識が広まってきていることにもある。
加えて、AIや情報システムの進化が、人から仕事を奪い、それらを牛耳っている資本家・投資家が得る不労所得としての利益・資産の一層の拡大と集中が、一層の格差の拡大をもたらすことが、喧伝されている。
こうした格差を埋める対策として、所得の再分配への取り組みを一段進め、一気に、全員平等におカネを支給する方策として、ベーシックインカムが支持されるようになって来たわけだ。
だが、この所得再分配で、貧富の格差の抑制が解消されるわけではない。
貧困の救済が、完璧に行われるわけでもない。
むしろ一層の拡大を招く可能性、リスクさえあるのだ。
考え方によっては、だからこそ、ベーシックインカムで、そうした不満・不平等のガス抜き効果を狙っている部分があると言えるかもしれない。
しかし、ベーシックインカムの本質はそこにあるわけではない。
貧困や格差のすべてが、他や社会や国に責任・要因があるわけではない。
また、貧困・格差が、一個人にはまったく手に負えない、改善も脱却もまったく不可能な、生き方・働き方上の課題でもない。
なにかしらの努力やきっかけや工夫や創意で、状況を変えたり、好転させることが可能だ。
そのきっかけや考える余裕・機会、チャレンジする機会などを与えてくれる可能性を提供してくれるのがベーシックインカムだ。
貧困や格差を受動するのではなく、能動的に、そこからの脱却の機会を生み出す意志も認められ、期待される社会。
その一員の権利としてのベーシックインカム受給である。
人は、真面目に働かなくなるか
ベーシックインカムを導入すると、怠ける人、働かなくなる人が増える。
そう言って反対する人が多い。
確かに、働かなくても、生活基礎年金があれば、食べることはできるので、働く必要がなくなる。
問題のひきこもりも、以前より気楽に、気軽に、ひきこもり生活を続けることができるようになる面もある。
しかし、こうした、ある意味、社会との関係、人間関係を作り、保つことが苦手な人は、苦手なりに生きる方策を考え、実践すればいいわけだ。
ベーシックインカムは、その機会、考える機会や、試みに何かをやってみるチャンスを与えてくれる面もある。
働き方にもいろいろあるし、自分がやりたい方法・内容で働くことができれば、それも一つの理想の実現だ。
ベーシックインカム、生活基礎年金を受け取っても、働かない人間はいるだろう。
だから働かなくなる人もいるかもしれない。
しかし、彼ら彼女らも、その金で、生活すべく消費する。
消費によって、そのカネを使うことによって社会と接し、社会に参加している。
最低限、もらった金を使うことで社会に還元する。
そのうち、なんらかの生産的・創造的な行動を起こすかもしれない。
ひょっとしたら、芸術文化領域で行動したり、事業を起こしたりするかもしれない。
否定的に考えるよりも、肯定的に捉えるほうが良いだろう。
働かなくても、ボランティアでもいい。
無償で困っている人を手助けしてくれるのもいい。
稼ぐために働かなくてもいいわけで、社会的な存在であることを理解してもらえる方法は、いくらでもある。
選択肢が多いということは素晴らしいことだ。
仮に今なにをやればいいか分からなくても、選択肢としてなにがあるのか分からなくても。
いずれ何かが生まれるかもしれないし、行動を起こすことになるかもしれない。
社会システム改革推進への転機に
現実に民主主義の理想の形態を実現した国や地域はない。
また完全無比の理想国家も存在しない。
コロナ禍で、一層それらの理想を追い求める事の困難さを思いしらされた感も強い。
しかし、それだけに、これから、理想的な国や社会とはどういうものか、根本的に考え直す機会を与えられた気がする。
というか、そうすべきだろう。
よくよく考えてみると、否、21世紀、2000年に入って、社会的政治的な問題は、解消・改善されるどころか、変わるべきがまったく変わらないままであったり、次第に悪化していくか、だ。
その理由の多くが、政治や行政に携わる人や組織の責任の回避、問題の先送り、将来への想像力の欠落などだ。
だが、それもよくよく考えてみれば、それを許し、その在り方を諌め、変えることを求めようようとしない、あるいはそれを怠っているわれわれ住民・市民・国民の無為にあると言えるだろうか。
コロナ禍や続発する大規模自然災害に翻弄された2020年代の日本社会。
多くの社会システムの殆どの見直しと改革が必要な時代だ。
その課題には、5年10年単位での長期ビジョンと膨大な予算、世代間で継承していくべき長期的・持続的計画と取り組みが必要だ。
そのためのリーダーと執行責任者を多数輩出する必要がある。
まず、そうした機運を創出し、高め、議論し、合意形成する流れを生み出す。
そのきっかけにもなり、そのシナリオの基軸にもなり、具体化の起爆剤にもなりうるのが、ベーシックインカム、生活基礎年金、児童基礎年金制度だ。
ベーシックインカムは、すべての国民に、無条件で一律に支給される、憲法に規定する基本的人権、生活保障を具現化する社会保障制度の基軸としての、権利である。
そしてそれを利用することで社会参加を義務付けられた、理想を現実化する制度である。
そろそろ、活発な議論がさまざまな立場や観点から行われ、法制化への道筋も見え始める時期・時代と認識すべきと思う。
当サイトで提起してきている、種々の社会システム改革と統合しての取り組みも同様に。
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本稿は、WEBサイト https://2050society.com 2020年8月6日投稿記事 2050society.com/?p=1481を転載したものです。
当ベーシックインカム、ベーシック・ペンション専用サイト http://basicpension.jp は2021年1月1日に開設しました。
しかし、2020年から上記WEBサイトで、ベーシックインカムに関する考察と記事投稿を行っていました。
そこで、同年中のベーシックインカム及び同年12月から用い始めたベーシック・ペンションに関するすべての記事を、当サイトに、実際の投稿日扱いで、2023年3月から転載作業を開始。
数日間かけて、不要部分の削除を含め一部修正を加えて、転載と公開を行うこととしました。
なお、現記事中には相当数の画像を挿入していますが、当転載記事では、必要な資料画像のみそのまま活用し、他は削除しています。
原記事は、上記リンクから確認頂けます。
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