ハウジングファースト、ベーシックサービスの機能と課題、ベーシックインカムとの関係:『ベーシックインカムから考える 幸福のための安全保障』より-3
◆ 西野卓郎氏著『ベーシックインカムから考える 幸福のための安全保障』の特徴と紹介シリーズ方針(2022/10/14)
この記事で述べた方針に従って、本書の<第1章 人間の安全保障>を以下の3テーマに分け、『ベーシックインカムから考える 幸福のための安全保障』シリーズを進めてきました。
<第1回>:ベーシックインカムの内容と財源(1~4節)
<第2回>:ベーシックインカムの意義及び安全保障機能(5~7節)
<第3回>:ベーシックインカム、ハウジングファースト、ベーシックサービスの関係及び機能と課題(8~9節)
『ベーシックインカムから考える 幸福のための安全保障』第1章:目次
第1章 人間の安全保障
1.ベーシックインカムとハウジングファーストとベーシックサービスを基本に据える
2.ムラよりカイシャを優先すれば日本が持たない
3.社会的弱者はどのくらいいて、どのような境遇にあるのか
・たとえば障害者は?
・たとえばひとり親家庭は?
・たとえばひきこもりは?
4.ベーシックインカム(BI)をどのように導入すればよいか
・ブーストインカムとしてのBIの給付基準
・財源の検討1
・財源の検討2
・財源の検討3
・財源の検討4
・財源の検討5
5.ベーシックインカム(BI)を導入すれば日本は大きく変わる
・貧困層、低所得者層の支援
・総需要拡大効果
・健康な中間層の厚みを増す効果
・労働時間を短縮し労働生産性を高める効果
・経済構造改革への貢献
・男女格差の是正
・少子化対策効果
・起業の応援
・Uターン、Jターン、Iターンの後押し
・ディープな手仕事の復権
6.BIをポイントで給付することがとても大きな副産物を生む
・BIをポイントとして給付する
・BI予算執行残額は無党派層が政治に参加する手段となる
・消費税を「累進税化」する
7.加入者にとって有利な制度である公的年金は拡充する
8.ハウジングファーストを拡大して市民社会の基礎をつくる
・ハウジングファースト(HF)とは
・住宅確保要配慮者
・公営住宅・公的住宅
・ナショナル・ミニマムとしてのHF
・住宅の質を高める
・超過課税の仕組みを活用する
・流域を単位とした防災まちづくり
9.アウトリートでベーシックサービス(BS)を充実させる
・「縦割り」から「丸ごと」へ
・アウトリーチの必要性
・総合的に対応できるソーシャルワーカー
・BIが給付される社会でのベーシックサービスの意味
<第1回>:ベーシックインカムの内容と財源:西野卓郎氏著『ベーシックインカムから考える 幸福のための安全保障』より-1(2022/10/24)
<第2回>:ベーシックインカムの意義及び安全保障機能:西野卓郎氏著『ベーシックインカムから考える 幸福のための安全保障』より-2(2022/10/25)
と続いて、今回第3回最終回は、
8.ハウジングファーストを拡大して市民社会の基礎をつくる
9.アウトリートでベーシックサービス(BS)を充実させる
の2節を概括し、多少の総括を行います。
『ベーシックインカムから考える 幸福のための安全保障』より-3
ハウジングファーストとは
人間には、何者にも怯えずに「ゆっくりと寝ることができる場所」は必要である。(略)
ハウジングファースト(HF)とは、ホームレス生活をする人を支援する際、施設等での一時保護から、段階的に新たな住居の所有を支援するのではなく、まず、最初に各人に住まいを提供することを優先し、地域での自立につなげるという考え方。(略)
マンションや戸建住宅を購入できる層とできない層が分かれており、また在宅介護が期待できない単身世帯が増える時代において、社会福祉政策としての住宅政策のあり方が課題となっている。
HFの考え方は、ホームレスの場合だけでなく、住宅確保要配慮者等、住環境に恵まれない人々の住まいの質的向上にも適用すべきである。
こう西野氏は、生活保護受給の多くが劣悪な住まい環境に抑圧されている実態をデータで例示しつつ、HF政策を拡充すべきと提案し、現状の詳しい説明や改善・解決方法などを示していきます。
住宅確保要配慮者
先述の<住宅確保要配慮者>とは、高齢者、障害者、低所得者、子育て世帯等であるため、賃貸契約によって住まいを得ることが困難な人々。
これに、国土交通省令で、外国人、中国残留邦人等、児童虐待を受けた者、ハンセン病療養所入所者等、DV被害者、拉致被害者、犯罪被害者、生活困窮者及び矯正施設退所者も含むとしています。
こうした人々への居住支援として、2017年10月からスタートした<住宅セーフティネット制度>として
①住宅確保要配慮者の入居を拒まない賃貸住宅の登録制度
②登録住宅の改修や入居者への経済的支援
③住宅確保要配偶者に対する居住支援
を行っていると紹介。
その実効性を高めるために行われている、家賃債務保証の提供、賃貸住宅情報の提供・相談、見守り等の生活支援等を実施する「居住支援法人」(46都道府県356法人)、種々の自治体独自の取り組み、大規模災害時の「みなし仮設住宅」提供とその後の運用、弱者救済をも含めてのシェルター機能、婦人保護施設、児童保護施設等、多面的な支援制度を紹介しています。
公営住宅・公的住宅
住宅確保要配慮者への現実的な居住先紹介及び斡旋では、真っ先に公営住宅・公的住宅をイメージするのですが、公営住宅の「入居待機者」は、待機児童、特養入所、里親出現各待機と並んで、「4大待機」というべき状態にあるとしています。
政府や自治体が、保育・教育、介護、その他基本的な公的サービス・公共サービスを削減し、民営化を推し進めてきたツケが取り返しがつかない規模・レベルまで広がってきているわけです。
この課題の改善・解決方法として、次の<空き家・空き部屋>活用が、自ずと思い浮かびますが、「公」自ら手がけて仕事を増やす姿勢は見られず、何かと民営化の拡充と、そのための補助金行政で対処しようとするのが関の山と思うのですが。
空き家・空き部屋の活用
西野氏は、こう言っています。
公営住宅は、入所できた人と入所できない人の差が大きく、住宅事情の良くない庶民との公平性を考慮しなければ理解を得られない。
空き家、空き地をHF用途に利用することによって、総体としてより公平な仕組みを作るべきである。
こうした基本方針の元、施策を進める上での種々の問題点とその取り組み方法を課題毎に、データ・数字を上げながら西野氏は提案しています。
ここでは、それらの内容は省略させて頂きますが、現実的に、この空き家・空き部屋の実態把握と活用方針の策定、そして実行・取り組みは、国及び自治体が主体的に行うべきと考えます。
加えて、西野氏による以下の重要な問題提起・主張を転記しておきます。
個人、家族、社会の健康と調和を得られる居住環境は、市民社会の基礎である。
であれば、空き家は住宅だけでなく。ミニ福祉施設に活用することも考えられるだろう。
それらの具体例も種々述べられていますが、https://2050society.com での本書のシリーズ展開でのテーマに含むことになると思います。
この後、本書・当節では、防災上からの必要性も含め、住宅の質の向上が不可欠であるとし、自治体や地域の取り組み事例の紹介や諸提案を行なっていますが、これらも省略させて頂きます。
ベーシック・ペンションを補完する、新たな「厚生住宅制度」の導入を
ベーシックインカムよりも優先すべき故に、ハウジングがファースト、ということでもないわけです。
当サイトが提案するベーシック・ペンションは、社会保障制度全体を総合的・体系的に改革する上での基軸としており、その改革体系の中に、住宅政策を「厚生住宅制度」として新たに組み入れ、ベーシックペンションを補完する制度と位置づけるものとしています。
現状残念ですが、この「厚生住宅制度」の内容や運用についての考察・検討に着手していません。
この課題は、ベーシック・ペンションのWEBサイトではなく、https://2050society.com の方で取り組む予定です。
その際、本書の西野氏のこの節での内容を十分参考にさせて頂きたいと思っています。
ベーシックサービスとは
まず、以下の西野氏の問題提起を確認しておきます。
実際に良質なサービスが供給されていなければ、BIの給付があったとしても、それだけでは福祉的ニーズは充足されない。
このため、質的に保障された現物(サービス)給付も提供されなければならない。
個別の事情を踏まえた現物支給が、中央政府には不可能とすれば、それは身近な地方自治体の重要な仕事である。
このことを忘れないことは、BIの議論をする上で決定的に重要である。(略)
育児・保育に限らず、教育や医療、養老・介護など誰もが必要とする現物給付の役割が重要になる。
大事なことは、分断や格差が小さく、新たな財源がBIやBSといった形で自分たちに還ってくると思える社会を築くことである。
しかし、教育や医療、育児・保育、養老・介護といったBSは、一人に焦点を当ててみた場合、享受する年代が違う。
このため、自分の一生を想像して、すべてのサービスが自分にとって必要なものだと理解することなし、世代間の対立を克服するのは容易ではない。
この文章を読むことで、ベーシックサービスとは一体なんなのか、何を意味するのか、なんとか、なんとなく分かるのですが、実は、本書では明快な定義は行われていないような気がしました。
要するに、BI、お金の支給では済ますことができない、公的、社会福祉・社会保障現物サービスを指すようですが、現物サービスそのものも価格・コストとしてお金の価値として表現されることを、意外にも触れていません。
この記述の前に、現物サービスの望ましいあり方として、縦割りではなく包括的に・まるごとで対応すべきという指摘や、相談などへの対応という受け身ではなく、なぜここで横文字を使うのか意味不明なのですが、行政や担当者側からの積極的な行動といういみでの「アウトリーチ」の必要性をテーマとして展開しています。
すなわち、本書が、ベーシックインカム書と割り切って理解すべきものではなく、社会福祉・社会保障全般についての書として読むべきと、このあたりから方向転換の兆しを読み取る必要がある。
そう感じさせられるのです。
そして、ベーシックサービス論になると、なぜか、ベーシックインカムでの財源論が必須であったのに対して、ほとんど触れられることがなくなるのが特徴です。
西野氏ベーシックインカム論総括
どうにも西野氏のベーシックインカム論は、財源捻出の仮説構築を除けば、ハウジングファーストとべーシックサービスなしには実現不可能な、漠然とした提案レベルに終わってしまっている感を抱かせるものになってしまいました。
これは、当初、本書をベーシックインカム書として取り上げる前段と、社会保障改革提案書として別サイトhttps://2050society.com で取り上げる後段とに分けることとした理由でもあります。
ただ、後段の各章・各節の所々に、「ベーシックインカムがそれらを支える」というセリフをさらっと挿入しており、いうならば、ベーシックサービス等の現物給付サービス改革が、単独で実現することが困難であることを示唆しているように感じます。
こうした展開は、西野氏のこれまでのキャリアが幅広い分野に亘ってきたことの強みとしてのものであり、逆にそれが弱みともなっている。
そんな感じがしています。
ですので、私としては、ベーシックインカム論よりも、後段のテーマの方に注目していくことにしたいと思います。
西野卓郎氏プロフィール
1960年生。1965年東京都庁入庁。
水道局、企画審議室、都立大学事務局、大学管理本部、総務局に勤務。
人事・労務、地方分権推進、水循環、緑化、留学生支援、大学改革、生涯学習、公衆衛生、ホームレス支援、防災・被災地支援、廃棄物、まちづくり等の分野に携わる。
担当した主な報告書等「東京都地方分権検討委員会答申:東京の自治のさらなる発展をめざして」他。
現在、特別区長会調査研究機構主任研究員。
なお、せっかくベーシックサービスを取り上げたのですから、井手英策氏の諸論についてこれまで取り上げたものを以下に紹介させて頂きました。
ご関心をお持ち頂けましたら、覗いてみて頂ければと思います。
代表的ベーシックサービス論者、井手英策氏のBS財源は、消費増税
ベーシックサービスを提唱する代表的な研究者は、井手英策氏です。
当サイトでは、これまで同氏によるベーシックサービスに対して、以下の記事などで反対してきました。
◆ 井手英策氏「財政とベーシックインカム」への対論(2020/11/9)
◆ 井手英策氏「ベーシック・サービスの提唱」への対論:『未来の再建』から(2020/11/15)
◆ 井手英策氏「未来の再建のためのベーシック・サービス」とは:『未来の再建』より-2(2020/11/18)
井手氏によるベーシックサービスの概要とそれへの反対理由等はこれらの記事で確認頂ければと思います。
(参考):苫米地英人氏デジタル・ベーシックインカム論より
<第1回>:ベーシック・ペンションと苫米地氏デジタル・ベーシックインカムとの類似点:『デジタル・ベーシックインカムで日本は無税国家になる!』より-1(2022/10/7)
<第2回>:日銀の通貨発行権によるQE量的緩和をベーシックインカムの財源に:『デジタル・ベーシックインカムで日本は無税国家になる!』より-2(2022/10/10)
<第3回>:無税国家論よりも重要な、財源不要のデジタル・ベーシックインカム論の理解:『デジタル・ベーシックインカムで日本は無税国家になる!』より-3(2022/10/12)
(参考)『ベーシックインカムから考える 幸福のための安全保障』第2章以降:目次
第2章 家族の安全保障
1.生物学的に見ると人間の家族の特長は家族にあった
2.虐待は脳を傷つけ一生を左右して子へと連鎖する
3.ヒトは子育てを共同で行う
4.母性と父性は与える順序とバランスが大事
5.子育ては妊娠期に始まっている
6.愛着が形成されてこそ人を信じることができるようになる
7.安全基地を持つことで未知の社会へ踏み出すことができる
8.不安な回避型愛着スタイルが増加している
第3章 社会の安全保障
1.分人が心のレジリエンスを高める
2.バディという考え方がつながりを育てる
3.「ダメ」「やめなさい」だけでは非認知能力は身に付かない
4.いじめや非行の原因が生まれないようにする
5.実行機能を育み二分法的な思考を克服する
6.大卒層と非大卒層が社会を支えるバディを組む
7.保育や福祉の仕事を支える「教育困難校」を再生する
第4章 定常化社会
1.定常化社会とは循環型社会・分散型社会でもある
2.今や成長論から分配論に転換すべきときを迎えている
3.公益資本主義が企業を構成している「社中」を豊かにする
4.人口減少社会を「定常化社会」と捉え直してみる
5.世代内でも支え合う社会保障
6.日本の歴史的伝統に立ち返る都市経営
7.エネルギーシフトが地元を豊かにする
8.エネルギーシフトのために電力貯蔵を進化させる
9.経済成長に依存しない経済をつくり次世代に引く継ぐ
10.流域(圏)別の広域連合が山や水やエネルギーを管理する
11.社会的共通資本は専門家が住民と協力して維持・管理する
12.歩いて楽しめる歩行者中心のまちをつくろう
13.地域経済を回して日々の暮らしを豊かにしよう
第5章 人類の安全保障
1.気候危機には地球温暖化と寒冷化の両面がある
2.カーボンコントロールを目標としつつ炭素を回収・貯蔵する
3.CO2フリー水素だけが本当の水素エネルギーである
4.IT、ICT、IoTの進展は人類の危機を深める
・IT化・情報化によるエネルギー問題の深刻化
・生殖革命とIT革命による回避型人類の増加
・人間らしい情緒的活動の発達と遊びの質
5.脳の感受性期に提供する環境が人類の未来を大きく左右する
終章 BESでオキシトシン・リッチな環境をつくる
少しずつ、よくなる社会に・・・
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