真のユニバーサル型セーフティネットとは:日経経済教室「社会保障 次のビジョン」から-3
少しずつ、よくなる社会に・・・
3月上旬、日経<経済教室>欄で、「社会保障 次のビジョン」というテーマで、3人の学者による小論が連載されました。
それぞれを順にその内容を取り上げ、当サイト提案の日本独自のベーシックインカム、ベーシック・ペンションの必要性・有効性と結びつけて考えてきました。
第1回:紋切り型<社会保障の経済・財政との一体改革>論から脱却してベーシック・ペンションを:日経経済教室「社会保障 次のビジョン」から-1(2022/3/11)
(参考日経元記事)⇒ 社会保障 次のビジョン(上) 経済・財政と一体的改革を: 日本経済新聞 (nikkei.com)
第2回:鈴木亘氏による非常時対応可能既存社会保障制度改定提案:日経経済教室「社会保障 次のビジョン」から-2(2022/3/26)
(参考日経元記事)⇒ 非常時対応、既存制度改革で 社会保障 次のビジョン: 日本経済新聞 (nikkei.com)
と続き、今回は3回目、最終回。
宮本太郎中央大学教授による「新しい生活困難層に安全網」と題した「社会保障 次のビジョン」小論です。 (※1958年生。専門は比較政治学、福祉政策論。北海道大名誉教授)
(参考日経元記事)⇒ 新しい生活困難層に安全網 社会保障、次のビジョン: 日本経済新聞 (nikkei.com)
なお、同氏の社会保障に関する現状認識と提言については、当サイトで昨年、同氏に拠る著『貧困・介護・育児の政治 ベーシックアセットの福祉国家へ』(2021/4/25刊・朝日選書) を用いてシリーズ展開したことを、以下の記事で紹介しています。
◆『貧困・介護・育児の政治 ベーシックアセットの福祉国家へ』(2021年刊)より:<ベーシックインカム書から考えるBI論>記事シリーズ-5(2021/10/23)
宮本氏は、理想としての社会保障制度を「ベーシック・アセット」という概念で提案しているのですが、今回の日経小論も、その軸に沿っての提案と読むことができます。
まず、この小論について、重点を紹介し、多少感じた点を指し挟んで整理してみます。
コロナ禍を踏まえて求められる社会保障次のビジョン、「新しい生活困難層に安全網」とは
困窮と孤立を広げている新型コロナウイルス禍を考えたときに必要な社会保障ビジョン。
その課題として宮本氏が挙げるのが、セーフティーネットの張り直し。
これをテーマとした本小論を概括し、考えるところをメモしてみます。
現状の、厚労省による3重のセーフティネットとその課題
現状の社会保障制度における厚生労働省下におけるセーフティネットの構造を以下の3重構造として論を進めていきます。
1)安定雇用を前提にした社会保険
2)生活保護などの公的扶助
3)生活保護の前段階で運用する、求職者支援制度や生活困窮者自立支援制度
1)2)が先行導入されており、3)がその後、1)2)の間で適用する2種類の支援制度が導入された。
求職者支援制度は職業訓練中の所得保障等を行い、生活困窮者自立支援制度では生活再建について相談支援する。
しかし、安定的に就労し社会保険に加入できている層と生活保護を受給する層の間に、コロナ禍で、第3のセーフティネットで支援されるべき多くの「新しい生活困難層」が急増したが、現実を必ずしも正確にとらえておらず、機能していないというのです。
コロナ禍で進む3層の固定化・分断化
非正規雇用などの不安定就労層、ひとり親世帯など、自分や家族の多様な困難から困窮や孤立に陥っている「新しい生活困難層」は、コロナ禍以前から問題視されており、固定化が進んでいたはずです。
宮本氏は、もともと、先述の2つの支援法を評価しており、この制度運用で新しい生活困難層を支援・救済すべきであり、それが可能としていたはずです。
しかし、進む固定化が、コロナ禍で一層深刻化し、拡充し、分断化の様相を呈してきているのです。
安定就労層と福祉受給層の固定化と並行しての生活困難層の固定化。
この3層の固定化は、3層の分断化も意味します。
コロナ禍での社会保障制度を巡る特徴的な動向と問題点
新しい生活困難層が身動きのとれない状態にあり、かつこの層へのセーフティーネットが基本的に欠落している。
先述の宮本氏が評価した2つの支援制度の欠陥を同氏自身が認識した上で、こんなコロナ禍での状況を紹介しています。
1)コロナ禍の経済的打撃が新しい生活困難層に集中し所得がさらに減少しても、生活保護に移行する人は少なく、生活保護受給の実人数はコロナ禍の下で減少すらしている。
2)新しい生活困難層が利用できた数少ない制度が、社会福祉協議会などが窓口になる生活福祉資金の特例貸し付けで、通常年1万件程度の利用件数が、2020年4月から22年2月の間320万件と爆発的に増大。だが貸付制度なので、今後多くの低所得世帯が返還を迫られる。
常態化した生活困難層への貸付制度を社会保障制度の範疇に入れることが不適切であることは言うまでもないことでしょう。
必要なセーフティネットの張り直しと両極の拡張の在り方の対立
新しい生活困難層の急増と3層の固定化・分断化を修復する新たなセーフティネットの在り方を論じる時、対立する2つのアプローチを例示・比較しています。
第1のアプローチは、就労支援・就労機会拡張重視の立場。
先述の第3のセーフティーネットが、このアプローチの一環。
しかし、
セーフティーネットとしての就労支援は少なくとも現状では大きな成果を上げていない。
当然想定可能なこと、想定内のことです。
「働かざる者食うべからず」の観念に基づく「ワークフェア主義」の社会保障・労働政策が、適切に、機能することがないことに、もうそろそろ社会保障制度や経済政策の専門家は、しっかり認識すべきと思うのですが、なぜか、簡単に発想を転換することは無理らしいのです。
新しい生活困難層の生活を底上げし、困難を抱えつつも就労できる機会を創出することなくしては、就労支援は空回りする。
そう。
まず初めに、生活の底上げを行った後で、希望する人にはなんとか就労できる機会を創出・支援するという方針・手順が必須です。
あくまでも「希望する人」が対象であって、すべての人に強制するものではありません。
<求職者支援制度>の前に<生活困窮者自立支援制度>が機能する状態にしておくべきなのです。
但し、<自立>の意味と適用範囲を広く多様に設定しておく必要があるのです。
現金給付、ベーシックインカム等の第2のアプローチをどう評価するか
もう一つの第2のアプローチ。
それは、第1のアプローチに批判的である場合が多く
生活保護のような現金給付を広く社会全体に広げていこうという考え方だ。すべての国民に定額を給付するベーシックインカムは、このアプローチを代表するもの。
ということになります。
そして、英米での就労支援では、福祉給付の削減や低賃金の不安定就労を強いられることが多かったことに対して、就労支援で人々の多様な能力を引き出しつつ生活を安定させてきた北欧の例を引き合いに出して
所得保障はセーフティーネットの軸だが、すべてではない。
誰もが社会につながる機会提供が不可欠だ。
というのです。
もちろん、所得保障がセーフティネットのすべてではありません。
私が提案するベーシック・ペンションでは、それ軸にしつつ、社会保障制度全体の再構築・改革を提案しています。
しかし、社会への繋がり方が「就労」でしかないとするのも、大きく多様な問題が残ることも認識すべきでしょう。
無償のボランテイア活動なども貴重かつ必要な社会とのつながり方であり、起業や自身が望む生き方を追い求めるための時間と機会を持つことも、一時期の無収入・無所得に耐えるとして認めるべきでしょう。
新たなセーフティネット構築に必要な「ユニバーサル型」就労支援策
以上のような認識のもと、必要とするセーフティーネットの新たに張り替えには、2つのアプローチの双方を必要な刷新も図りつつ連動させる必要がある、と導きます。
その方法とは。
就労機会を広げるべく、新しい生活困難層が抱える多様な困難を踏まえた柔軟な働き方を実現するために、人に仕事をつける「メンバーシップ型」でも、仕事に人をつける「ジョブ型」でもなく、人ごとに仕事をカスタマイズする「ユニバーサル型」(就労機会+社会保険)を提起する。
とします。
しかし、ここで「ジョブ型」「メンバーシップ型」と比較併記する形で「ユニバーサル型」を提起することには、どうも違和感を覚えますし、適切ではないと思います。
まあ、それは良しとして、その「ユニバーサル型」とはどういうものか。
ユニバーサル型は福祉的就労ではなく、最低賃金以上で実現されるべき。
だが心身の状態や家族のケアなどによる労働時間制約などのため生活が成り立たない場合、勤労所得を補完できる保障が重要になる。
すなわち、働けないことも想定した最低生活保障である生活保護制度に対し、勤労所得を補完する「在職型給付(in-work benefits)」を併せて拡大していくべき。
(※注:就労機会の保障や所得等給付には、医療・保育など関連サービスが含まれる)
としています。
一応ここで、一部の所得保障が必要とするのですが、結局やはり、制約外での労働を条件とするワークフェア型であることに違いはありません。
極論すれば、働きたくない仕事、適性のない仕事でも就くべきという制度であるわけです。
福祉的な就労を除外した賃金労働をもってして「ユニバーサル型」という概念を用いることに、やはり違和感を抱いてしまいます。
先行させるべき複合的セーフティネットによる生活安定
要するに、就労機会と所得保障を複合させた、セーフティーネットを構築すべき。
これが、当小論での宮本氏の結論です。
岸田首相の「新しい資本主義」における分配と成長の接点としての教育訓練や転職支援など「人への投資」に関しては、新しい生活困難層に「投資」に応える条件は乏しいとしているのが特徴です。
それゆえ、複合的セーフティーネットによる生活安定を先行させるべき、という結論を導き出しているのです。
生活を安定させる所得保障が、どれほどの金額であるのか具体的に示されていません。
また、この小論では、同氏提案の「ベーシック・アセット」についても触れられていません。
ベーシック・アセット実現に先行する形での複合的セーフティネット、としての提案としているわけでもありません。
宮本氏による岩田正美氏『生活保護解体論』評価
興味深いのは、私も当サイトで既に取り上げた、岩田正美氏著『生活保護解体論: セーフティネットを編みなおす』(2021/11/5刊:岩波書店)での岩田氏の提案をこの小論で取り上げたことです。
同氏の提案を、既存の社会保障の改革で制度の狭間を埋める提案と評価・位置づけし、以下のように紹介しています。
8つの扶助のパッケージである生活保護制度を単給化しつつ、関連サービスとともに給付対象を広げる。具体的方策として、医療扶助の医療保険制度の保険料・窓口負担の減免制度との一体化、住宅扶助を住居確保給付金制度とともに住宅手当制度への再編などを盛り込んでいる。
そして、岩田氏が提起した住宅手当制度の創設案に以下のように財源案まで引用して賛同しているのです。
まず党派を超えて議論がされている住宅手当から検討を始めてもよいのではないか。
岩田氏に拠よると、生活保護の住宅扶助相当の給付で対象を所得下位10%程度の世帯に広げると、住宅扶助などの財源プラス2400億円(総額約8500億)で導入可能としている。
なお、この岩田正美氏著『生活保護解体論 セーフティネットを編みなおす』(2021/11/5刊:岩波書店)についての私の考察を、本サイトで以下の記事で紹介しています。
◆ 「『生活保護解体論』から考えるベーシック・ペンション」シリーズ:2022年シリーズ記事紹介-2(2022/2/2)
併せて確認頂ければと思います。
宮本氏の「ユニバーサル型」は、ユニバーサル・ベーシックインカムが意味する「普遍性」とは異なる、条件付き・部分的「ユニバーサル」
当小論で宮本氏が示した、就労機会+社会保険を条件とする「ユニバーサル型」セーフティネットは、残念ながら、すべての人々をカバーする「普遍性」を持たない、疑似「ユニバーサル」であることが最大の、そして根源的な問題・課題です。
ユニバーサルは、無条件・平等であることを要件とする「普遍性」を意味します。
同氏のそれは、生活保護受給者の一部は除外しますし、新しい生活困難者で括れない多くの低所得・無所得者も除外しています。
社会保険の一部に未加入のユニバーサル外の人々も存在します。
要するに、宮本氏によるセーフティネットが普遍性に欠けるものであることを、本来この小論でも明示すべきなのですが、そこまで厳しく自論を客観的に評価してはいません。
そして先述したように、所得保障の適正額についても触れていません。
社会保障政策におけるリベラル、保守の擬似性・類似性・共通性への落胆
コロナ禍以前に既に常態化していた新しい生活困窮層に、コロナ禍が追い打ちをかけて増加したその層。
どちらにしても、所得保障は不可欠です。
それを認めていてもなお、ワークフェア主義にこだわることが、果たしてリベラルの良心・良識なのか。
私には、それが偽善のようにしか思えないのです。
その偽善の先には、やはりリベラルの良心・良識の範疇にある、保守も喜ぶ「税と社会保障の一体改革」や「財政規律主義」が、しっかりと結びついているわけです。
となると、経済の成長や労働生産性向上が必須という自由主義にも調和するというご都合主義に至るわけで、もうリベラルも保守もない、融通無碍の社会保障政策に収斂?(分散?拡散?)されることになるのです。
そのあたりのところを、宮本氏に限らずリベラル的学者諸兄はどう認識・自覚しているのでしょうか。
不思議でなりません。
真のユニバーサル型セーフティネットは、ベーシック・ペンション
ということで、本小論の対案としてだけでなく、3回にわたって紹介・考察してきた「社会保障 次のビジョン」の提案に対して、当サイトで提案の日本独自のベーシックインカム、ベーシック・ペンション生活基礎年金を上げてまとめに換えておくことにします。
今年2022年度の提案を最後に掲載していますので、確認頂ければと思います。
折角ですので、宮本氏の著書『貧困・介護・育児の政治 ベーシックアセットの福祉国家へ』の構成と、それを題材としたシリーズ記事リストを、以下に参考までに転載しています。
<参考>:『貧困・介護・育児の政治 ベーシックアセットの福祉国家へ』の構成
第1章 「新しい生活困難層」と福祉政治
1.転換点となった年
2.日本型生活保障の構造
3.何が起きているのか?
4.政治対立の構図
5.貧困、介護、育児の政治をどう説明するか?
6.三つの政治の相関
第2章 貧困政治 なぜ制度は対応できないか?
1.生活保障のゆらぎと分断の構図
2.貧困政治の対立軸
3.日本の貧困政治と対立軸の形成
4.「社会保障・税一体改革」と貧困政治
第3章 介護政治 その達成と新たな試練
1.介護保険制度という刷新
2.分権多元型・市場志向型・家族主義型
3.制度の現状をどう評価するか
4.介護保険の形成をめぐる政治
5.介護保険の実施をめぐる政治
第4章 保育政治 待機児童対策を超えて
1.家族問題の三領域
2.家族政策の類型
3.児童手当をめぐる政治
4.保育サービスをめぐる政治
第5章 ベーシックアセットの保障へ
1.福祉政治のパターン
・三つの政治の相互浸透
・3ステップのパターン
2.社会民主主義の変貌とその行方
・ポスト「第三の道」の社会民主主義再生
・スウェーデンにおける準市場改革
・市民民主主義とコ・プロダクション
・両性ケアへの関与
・地域密着型の社会的投資
3.ベーシックアセットという構想
・二つのAI・BI論
・ベーシックサービスの提起
・ベーシックインカム派からの反論
・サービス給付と現金給付の連携
・ベーシックアセットと再分配
・「普遍性」「複合性」「最適性」
・承認とつながりの分配
・「選び直し」のためのビジョン
<『貧困・介護・育児の政治 ベーシックアセットの福祉国家へ』シリーズ記事リスト>
◆ 福祉資本主義の3つの政治的対立概念を考える:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』序論から(2021/8/30)
◆ 増加・拡大する「新しい生活困難層」:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』からー2 (2021/9/2)
◆ 貧困政治での生活保護制度と困窮者自立支援制度の取り扱いに疑問:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』からー3(2021/9/7)
◆ 利用者視点での介護保険制度評価が欠落した介護政治論:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』からー4 (2021/9/9)
◆ 政治的対立軸を超克した育児・保育政治を:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』からー5 (2021/9/11)
◆ ベーシックアセット提案の宮本太郎氏のベーシックインカム論-1(2021/8/20)
◆ ベーシックアセットとは?:ベーシックアセット提案の宮本太郎氏のベーシックインカム論-2(2021/9/4)
◆ 貧困政治とベーシックインカム、ベーシックアセット:ベーシックアセット提案の宮本太郎氏のベーシックインカム論-3 (2021/9/8)
(参考:日本独自のベーシックインカム、ベーシック・ペンション生活基礎年金2022年案)
◆ ベーシック・ペンション法(生活基礎年金法)2022年版法案:2022年ベーシック・ペンション案-1(2022/2/16)
◆ 少子化・高齢化社会対策優先でベーシック・ペンション実現へ:2022年ベーシック・ペンション案-2(2022/2/17)
◆ マイナポイントでベーシック・ペンション暫定支給時の管理運用方法と発行額:2022年ベーシック・ペンション案-3(2022/2/18)
◆ 困窮者生活保護制度から全国民生活保障制度ベーシック・ペンションへ:2022年ベーシック・ペンション案-4(2022/2/19)
少しずつ、よくなる社会に・・・
コメント ( 1 )
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Dead written articles, Really enjoyed reading.