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2020・21年考察

ベーシックアセット提案の宮本太郎氏のベーシックインカム論-1

 8月8日、朝日新聞GLOBE+で、宮本太郎中央大学教授へのインタビュー記事
【宮本太郎】行き詰まった社会保障、でもすべてベーシックインカム頼み、は危うい :朝日新聞GLOBE+ (asahi.com) が公開されました。
 今年4月に同氏著 『貧困・介護・育児の政治 ベーシックアセットの福祉国家へ (朝日選書)』(2021/4/9刊)が発刊されており、同書に結び付けてのインタビューと思われます。
 近々同書を入手して、内容を確認して再度当サイトで取り上げたいと考えています。


 今回は、その序論として、このインタビュー内容を要約し、感じたこと、思い浮かんだことを書き留めることにします。
 「行き詰まった社会保障、でもすべてベーシックインカム頼みは危うい」というタイトルから
1)現状の社会保障制度に問題があること
2)しかし、ベーシックインカムが、社会保障制度全般に有効に機能するわけではないこと
3)従い、ベーシックインカムだけに社会保障制度に関する問題解決を頼ることは無理があること
が論じられていると想像できます。

 こうした広範な課題について、このインタビューで網羅できるはずはありませんが、紹介した同書を対象とした取り組みでしっかり論じることとして、以下、要約を紹介しつつ同氏の着眼点を見ていくことにします。


BIを求める声が広がる理由


すべての人に所得を問わず無条件で定期的にお金を配るベーシックインカム(BI)。
この多額の財源が必要になる現金給付を求める声が世界中で広がっているが、それはどんな理由からか。

もはや、働いても生活していけない時代になってしまったから。
分配のルールが20世紀とは大きく変わってしまい、世界で最も裕福な8人の資産は下層36億人の資産総額と同じと言われるほど、グローバルIT企業のオーナーなどに富が集中しており、例えば、EU諸国でも1割近くがワーキングプア。

最も裕福な8人の大富豪のうち何人かまでBIを主張している。
大富豪にとっては、AIが台頭して人を雇う必要がなくなっていく未来ではみんな買い物をするお金もなくなってしまうので、政府がそのお金ぐらい出してくれよ、みたいな話にも聞こえる。
36億人にとっては生きていくための手段です。
これまで安定した雇用が行き渡ることを前提に考えられていた制度の条件が根底からひっくりかえってしまったことが根本にあります。

 
 まあ、これもBI論者の多くの人々が紹介する内容ですね。
 しかし、当サイトが提起・提案する日本独自のベーシックインカム、ベーシック・ペンション生活基礎年金は、それはあくまでも一つの要素・要因であり、他に多様多種の問題を理由・背景としています。
 

なぜBIなのか、2つの背景

その背景として、以下の2面が考えられる。

1.これまでの社会保障の機能不全

社会保障の制度は本当にややこしく、特に日本では政府が「由らしむべし、知らしむべからず」でやってきて、迷宮のような制度になっている
これまでの社会保障とは違ったやり方で、非常にわかりやすく、低所得層のみならず富裕層も乗ってくるような施策として、BIが浮上してくるのは当然の成り行きと言える。
政治がポピュリズム化を強めていることも関係している。

2.これまでの社会保障改革の失敗

英国ではサッチャー政権、米国ではレーガン政権ができ、新自由主義が広がった1980年代にも格差拡大が問題に。
新自由主義は福祉を「弱者への支援ばかりして甘やかしすぎだ」と批判し、中間層は「自分たちの税金が怠け者のために使われている」と思わされ、不満を募らせることになった。

こうした批判を意識して、英国の労働党など社会民主主義者は「福祉から就労へ」と、働く支援を強調するようになった。
これが結果的に、就労の押しつけのようにな
り、その政策が新自由主義と変わらなくなってしまった
すると、「やっぱりBIしかない」となってくる。


だからBIかい?
そう短絡的、直線的に話を進めるのもどうかと思うのですが・・・。
本来・本筋では、社会保障・福祉制度全体を、総合的・体系的に改革すべきなのでしょう。
そのための同氏の同書発刊ではないのでしょうか。

なお「福祉から就労へ」という考え方への当サイトでの反論記事として、以下を投稿済みです。
チェック頂ければと思います。
イギリス救貧法の歴史・背景、概要とベーシックインカム:貧困対策としてのベーシックインカムを考えるヒントとして(2021/1/26)
福祉国家論とベーシックインカム:福祉国家から基本的人権社会保障国家へ (2021/2/27)
ウェルフェアでもなく、ワークフェアでもなく、ヒューマンフェアとしてのベーシック・ペンション (2021/3/14)

現状の社会保障の問題点

基本的に社会保険と公的扶助(福祉)の2本柱で成り立ってきた第2次大戦後の各国の社会保障制度は安定して働けている人が一定以上いるということが前提だった。
が、グローバル経済のもとで安定雇用が収縮し、働いても生活が成り立たないワーキングプアの人たちが増え、社会保障がこれまで通りの形では維持できなくなっている
即ち、安定雇用を前提にした社会保険と、働けない人たちの福祉の両極の間にゾーンが空き、非正規雇用・ひとり親世帯・障害を持つ人・ひきこもりの人たち等が、どちらからの支援も受けられないまま、はまり込んでしまっている。

日本ではこの2極化が極端に進み、非正規雇用で社会保険に入れず、他方で絞り込まれた福祉給付も受けられないような「新しい生活困難層」が急増し、まさに、旧来型の生活保障の限界が明らかになっている状況にある。

特に、男性の安定雇用に依存して、社会保険や会社の賃金・福利厚生に頼る度合いが非常に高かった。
また、多くの税金を社会保険の財源に投入したことで、皆保険皆年金が実現したのは1961年と非常に早く、これにより社会保障・社会保険制度を維持してきた。
しかし、この仕組みは社会保険に未加入であれば税金の恩恵に預かれず、一方、生活保護など、純粋に税金だけで動かしていく給付を相当絞り込んでしまったことに、その問題が表れている。


 まあ、この分析も、大雑把といえば大雑把。
 後理屈といえば後理屈。
 そういう側面もあるよね、というレベルで理解すればよいのでは、と思います。
 肝心なのは、では、現状をどうするか、です。
 分析はそこそこに、対策、実行可能な対策、あるいは実行可能にするための準備段階での方法・方策の提案・提言に期待するのです。
 

働く人たちの制度と福祉の制度の2極構造を改め、双方をつなぎ合わせ、クロスさせていく

長時間労働でストレスまみれの働き方を見直しつつ職場の敷居を低くして、もっと多様な人たちが働ける条件をつくっていく。
他方で、一部だけに選別給付されていた福祉も対象を広げていく。
例えば、事情で短時間しか働けなくても、福祉給付と組み合わせて生活できることが必要です。

 小見出しは、インタビュー記事から引用して設定したものであり、その説明・事例は、上記の記述にとどまります。
 詳しくは、同書を見れば分かるということでしょうか。

BIの主要な問題点

BIの主な問題点を整理すると、以下になる。
1)給付水準をどう設定するか
2)財源となる税の累進性をどうするか
3)既存の社会保障をどこまでBIに置き換えるのか
その方法・内容により、BIの中身は全く変わってくる。
生活保護や年金などを全部やめてBIに一本化するのか、できるだけ既存の制度を残そうとするのか。

同じBIと言っても、新自由主義的なBIもあれば社会民主主義的なBIもある。
BIは「お金だけ配る最小国家」を目指すリバタリアニズム(自由至上主義)の制度とも言われるが、国のさじ加減で生活が根本から左右されてしまう、究極のパターナリズム(家父長主義)という面がありはしないか。
生活保護も失業手当も年金も、全部BIに一本化された上で、国の決定で引き下げられたらたいへんで、そこまで国家を信用できるかという問題がある。


 まあ、これも実は一つの見方による仮定の話で、もちろん、そんな単純にBI問題が集約されるわけではないことは明らかです。
 そうではないBIをいかに創造・創出するか、です。

自立というのは「依存先」がたくさんあることをも意味し、働ける人は自分で稼げ、逆に会社を辞めたり家族のケアで仕事を減らしたりしても福祉の給付が使え、相談できるNPOもあること等が自立の基盤。
こうして一人ひとりが人生の主導権を握ることができる。
すべてBI頼みになってしまったら、お上次第で運命が決まってしまう、ということになりかねない。

さらに重要なことは、望む人はみなコミュニティー(社会)に参加でき、認められる機会を得て、自己肯定感を高めることができること。
が、BIだけでは人とのつながりは確保できません
BIの導入により、公共サービスの財源が圧迫されるなどということになれば本末転倒。
例えば、認知症の単身高齢者はそれを使うことができないまま孤立していくことになりかねない。


 BI論者が欠落しがちな心配なことを提示しているのですが、BIをめぐる関係する諸制度に目配りし、必要な改定・改革を行えば良いのです。
 子どもに言って聞かせるような心配事を取り上げるだけではなく、では一体どうすれば良いのか、問題提起者はそれを示すべきです。

現金給付と併せて個々の事情に応じて様々なサービスを組み合わせが可能な、「ベーシックアセット福祉国家」に

一人ひとりが抱えている生きづらさは千差万別。

現金給付を行う場合、必要な人に給付対象を絞るターゲット化そのものを否定するべきではない。
貧困状態にあるとみなされる約250万人の17歳以下の子どもに現金を給付することは、BI以上に説得力がある。
ただ、客観的で透明度の高いターゲット化の仕組みが未成熟という問題がある。

一方、現金給付と併せてサービスについて、個々の事情に応じて様々なサービスを組み合わせて選択できるようにしていく必要がある
多様な生きがたさや障害の有無に関わらず、いろいろな形で社会に参加でき、場合によっては仕事を離れることも可能になるというような条件が求められる。


 小見出しに「ベーシックアセット福祉国家」に、と付け加えましたが、このインタビュー記事内では、その表現はありません。
 宮本氏の近著のタイトルにあるので、当然結論はそこに向けられると思い、引用したわけです。

 当インタビュー記事は、以下の宮本氏の言葉で終わっています。

BIは「何を給付するのか」という話ですが、いま重要なのは、「どう配るか」「何を可能にするか」ということです。


 BIは、何を給付するのかの問題ではなく、なぜ配るか、どう配るか、何を可能にするのか、どう管理運営されるのか、関連する社会保障・福祉制度、社会保険・労働保険制度などとどう関係し、どのような改定・改革が必要かなど、総合的に検討され、必要なすべての法律改正、行政改革の方法・道筋も具体化する必要があります。

 前段で宮本氏が指摘した社会保障制度の多くの、そして重要な課題を放置・放任してのBI論などできるはずがありません。

『貧困・介護・育児の政治 ベーシックアセットの福祉国家へ』の構成と想定されること

 
 では実際に、同氏は近著でどんな提案を行っているのか。
 調べてみると、同書の構成は以下のようになっていました。

第1章 「新しい生活困難層」と福祉政治
   1.転換点となった年
   2.日本型生活保障の構造
   3.何が起きているのか?
   4.政治対立の構図
   5.貧困、介護、育児の政治をどう説明するか?
   6.三つの政治の相関
第2章 貧困政治 なぜ制度は対応できないか?
   1.生活保障のゆらぎと分断の構図
   2.貧困政治の対立軸
   3.日本の貧困政治と対立軸の形成
   4.「社会保障・税一体改革」と貧困政治
第3章 介護政治 その達成と新たな試練
   1.介護保険制度という刷新
   2.分権多元型・市場志向型・家族主義型
   3.制度の現状をどう評価するか
   4.介護保険の形成をめぐる政治
   5.介護保険の実施をめぐる政治
第4章 保育政治 待機児童対策を超えて
   1.家族問題の三領域
   2.家族政策の類型
   3.児童手当をめぐる政治
   4.保育サービスをめぐる政治
第5章 ベーシックアセットの保障へ
   1.福祉政治のパターン
   2.社会民主主義の変貌とその行方
   3.ベーシックアセット という構想

 目次を見る限りでは、同書は、ベーシックインカムを主題としたものではなく、介護制度と育児制度をベーシックアセットの枠組みの中に入れ、貧困問題を含めて、社会保障・福祉制度の望ましいありかたを、総合的というよりも特定の領域に絞って論じているものと推察します。

 すなわち、インタビュー記事にあるように、BIは現金給付、その他の社会保障・福祉制度はサービス給付と位置付け、後者の在り方に焦点を当てていると思われます。
 ベーシックインカムは、最後の章[第5章ベーシックアセットの保障へ] の<3.ベーシックアセットという構想>の中で、初めて(二つのAI・BI論)(ベーシックインカム派からの反論) という項目で用いられている程度です。
 それはそれで致し方ないとして、BIですべての社会保障・福祉制度を網羅、カバーしようなどという考え方は、新自由主義者に限られるもので、その観点から、インタビュー記事内での指摘がなされていることも確認できます。

 ということは、同書は、BI論というよりも、主に社会政策上の貧困・介護・保育の関する提案書として読むべきかな、と感じたのですが、果たしてどうでしょう。

 この3つの政策課題については、当サイトの親サイト https://2050society.com で取り上げることにします。
 既に、同サイトでは、
社会政策 2050年長期ビジョン及び短中長期重点戦略課題(2021/8/3)
で、体系的に政策課題を提起しています。
 そして例えば介護政策(宮本氏の書内では、介護政治としていますが)については、昨日
コロナ禍及び現状から考える介護制度改革検討案:社会政策 長期ビジョン及び短中長期重点戦略課題として (2021/8/19)
と具体的に展開しています。

 また、[第5章ベーシックアセットの保障へ]の<3.ベーシックアセットという構想>の中で、(ベーシックサービスの提起)という項目が入っています。
 ここから、当サイト等で過去取り上げて批判した<ベーシックサービス>が、<ベーシックアセット>と繋がっていると想像できます。
 できれば、宮本氏が掲げるベーシックアセットが、貧困・介護・保育分野だけで論じられるのではなく、総合的・体系的に示されていることを期待・希望するものです。
 実は、ベーシックサービス論も、そのすべての体系と改革案を提示しきれていないと考えるからです。

 それでは、ごくごく狭い範囲・視野で持論としてのBI論を提示・展開する多くの学者・個人となんら変わることはなく、相互に批判するに当たらないと考えるのです。

 今月中には同書を入手し、読み終えたいと思っていますので、本稿の続編は、来月には投稿できると思います。


(ベーシックサービス関連参考記事)

1.今野晴貴氏「労働の視点から見たベーシックインカム論」への対論(2020/11/3)
2.藤田孝典氏「貧困問題とベーシックインカム」への対論(2020/11/5)
3.竹信三恵子氏「ベーシックインカムはジェンダー平等の切り札か」への対論(2020/11/7)
4.井手英策氏「財政とベーシックインカム」への対論(2020/11/9)
5.森 周子氏「ベーシックインカムと制度・政策」への対論(2020/11/11)
6.志賀信夫氏「ベーシックインカムと自由」への対論(2020/11/13)
7.佐々木隆治氏「ベーシックインカムと資本主義システム」ヘの対論(2020/11/15)
8.井手英策氏「ベーシック・サービスの提唱」への対論:『未来の再建』から(2020/11/17)
9.井手英策氏「未来の再建のためのベーシック・サービス」とは:『未来の再建』より-2(2020/11/18)
10.ベーシックサービスは、ベーシックインカムの後で:『幸福の財政論』的BSへの決別と協働への道筋(2020/11/26)



 

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