
ミルトン・フリードマンの「負の所得税」論とベーシックインカム
新自由主義経済学者ミルトン・フリードマンが提案した「負の所得税」
ベーシックインカムの思想に新たな息吹を吹き込んだ、新自由主義の総帥、米国経済学者ミルトン・フリードマン(1912~2006年)が、1962年の著『資本主義と自由(Capitalism and Freedom)』で、「負の所得税」を提案し、公共的な議論の場に持ち出したとされています。
負の所得税とは?
ベーシックインカムを論じる時に、必ず通らなければいけないかのように取り扱われている「負の所得税」とは、いったいどういうものか。
経済脳が無いに等しい私は、その考え方をしっかり説明することには不適任であることをしっかりと認識しており、長く、遠ざけていました。
これまで読んだBI論では必ず、グラフ付きで説明されていましたが、すんなり頭に入ってきた試しがありません。
グラフを転載すると問題がありそうですし、かと言って自分で作るのも時間がかかります。
それはご容赦いただいて、これまで目にした数冊の参考図書から、「負の所得」に関する記述の一部を以下に転載させて頂くことにします。

原田泰氏著『ベーシック・インカム – 国家は貧困問題を解決できるか』より
「負の所得税」とは、所得の低い人には、政府が負の税金を与える、すなわち所得を給付するという制度。
所得がゼロであっても、給付金があるので、これはBIである。
フリードマンは、さまざまな社会福祉プログラムを負の所得税に置き換えれば、現行の社会保障の半分ですむとしている。
すなわち、BIは、より小さな所得再分配政策と両立しうる。
井上智洋氏著『AI時代の新・ベーシックインカム論』より
「負の所得税」は、低所得者がマイナスの徴税、つまり給付が受けられる制度。
この制度の下では国民全員が給付を受けるわけではないので、BIとは違う制度であると勘違いされることが多いが、BIと負の所得税は本質的に同じ効果を持つ。
BIでは税額と関係なく、国民全員が給付を受ける。
それに対し、負の所得税の下では、税額から給付金を差し引いた額を実際に納税する。
差がマイナスの人は、納税せずに給付を受けるのみである。
給付とは別に、納税の際に給付額だけ差し引かれるのも、国民の負担は変わりない。
山森亮氏著『ベーシック・インカム入門 』より
多くの国で所得税には税額控除がある。
所得税から一定の額を控除するもので、日本の場合、配当控除、外国税額控除、住宅借入金特別控除などがある。
税額控除前の所得税額(IT)が、税額控除額(TC)と同じかそれ以上であれば、税額控除は額面通りの意味をもつ。
ところが税額控除前の所得税額が税額控除額未満であれば、通常の税額控除では、IT分だけが免除され、残りの(TCーIT)分は意味がない。
これに対して、この部分を還付ないし給付というかたちで額面どおりの意味をもたせる税額控除を「給付型税額控除」と呼ぶ。
最低生活費控除としてのこの給付型の税額控除が「負の所得税」である。
この所得税の控除については、
◆ ベーシック・ペンションによる所得税各種控除の廃止と税収増:子どもへの投資、30年ビジョンへの投資へ(2021/2/14)
では、給与所得における扶養控除・配偶者控除を対象としてしていました。
上記の転載は、給与所得以外の所得、及び合算した所得においての控除を対象としてのものです。
また、「給付型税額控除」については、
◆ 鈴木亘学習院大学教授による、財源面からの2021年ベーシックインカム試案(2021/2/4)
の記事中で、鈴木亘教授が「給付付き税額控除」を提案していることを紹介しましています。
どちらもチェックして頂ければと思います。
最後に、Wikipediacから引用しました。
ウィキペディア(Wikipedia)「負の所得税」より
「負の所得税」は、累進課税システムのひとつであり、このシステムにおいて、ある所得レベルの人々は課税されない。
またそれを超える収入のある者は、そのレベルを越える所得の一定割を支払う。
そしてそのレベルを下回る者は、不足分、すなわち所得がそのレベルを下回っている額の一定割の給付を受ける。(但し全額ではない)

新自由主義経済学者による所得分配論としての「負の所得税」BIの肯定論・否定論
国内におけるネオリベの急先鋒とされる竹中暴論は、新自由主義経済学者フリードマン提案の「負の所得税」によるBI思想を都合よく活用していることが、ここで理解できるかと思います。
「負の所得税」方式肯定論
まず、フリードマンが意図した目的やそこから想定されるメリットを挙げてみました。
1.生活保障制度などの公的扶助のように役所で給付を受けることに伴う
恥じらい(スティグマ)がなくなり、申請・審査等手続きにおける資力
調査(ミーンズテスト)等が不要になり、裁量制の不公平性などの解消
にも繋がる。
2.収入の低い人々にのみ給付を行うため、財源確保の観点ではベーシッ
クインカムより実現の可能性が高い。
3.少しでも労働所得があれば、常に一定の割合で税の還付や給付がある
ため、労働へのインセンティブが維持される。
4.課税と福祉のシステムを担う膨大な公務員の削減により節約されたリ
ソースを、他の生産的な活動に転用することができる。
5.経済の自動安定化装置としての役割を直接的に果たすことで、経済に
対して良い影響をもたらすと期待できる。
「負の所得税」方式の問題点と限界
しかし一方で、以下のような批判・懸念の声も必然的にありました。
1.前述の1.は所得がある人にとってのことであり、所得がない場合に
は、ミーンズテストは必要になり、決して解消されることはない。
2.所得申告を正確に把握することは酷く困難であり、不正が行われる可
能性を払拭できず、不正行為を防止するにはそれなりの報告と監視が必
要である。
3.不正取り締まりによる支出の増加が、現在の福祉サービスの解消によ
る行政縮小分を上回ってしまう可能性さえある。
4.労働意欲を喚起する決定的な要因にはなりえない。
5.他の社会保障制度を廃止するまでの効果・効力も期待できず、適切な
対案もを形成することも容易ではない。
6.結局、負の所得税は所得不足に基づく貧困だけに有効で、他には効果
がない。
というわけで、実は、リチャード・ニクソン大統領時代に、「負の所得税」による政策を政府が立案。
当初フリードマンは議会を通すべく活動していたが、この案が現行システムを置き換えず、それに上乗せすることになったため、反対に転じ、成立しなかったという後日譚があるのです。
日本における左派BI論者が言っているような上乗せ論を、何を間違えたか、50年前の米国保守共和党がフラフラして考えたのですからBI実現も、なかなか難しいことが証明された例と言えます。
フリードマンは、福祉や援助の「ごった煮」に追加するものとしての「負の所得税」の実施は、官僚主義や無駄の問題を悪化させるにすぎなくなってしまうことを警告。
そうでなく、すべての福祉を個人的に管理するような完全な自由放任社会に至る道の中で、「負の所得税」により他の全ての福祉・援助プログラムを直接置き換えるべきと主張していました。
まさに、竹中暴論は、その受け売りです。
そして自民党の一部にも、あるいはその道に通じる輩にも、深く考えもせず、同様の考えを持つものがいることを知っておくべきです。

ベーシック・ペンション提案者の基本認識
最後に、私の意見を簡単に。
要するに「負の所得税」は「所得再分配」をベースにした提案です。
従い、結局、パイの取り合いの構造をもち、右も左も同床異夢状態の議論に終始します。
先述したように
◆ 鈴木亘学習院大学教授による、財源面からの2021年ベーシックインカム試案
では、鈴木亘教授が、自己申告による「給付付き税額控除」方式を提案。
これも結局申請・審査手続を必要としており、「欲しけりゃ申し込むだろ!」という突き放し型、自己責任押し付け型のものです。
どちらも、社会保障制度全体と関連する諸制度をどうするかの議論と提案には踏み込まず、観念論どまりとなります。
その隙きを突いて、というか、限界を突いてというべきか、MMTをベースにしたBI論が、現状コロナ禍の経済悪化と個人や事業主の困窮も背景に、勢いを増している状況にあります。
私の提案するベーシック・ペンションも、「財源フリー」という方針では、MMTと共通するところがあります。
しかし、共通する要素はありますが、思想や目的、手法は大きく異なります。
それも含めて、諸説・諸論の紹介と考察、持論との比較を続けていきたいと思います。

なお恐れ入りますが、「負の所得税」について説明したグラフは、本稿では割愛させて頂きました。
当然ご関心をお持ちと思いますので、先述した3冊の書のいずれかでご覧頂ければと思います。
宜しくお願いします。
こちらもご参考に
⇒ イギリス救貧法の歴史・背景、概要とベーシックインカム:貧困対策としてのベーシックインカムを考えるヒントとして(2021/1/26)
⇒ 18世紀末、2人のトマス、トマス・ペイン、トマス・スペンスの思想:ベーシックインカム構想の起源(2021/1/31)
<ベーシック・ペンションをご理解頂くために最低限お読み頂きたい2つの記事>
⇒ 日本独自のベーシック・インカム、ベーシック・ペンションとは(2021/1/17)
⇒ 生活基礎年金法(ベーシック・ペンション法)2021年第一次法案・試案(2021/3/2)
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