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2020・21年考察

『ポストコロナの「日本改造計画」』における竹中平蔵氏のベーシックインカム論

 先日8月17日に
ベーシックインカムを突き詰めて考えたことはない竹中平蔵氏
と題した記事を投稿しました。
 インタビュー記事を元にした投稿でしたが、ちょうど1年前2020年8月11日に発刊した同氏著のポストコロナの「日本改造計画」 の中で「一人に毎月七万円給付する案は、年金や生活保護などの社会保障の廃止とバーターの話でもあります。」としていることを示していました。

 その一文だけでなく、もっと詳しく述べている部分もあろうかと、同書の中古本をAmazonで入手し確認しました。
 今回その結果を報告します。

 タイトルにあるように、当時は1回目の緊急事態宣言がだされた後で、現状にようにより厳しい状況が延々と続くことを想定して書かれたものではありませんが、全体を通してはそれなりに参考になる内容を読み取ることができるものでした。

 ベーシックインカムの話が出てくるのは、<第3章 経済政策はもっと打つ手がある>と<第6章 「ポストコロナ構想会議」の六つのテーマ>です。
 まず、前者での展開は、以下の通りです。

特別定額給付金1人10万円を小切手で配るという発想

 2020年4月に緊急経済対策を決めた後、政府内では収入の減った世帯に30万円配るか、一人に10万円ずつ配るかで議論が起こったが、ここで分かったことは、政府の中には個人救済を理解していない人がいたこと。
 この個人救済で考えるべきは、「誰が困っていて誰が困っていないのか、政府は知りようがない」ということ。
 そもそも「困っていることの証明」をしてもらうための手続きに時間を割くことは、意味がないこと。
 問題は本人が今「生活に困っているかどうか」。そう考えたとき、やるべきことは明快で、大切なのは、困っている人に、できるだけ早くお金を渡すこと。
 そのために一番早いのは、とにかく、まずは国民全員にお金を配ること。
 但し中には、困っていないと感じている人もいて、そのような人には、あとで返してもらうようにすればよい

 「ただちに」という意味で問題だったのは、自治体を通じて一人10万円の給付金を配布したこと。
 自治体がもたつき、国民全員の手元に行き渡るまでかなりの時間を要し、今回のように迅速さが求められる場合、他の手を考える必要があった。
 まったく違うやり方の例として、小切手を使うことが考えられた。
 4月から1世帯に二枚のマスクを配ったが、このときマスクと一緒に、世帯ごとに該当する金額の小切手を配ればよかった。
 小切手を刷って入れるだけなら、現金給付の手続きよりもよほど簡単にでき、記名式にして、裏に名前を書かなければ使えないようにすれば、「誤って別の人にまで配る」ということも避けられる。
 これは小切手を配るのが絶対正しいという話ではなく、こういう発想ができるかどうかだ。


 発想となれば、当サイトが提案するベーシック・ペンション生活基礎年金は、現金ではなく、専用デジタル通貨(JPBC)で支給するものです。
 JBPCは、個人のマイナンバーカードと紐付けして開設する日銀の個人専用口座に振り込み、生活に困らず、要らない人、使わない人は、一定期限(4年)が来れば、自動的に日銀が口座から回収するシステムになっています。
 もちろん、自発的に、日銀に返却することもできます。

 いずれにしても、この部分での竹中氏の提案には、特段の問題はありません。
 むしろ良いヒントも提示されていると言えます。
 
 

コロナ終息までの不安をなくす「毎月7万円」の給付案


 問題は、次です。

 新型コロナウイルスの影響により(2020年)3月以降、ビジネスができなくなった人や職を失った人が大勢出ています。ここでいち早く全員に10万円を配ることも大事でしたが、給付が1回限りで終われば、不安は解消されません。
 恐らく経済が本格的に回復するまでには、数年かかるでしょう。もし1回限りの給付で終われば、それまでの長い期間に、生活破綻する人がどんどん増えてしまいます。
 そこで考えられるのが、国民一人当たり7万円程度を毎月給付するという案です。これなら先の見えない状況にあっても、安心感が生まれます。

 これは、近年議論されている、ベーシックインカム(BI)につながることになります。
 今後、格差社会が広がることを考えれば、ベーシックインカムは真剣に検討すべき課題です。


 ここまでは、至極ごもっとも、大賛成の提案です。
 ただし、格差社会が広がる要因とそれを抑止するための方法等については、考察・提案が及んでいないことはある意味問題ですが。

 そして、件の問題となるのは、以下の記述です。

 一人に毎月7万円給付する案は、年金や生活保護などの社会保障の廃止とバーターの話でもあります。
 国民全員に毎月7万円を給付するなら、高齢者への年金や、生活保護者への費用をなくすことができます。それによって浮いた予算をこちらに回すのです。財政負担は、それほど増えることはないでしょう。

 
 ここです。
 この7万円という金額の論拠は、当サイトでも紹介してきた、元日銀政策委員会政策審議委員でもある原田泰氏の著『ベーシック・インカム – 国家は貧困問題を解決できるか』(2015/2/15刊)にあります。
 ここでの原田氏の主張・提案をほぼそのまま転用しての提案・記述と言えるでしょうか。



 ここに、前回の記事のタイトルを、「ベーシックインカムを突き詰めて考えたことはない」とした理由があります。
 それは、続く、以下の記述からも読み取ることができます。

 ただ、年金だけで生活している人にとって、1カ月7万円では足らないという意見も出てくるでしょう。それに対しては別の解決策を考える必要が生じるかもしれませんが、それでも一人7万円の給付を考える価値はある。
 一人10万円の給付に多くの矛盾があることは確かで、例えば生活保護で暮らしている人は、新型コロナウィルスの影響で、収入が比較して大きく減るわけではない 。
 それなのに、生活保護の費用を得ながら、さらに10万円を給付されるのは、果たして正しいことなのか。
 年金受給者に関しても同様で、これを機に制度変更を考えることも重要だ。


 ここでは、「年金だけ」でなく「生活保護だけ」の人も同列と考えるべきで、「別の解決策を考える必要が生じるかもしれない」のではなく、絶対に「考える必要がある」のです。
 そこを掘り下げずに、他の人々に考えることをいとも簡単に委ねることが、経済学者として無責任だ、というのです。
 それに、普通の頭(問題意識と能力)をもっている経済学者ならば、普通に考えれば、普通の常識的な問題点と解決策は提案できるはずです。
 でも次にまたまっとうな考えがきています。

 これまで政策には、「個人の救済」という概念がなく、そのためおかしなことがあちこちで起きている。
 家賃を払えない人に支援措置を取ることも重要だが、一方で不動産を購入してそのローン返済で困っている人はどうなるのか。
 前者は、家賃の支払いに対する金銭的な支援がされて、後者のローンの支払いへの金銭的支援がダメというなら、こんな不公平な話はない。
 
 やはり給付金を、一律で定期的に一定期間配り続け、金銭的な余裕があり、生活に困っていない人には、所得の再分配の観点からあとで返金してもらう、この方法が一番すっきりする。
 個人の生活スタイルはバラバラで、自由なものであるということを前提に政府はフェアな対策を考える必要がある。
 困っていない人に渡ったお金の戻し方をどうするか、といった細かい議論はあちからしっかりとすればいい。


 いやいや、細かい議論は後回しにせず、さほど難しい方策は必要ないので、支給時にセットで返金方法を提示すればよいのです。
 それよりもここで大切なのは、「個人の生活スタイルはバラバラで、自由なものであるという前提」としている部分です。
 これが、ユニバーサル・ベーシックインカムの基軸になってもいる考え方です。
 ですから、竹中氏には、もう少し頑張って、ベーシックインカムを社会保障制度及び社会政策と経済政策と関連付けて、深堀りし、体系的・総合的に提案してもらいたいと、思うのですが、いかがでしょうか。

 

個人給付とマイナンバーカードを結びつける


 次に、特別定額給付金支給に当たって生じた、マイナンバーカード活用による混乱を取り上げています。

 マイナンバーカードと現金給付を紐付ける発想は、間違っていない。
 マイナンバー自体は、すでの全員に割り振られており、今は主に税金の管理に使われているだけだが、全員がカードを持つようになれば、今後進行するデジタル社会において極めて大きな役割を果たす。
 マイナンバーで所得を捕捉できるようにすれば、お金を給付したあとで、生活に困っていない人から品金してもらうことも容易になる。
 (略)
 マイナンバーカードを国民の多くが持つようになれば、次にこれを健康保険証や運転免許証としても使えるようにする。ネットを通しての商品の売買や金融取引でも、個人の身分証明用として使えるようにする。これがデジタル社会におけるマイナンバーの可能性だ。
 (略)
 今回の10万円給付を、マイナンバーカード普及の入り口として、活用できなかったのは、残念だったように思う。


 ベーシック・ペンションとして支給する専用デジタル通貨JBPCは、マイナンバーと紐付けされて日銀専用個人口座に振り込まれます。
 利用時の決済方法として、マイナンバーカードをクレジットカードで決済する時のように利用できます。
 また、デジタル通貨をマイナポイントで支給して、電子マネーのようにネット決済や店頭端末決済ができるようにする方式も、現実的な方法になるでしょう。

 同氏の考えの一部は、当然といえば当然ですが、当サイト提案のベーシック・ペンションと相通じる点も多々あるのです。

 次に、後者< 第6章 「ポストコロナ構想会議」の六つのテーマ >で取り上げているベーシックインカムについてです。

新しい格差社会で必要なベーシックインカム


 本書の基軸となっているこれからの<デジタル資本主義>社会において、長引くコロナ禍の影響もあり、種々の要素・要因で格差が拡大する可能性が大きいことを竹中氏は主張します。
 その要因などはここでは省略することとして、こう竹中氏は言います。

 あらゆるところで大きな格差が生じてくるのが、デジタル資本主義の社会と考えられます。
 そこで必要になってくるのが、ベーシックインカム(BI)の制度です。
 誰もが最低限の生活を送れるよう、毎月一定額を必要な人に支給するのです。

 ここでなぜか、「すべての人に」ではなく、「必要な人に」という限定がなされました。

 ベーシックインカムというと、すぐに出てくる議論が、「なぜ働かない人にお金をあげなければならないのか」「働かなくてもお金がもらえるなら、誰も働かなくなる」というものです。
 まじめに働くことが重要な価値になっている日本人としても、私もその気持ちはわからなくはありません。しかしながら悲しいかな、デジタル資本主義のもとでは、今とは桁違いの格差が生じざるを得ないのです。

 もちろん、給付金額の面で工夫をすることは必要です。毎月20万円もらえるとなれば、働かない人も増えるでしょう。これが月に7万円なら、不足分を働いて補おうとなります。
 このようにして、極めて公平な社会保険制度を、新たに作り上げていくべきです。

 
 ここでも突然、「社会保険制度」という言葉が出てきました。
 ベーシックインカムを、社会保険制度としているのでしょうか?
 あるいは、改悪レベルになってしまう新たな社会保険制度を想定しているのか?
 仮にそうならば、ベーシックインカムの原資は、保険料になってしまうこともありうる。
 唐突ですが、彼のことですからあり得ない話ではないようです。

 ベーシックインカムは、「負の所得税」とほぼ同じ考えです。
 収入がある一定額を超えると税金を払ってもらい、そうでない人には現金給付する。
 ベーシックインカムは究極のセーフティネットであり、まさに税と社会保障の一体改革そのものなのです。


 この文章で、本書における竹中氏のベーシックインカムについての記述はおしまいです。

 ベーシックインカムとは負の所得税と同じ、となされました。
 それは当然、「税と社会保障の一体改革」の帰結するところ、と。
 果たしてそれが、究極のセーフティネットということができるか?
 あるいは、総合的にセーフティネットを形成する社会保険制度が改定導入されるのか?
 極めて大きな、そして恐らく、より多くの問題が露見・露呈されることになる結論と言えるでしょう。
 もちろん、BIの財源は、財政規律主義に基づき、世代間の公平な分配と称して、どこかに負担を押し付け合う、減っていくパイの小手先の配分見直しで処理されるしかないことは目に見えています。
 そして結局「ワークフェア」主義に追いやられることも。

 こうした認識と同列に置いてもよいと思われるのが、当サイトで先般アップした、岩田規久男氏による『「日本型格差社会」からの脱却』を参考にした 以下の記事です。
岩田規久男氏による「給付付き税額控除制度」提案とベーシックインカム批判(2021/8/28)
岩田規久男氏による財政破綻不安不要論:『「日本型格差社会」からの脱却』からー4 (2021/8/29)



 やはり竹中氏は、真面目に、ベーシックインカムについて考えていない。
 それが再確認された ポストコロナの「日本改造計画」 でした。
 まあ、想定内のことではありますが。
 但し、BI以外の提案には、賛同できるものが多々見られたことも、一応書き添え、機会があれば、親サイト https://2050societey.com で紹介することがあるかもしれません。


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